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79)両親と祖母(律火視点)
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「長年庭のお手入れをしてくれていた植木屋さんがね、予定の時期になったからと庭木の様子を見に来てくださったそうで。その時に明らかにお家の様子がおかしくて、警察の方と中へ入った時にはもう……」
「…………そうだったんだ」
あの頃の僕は、何かが麻痺していたと思う。僕の薄い反応に対して、祖母は違和感を持ったようだった。
「律ちゃん。亡くなったって意味、分かる?」
「うん、分かるよ。死んじゃったって事でしょう? お母様は自殺なさったの? それともお父様に殺されてしまった?」
「……!! じ、自殺よ……。あの子、家の梁に紐を結わえて首を吊ったらしいわ……」
「そう……」
祖母はしばらくショックから立ち直れなかったらしいが、当時の僕の反応は始終薄かったらしい。
そこら辺の僕の感情の記憶は、実を言うと曖昧だ。
僕はまだ幼くて、死という物が良く分かっていなかった。だから、反応が薄かったのは実感が湧かなかったせいもあると思う。
母に会えなくなってしまったことは勿論寂しいし、両親が仲直り出来なかったことは残念だ。
けれど、僕は母がずっと苦しんできたことを知っていた。
もうこれで母が苦しまなくても良いのだと思うと、僕の中にはホッとした気持ちすらあったように思う。
『僕が生まれたせいで両親が喧嘩をして、お母様が死んだ』
今考えると子供の僕は、そう思わないようにすることで己の心を守っていたのかもしれなかった。
「あっそうだ。マルは?」
「マル……あの犬のことかしら。あの子は律ちゃんが居なくなったあと、誰もご飯をあげていなかったらしくて……もう、だいぶ前に」
「……そっか」
マルのことに関しては、なぜだか僕の中に後悔が残ったことを覚えている。
あの時僕がマルを一緒に祖母の家に連れてきていたら、マルは死なずに済んだはずだ。
当時の僕は、小型犬がそんなに弱い生き物だなんて知らなかった。ひとりぼっちの夜に、ずっと優しく寄り添ってくれたマル。
あの子は母と違って、自分の死など望んではいなかったはずだ。
犬は家族だなんて言う人も居るけれど、所詮彼らは愛玩動物だ。彼らは自分の生き方を選べない。
にも関わらず、無条件に僕を愛してくれたマル。
ならば彼のことは、僕が無条件に守ってあげるべきだった。そう後悔した。
「日曜日にお葬式をするから、準備をしておいてね」
「うん……」
「律っちゃん、安心して。あなたはお祖母ちゃんが守ってあげるから。お母さんの分まで、お祖母ちゃんが沢山沢山、愛情を注ぐからね」
「うん、ありがとう」
僕の淡々とした様子を見た祖母は、両親のことがトラウマになって、僕の心が壊れてしまったと思ったらしい。
一人娘を亡くしたばかりの祖母はあの時、僕を守らなければと強く感じたのだそうだ。
その後は泣きもせず気丈に振舞って、母の葬儀の全てを取り仕切っていた。
小さな小さな葬式場で、僕たちは祖母と僕、母方のごく近しい親族だけの質素なお葬式をした。
僕は祖母に倣って『お母様』だった白い骨を骨壷に入れる。
過去に何度か会ったはずの母方の親戚たちは、僕を見てヒソヒソと噂話をし、なぜだか僕に対してよそよそしい態度で接した。
彼らを掻き分けて、僕は父を探した。
だが、久しぶりに会えると思っていた父は、母のお葬式が終わるまでとうとう現れなかった。
「ねぇ、お父様はどこに行ったの?」
「……。いいかい、律火。お父様にはもう会えないんだよ」
「お父様も死んじゃったの?」
「生きてるわ。けど……」
祖母はそこで言葉を濁した。
「あの人はね……もう、律火の父親じゃないの。可哀想だけれど、あの人のことは忘れるのがあなたの幸せだと思うわ」
「…………そう」
その時僕は、両親が既に離婚していたことを知った。
もっとも、愛する父との離婚が母の自殺の引き金になったことを僕が知ったのは、かなり大きくなってからだったけれど。
母の死を乗り越えて数年後。
ようやく生活が落ち着いてきた頃、今度は祖母の体に悪性の腫瘍が見つかった。
運命とは残酷なものだ。
手術をし一旦は落ち着いたかと思われたものの、転移が見つかり、彼女が余命宣告を受けたのは僕が初等部四年の頃。
そして。
彼女が病院のベッドから動けなくなったのは、僕が初等部六年の時のことだった。
当時成長期だった僕より小さく痩せてしまった祖母は、晩年ずっと僕に謝っていたように記憶している。
「ごめんなさい、律っちゃん。大人になるまで守ってあげられなくて、本当にごめんなさい」
祖母のその声は、皮肉にも父に謝る母の声にそっくりだった。
「…………そうだったんだ」
あの頃の僕は、何かが麻痺していたと思う。僕の薄い反応に対して、祖母は違和感を持ったようだった。
「律ちゃん。亡くなったって意味、分かる?」
「うん、分かるよ。死んじゃったって事でしょう? お母様は自殺なさったの? それともお父様に殺されてしまった?」
「……!! じ、自殺よ……。あの子、家の梁に紐を結わえて首を吊ったらしいわ……」
「そう……」
祖母はしばらくショックから立ち直れなかったらしいが、当時の僕の反応は始終薄かったらしい。
そこら辺の僕の感情の記憶は、実を言うと曖昧だ。
僕はまだ幼くて、死という物が良く分かっていなかった。だから、反応が薄かったのは実感が湧かなかったせいもあると思う。
母に会えなくなってしまったことは勿論寂しいし、両親が仲直り出来なかったことは残念だ。
けれど、僕は母がずっと苦しんできたことを知っていた。
もうこれで母が苦しまなくても良いのだと思うと、僕の中にはホッとした気持ちすらあったように思う。
『僕が生まれたせいで両親が喧嘩をして、お母様が死んだ』
今考えると子供の僕は、そう思わないようにすることで己の心を守っていたのかもしれなかった。
「あっそうだ。マルは?」
「マル……あの犬のことかしら。あの子は律ちゃんが居なくなったあと、誰もご飯をあげていなかったらしくて……もう、だいぶ前に」
「……そっか」
マルのことに関しては、なぜだか僕の中に後悔が残ったことを覚えている。
あの時僕がマルを一緒に祖母の家に連れてきていたら、マルは死なずに済んだはずだ。
当時の僕は、小型犬がそんなに弱い生き物だなんて知らなかった。ひとりぼっちの夜に、ずっと優しく寄り添ってくれたマル。
あの子は母と違って、自分の死など望んではいなかったはずだ。
犬は家族だなんて言う人も居るけれど、所詮彼らは愛玩動物だ。彼らは自分の生き方を選べない。
にも関わらず、無条件に僕を愛してくれたマル。
ならば彼のことは、僕が無条件に守ってあげるべきだった。そう後悔した。
「日曜日にお葬式をするから、準備をしておいてね」
「うん……」
「律っちゃん、安心して。あなたはお祖母ちゃんが守ってあげるから。お母さんの分まで、お祖母ちゃんが沢山沢山、愛情を注ぐからね」
「うん、ありがとう」
僕の淡々とした様子を見た祖母は、両親のことがトラウマになって、僕の心が壊れてしまったと思ったらしい。
一人娘を亡くしたばかりの祖母はあの時、僕を守らなければと強く感じたのだそうだ。
その後は泣きもせず気丈に振舞って、母の葬儀の全てを取り仕切っていた。
小さな小さな葬式場で、僕たちは祖母と僕、母方のごく近しい親族だけの質素なお葬式をした。
僕は祖母に倣って『お母様』だった白い骨を骨壷に入れる。
過去に何度か会ったはずの母方の親戚たちは、僕を見てヒソヒソと噂話をし、なぜだか僕に対してよそよそしい態度で接した。
彼らを掻き分けて、僕は父を探した。
だが、久しぶりに会えると思っていた父は、母のお葬式が終わるまでとうとう現れなかった。
「ねぇ、お父様はどこに行ったの?」
「……。いいかい、律火。お父様にはもう会えないんだよ」
「お父様も死んじゃったの?」
「生きてるわ。けど……」
祖母はそこで言葉を濁した。
「あの人はね……もう、律火の父親じゃないの。可哀想だけれど、あの人のことは忘れるのがあなたの幸せだと思うわ」
「…………そう」
その時僕は、両親が既に離婚していたことを知った。
もっとも、愛する父との離婚が母の自殺の引き金になったことを僕が知ったのは、かなり大きくなってからだったけれど。
母の死を乗り越えて数年後。
ようやく生活が落ち着いてきた頃、今度は祖母の体に悪性の腫瘍が見つかった。
運命とは残酷なものだ。
手術をし一旦は落ち着いたかと思われたものの、転移が見つかり、彼女が余命宣告を受けたのは僕が初等部四年の頃。
そして。
彼女が病院のベッドから動けなくなったのは、僕が初等部六年の時のことだった。
当時成長期だった僕より小さく痩せてしまった祖母は、晩年ずっと僕に謝っていたように記憶している。
「ごめんなさい、律っちゃん。大人になるまで守ってあげられなくて、本当にごめんなさい」
祖母のその声は、皮肉にも父に謝る母の声にそっくりだった。
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