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11-②

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 トスン……っ。
 不意に、俺の背後に誰かがぶつかってきた。
 自分より頭一つ分小さい相手と目が合って、俺は「ごめん」と反射的に謝る。
 子供……いや、ギリギリ少年だろうか……? 少年は俺の顔を見るなり焦ったようにキョロキョロとあたりを見回すと、背後から突然大きな怒声が聞こえた。


「誰かーっ、そのチビを捕まえてくれっ!! うちの大事な『商品』なんだ!!」
「なっ?!!」


 少年から離れること十数メートル。人混みを掻き分けながら、熊のような屈強な男が物凄い勢いで少年を追いかけてきた。


 『商品』……? そう言われて改めて少年を見て、ある事に気が付いた俺は、慌てて彼の手首を掴んで駆け出した。


「ちょっ!? いっ、痛……っ!」


 少年が困惑したようにそう訴えたが、俺は少年を小脇に抱え直して、市場のある大通りで渾身の猛ダッシュをキメた。

 なんで突然そんな人攫いみたいなことをしたかって?
 それは俺の目の前の少年が、明らかに『あっちの世界の人間』だったからだ。

 するすると人混みをすり抜けて爽快に駆け抜ける俺に対し、熊のような男は人混みを上手くすり抜けられず、みるみる遠くに見えなくなった。
 駄目押しに細い路地を2回ほど曲がって、ひとけのない空き地で辺りを見回した。


「よしっ、完全に撒いた。へっへっへ、東京の満員電車と人混みの新宿駅に慣れた人間をナメんなよっ」


 汗だくのまま悪役のような台詞でドヤ顔をしている俺に、小脇に抱えていた少年から控えめな声がかけられた。


「あ、あのー……っ」
「あっ、悪い悪い。君、あの男から逃げてたんだろ? とりあえずは、ここまで来れば大丈夫だと思う」


 俺は慌てて少年を地面に下ろすと、そう言いながら改めて少年をまじまじと見つめた。
 俺より頭一つ半ほど小柄で細身なその少年は、やはり中高生くらいだろうか? 簡易的なシャツに膝丈のスボンというラフな格好のその少年は、俺に向かって深々と頭を下げた。


「危ない所を助けて下さり、ありがとうございました」
「いいよ。俺、鷹夜。俺も転移者なんだ。君は?」
「僕は市川碧いちかわあおです」


 碧と名乗ったその少年は、少し戸惑った様子で俺をまじまじと見つめながらそう答えた。


「碧君は、最近こっちに?」
「ええっと、飛ばされてきたのはだいぶ前になりますね……。野暮用で街に降りたんですけど、市場で道に迷ってたらいきなりあの熊男に捕まりそうになって……」
「そうだったのか。それは怖い思いをしたな」
「はい……」


 あちらの世界の人間である俺がそう声をかけた事で安心したのか、碧君はその場に座り込む。


「すみません……なんか、腰が抜けちゃって……あは……」


 恥ずかしそうにそう笑う碧君の小さな手は、俺のズボンにしがみついて震えていた。


「えーっと、迷ってたって言ってたけど、こっから一人で家に帰れるか? 本当ならこのまま俺が家まで送っていってやりたいんだけど、俺にはツレがいるから一度戻らなきゃいけなくて。時間があるなら一旦俺と一緒に来てくれたら、俺のツレたちが一緒に君を家まで送ってくれると思うんだけど……」
「え……? でも……っ」
「あ、心配しなくてもツレは未成年に手を出すような趣味は無いと思う。みんな信用出来る良いやつだから、そこは安心してくれていいよ」


 困惑した表情の碧君にそう言って、優しく頭を撫でていると、人垣の向こう側から大荷物のルナが俺に向かって駆け寄って来るのが見えた。


「鷹夜サマーーーー!!」
「ルナ! こっちだ!」


 俺達に駆け寄る途中、大荷物過ぎて豪快にすっ転んだルナを見て、碧君はクスクスと笑いながらルナを助け起こした。
 小さな可愛らしいルナの様子を見て、碧君も警戒心が解けたのだろう。

 結局1人では帰れそうにないと言った碧君を連れて、俺たちは1度宿に戻ることになった。





◇◆◇◆◇◆





「ええっ!? じゃあ、貴方が噂の……!?」


 宿屋でルナ特製のハーブティーを飲みながら、碧君はただでさえ丸い目を大きく見開いた。


「えっ、俺って一般市民に噂されるレベルなの!?」
「ええ。市場でも、四天王をストレート勝ちで倒した新しい魔王候補者の噂はあちらこちらから聞こえてきています」
「えーっと、別に俺が特別凄かった訳じゃなくて、たまたま運が良かったんだ」
「そんなご謙遜を。メスイキの森に飛ばされるゲイ族は、魔力が特別高い者が多いという噂ですよ」


 俺は、うら若き少年にキラキラとした尊敬の眼差しを向けられて、ものすごーくいたたまれない気持ちでハーブティーを啜った。
 こっちの世界に転移してるってことは碧君もゲイで、何らかのイキ方をしてこっちに飛ばされてきたのは間違いない。
 けれど、こんな可愛い子にメスイキしたって知られてるだけでもかなり恥ずかしいのに、そんな卑猥な特技で尊敬の眼差しを向けられちゃうと、流石にもうなんつーか、酒でも飲まないとやってらんないよね。うん。


 酒の代わりにハーブティーをがぶ飲みしている俺のところに、またしてもラングが飛び込んできた。


「鷹夜さん! 魔王様への謁見の日取りが決まりました! 明日の朝一番にお会い頂けるそうです」
「おかえり、ラング。そりゃーまた、随分急な話だな。別に良いけど」


 俺はハーブティーのカップを置いて、息を弾ませているラングに向き直る。


「あー、ラング。その前に、この子を家まで送って行くことは可能か? 今日行った市場で、道に迷った末に怪しげな男に捕まりそうになっていたところを俺が助けたんだけど……」
「えっ!? ええっと……」
「市川碧と申します。危ない所を鷹夜さんに助けて頂きました」
「私はラングローブです。ラングとお呼びください。今はこのパーティーで、魔王候補者である鷹夜さんの為に情報収集や連絡係をやっております」


 すると、ラングの分のハーブティーを運んできたらしいルナが、改めて碧君の前でスカートを広げて恭しく膝を曲げた。


「あっ、あっ! る、ルナデス。チン・ギン料理の修行中の身で、ギルドではお料理担当デス」
「ルナさん、ラングさん。よろしくお願いします。ルナさん、さっきのハーブティーとっても美味しかったです」


 碧君は礼儀正しく頭を下げ、ルナにそう言って微笑みかけた。
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