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81)悪魔の取引(律火視点)
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真実を知ってしまってなお、僕を引き取りここまで育ててくれた祖母を責める気は起きなかった。
だってやっぱり祖母は何も悪くないと思えたから。
じゃあ一体、悪いのは誰? そんな疑問の元、僕は再び震える声で聞いた。
ここまで来たら、全てを知りたかった。
「お母様はお父様がいながら、その人とも交際をなさっていた……ということ?」
「……違うわ」
感情が、上手くついてこない。
まるで脳内麻薬が僕の感情を麻痺させ、真実を知りたいという気持ちに唇が乗っ取られているような感覚だった。
「ではお父様ではなく当主様の方が、お母様が本当に愛した人だった?」
背中にじっとりと嫌な汗がにじむ。
けれど僕は無理やり冷静な表情を作って、お祖母様を見つめた。
「……! 梨衣子があんな男を愛するなんてとんでもない! 貴方のお母様は間違いなく、お父様を愛していたわ」
「それなら何故……」
僕の疑問にお祖母様は視線を落とし、ため息をついた。
「あの当時、貴方のお父様がやっていた事業が上手くいっていなくてね。借金も膨らんで、結婚どころか責任を取らされて身一つで一族を追放されそうになっていたの」
「じゃあ大叔母さん達がお母様の結婚に反対した理由って……」
「まぁ、それもある。けれどどうしてもお父様と結婚したかった梨衣子は、彼を助ける為あの男に懇願を……いいえ。取引を持ちかけたの」
「取引?」
「そう。絶対にしてはいけない取引を、よ」
当時を思い出しながら語るお祖母様は、悔しげな顔で膝の上にかけられた布団にグッと爪を立てた。
「『自分がどんな事でもするから、どうかお父様を助けて欲しい』ってね」
「それって……」
「そしてあの男は梨衣子に、見返りとしてこう要求したの。『助けてやる代わりに、夫に内緒で自分の愛人になれ』と」
「……!」
小学六年ともなれば、流石に愛人の意味は分かる。
――――そうして、母はあの男と体の関係を持ったのだろう。
そして、その時に運悪く出来てしまったのが、僕ということだ。
その後何かの折に僕が父の実子ではない事がバレて……あるいは、お母様が良心に耐え兼ねて真実を告白し、あの日の古い記憶に繋がるということか……。
「梨衣子が秘密裏に彼と愛人契約を結んで彼の援助を受けるようになって以来、貴方のお父様の事業はトントン拍子に軌道に乗った。あの男は性格こそ歪んでいたけれど、会社経営の才覚は本物だった」
「じゃあお母様の行為は報われた……?」
「それはどうかしら。経済界には、梨衣子を気に入った東條院魁斗が意図的にお父様の会社に圧力をかけて、梨衣子が自分を頼るように仕向けていたという悪い噂もあるわ」
「そんな……」
「事実お父様が失踪したあと、お父様のやっていた事業の後継者として会社に送り込まれてきたのは、やはり彼の息のかかった本家の人間だった。結局あの男は、梨衣子も会社も手に入れてしまったの。『ほら見た事か』と親戚中に笑われたけど、それが東條院魁斗の計算だったのか偶然だったのかは私には分からない。結局真実は闇の中よ」
僕は言葉が出なかった。
結果的にお父様から、お母様も事業も、息子までもを取り上げた東條院魁斗。
この一件で『悪いのは誰か』と聞かれたら、誰だって彼を思い浮かべる。
愛する妻が他の男の子供を身篭り、夫の子と偽って産み育てていたと知った時。
お父様は一体どんな気持ちだっただろう?
単なる浮気ならばまだしも、元はと言えば自分を助けるために秘密裏に行われた行為。
母を責める度、己の不甲斐なさを悔いて追い詰められていったのは、父の方だったのではないか。
妻に裏切られた悲しみ、怒り。
己の不甲斐なさ、憎しみ、やるせなさ。
そして何より、真に怒りをぶつける先の無い闇は、想像するに耐えない。
父に、妻子を、会社を、家柄を。
全てを捨てて失踪するという行動を選択をさせてしまった理由としては、十分だっただろう。
だってやっぱり祖母は何も悪くないと思えたから。
じゃあ一体、悪いのは誰? そんな疑問の元、僕は再び震える声で聞いた。
ここまで来たら、全てを知りたかった。
「お母様はお父様がいながら、その人とも交際をなさっていた……ということ?」
「……違うわ」
感情が、上手くついてこない。
まるで脳内麻薬が僕の感情を麻痺させ、真実を知りたいという気持ちに唇が乗っ取られているような感覚だった。
「ではお父様ではなく当主様の方が、お母様が本当に愛した人だった?」
背中にじっとりと嫌な汗がにじむ。
けれど僕は無理やり冷静な表情を作って、お祖母様を見つめた。
「……! 梨衣子があんな男を愛するなんてとんでもない! 貴方のお母様は間違いなく、お父様を愛していたわ」
「それなら何故……」
僕の疑問にお祖母様は視線を落とし、ため息をついた。
「あの当時、貴方のお父様がやっていた事業が上手くいっていなくてね。借金も膨らんで、結婚どころか責任を取らされて身一つで一族を追放されそうになっていたの」
「じゃあ大叔母さん達がお母様の結婚に反対した理由って……」
「まぁ、それもある。けれどどうしてもお父様と結婚したかった梨衣子は、彼を助ける為あの男に懇願を……いいえ。取引を持ちかけたの」
「取引?」
「そう。絶対にしてはいけない取引を、よ」
当時を思い出しながら語るお祖母様は、悔しげな顔で膝の上にかけられた布団にグッと爪を立てた。
「『自分がどんな事でもするから、どうかお父様を助けて欲しい』ってね」
「それって……」
「そしてあの男は梨衣子に、見返りとしてこう要求したの。『助けてやる代わりに、夫に内緒で自分の愛人になれ』と」
「……!」
小学六年ともなれば、流石に愛人の意味は分かる。
――――そうして、母はあの男と体の関係を持ったのだろう。
そして、その時に運悪く出来てしまったのが、僕ということだ。
その後何かの折に僕が父の実子ではない事がバレて……あるいは、お母様が良心に耐え兼ねて真実を告白し、あの日の古い記憶に繋がるということか……。
「梨衣子が秘密裏に彼と愛人契約を結んで彼の援助を受けるようになって以来、貴方のお父様の事業はトントン拍子に軌道に乗った。あの男は性格こそ歪んでいたけれど、会社経営の才覚は本物だった」
「じゃあお母様の行為は報われた……?」
「それはどうかしら。経済界には、梨衣子を気に入った東條院魁斗が意図的にお父様の会社に圧力をかけて、梨衣子が自分を頼るように仕向けていたという悪い噂もあるわ」
「そんな……」
「事実お父様が失踪したあと、お父様のやっていた事業の後継者として会社に送り込まれてきたのは、やはり彼の息のかかった本家の人間だった。結局あの男は、梨衣子も会社も手に入れてしまったの。『ほら見た事か』と親戚中に笑われたけど、それが東條院魁斗の計算だったのか偶然だったのかは私には分からない。結局真実は闇の中よ」
僕は言葉が出なかった。
結果的にお父様から、お母様も事業も、息子までもを取り上げた東條院魁斗。
この一件で『悪いのは誰か』と聞かれたら、誰だって彼を思い浮かべる。
愛する妻が他の男の子供を身篭り、夫の子と偽って産み育てていたと知った時。
お父様は一体どんな気持ちだっただろう?
単なる浮気ならばまだしも、元はと言えば自分を助けるために秘密裏に行われた行為。
母を責める度、己の不甲斐なさを悔いて追い詰められていったのは、父の方だったのではないか。
妻に裏切られた悲しみ、怒り。
己の不甲斐なさ、憎しみ、やるせなさ。
そして何より、真に怒りをぶつける先の無い闇は、想像するに耐えない。
父に、妻子を、会社を、家柄を。
全てを捨てて失踪するという行動を選択をさせてしまった理由としては、十分だっただろう。
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