元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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72)波紋

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 そんな皆の順応具合を見てしまうと、嬉しい半面、自分だけが取り残されたようで少し戸惑ってしまうのもまた事実で。

 私の首元には、先日水湊様から頂いたキスマークが未だ淡く残っている。

 このキスマークを頂戴したあの日。
 私はとても嬉しかった。

 水湊様のお仕事がお忙しいのは分かっている。けれど、お呼びがかからぬうちにこれが消えてしまいそうなことが悲しい。

 早く水湊様に、私をにして頂きたい……。

 そう思う反面、最近この感情自体が間違っているのではないかと不安になってしまう夜があることもまた事実で。彼らの話はそんな私の気持ちを更に不安定に揺らす。
 
 子供達になんと返事をしたものかと悩んでいると、電話口で今度は少し大人びた少年が心配そうに口を開いた。

 
「もしもし? 紡だよ。ねぇ、日和は一人だけ東條院様のお屋敷で、未だ愛玩奴隷として働いてるんでしょう? 『日和は自分から愛玩奴隷に志願したんだ』ってお使いの人に聞いたよ。東條院様はお優しい? 失敗して叩かれたり、嫌なのに夜伽を無理強いされられたりは、もうしてないんだよね?」
「ええと……。叩かれたり無理矢理夜伽をさせられる事は、勿論していません。ご飯もお腹いっぱい食べていますし、睡眠時間や休日……お給料もしっかり頂戴しています。皆さん本当にお優しくて……私の事を沢山気にかけて下さって。それから……それから……」


『今度のご主人様達はの立った私でもちゃんと大切にして下さるし、寝所にも招いてくれます』
『夜伽は私の体の負担をきちんと考えてプレイをして下さるご主人様達ですし、お誘いも決して無理矢理なものではないです』
『まだ大人にはして頂けていませんが、ご主人様と甘い夜を過ごせる日々はとても幸せです』


 そう答えるのが事実のはずだし、現に私は最近とても幸福を感じていた。
 それなのに、子供達の話を聞いていると、どこか自分の話が的外れで間違っているような気がして……。

 すると言葉に詰まる私を察したのか、紡君は明るい声で話題を変えた。

 
「日和、僕ね。来月から実の両親と暮らす事になったんだよ。お父さんもお母さんも、借金のカタに僕を闇オークションへ売ってしまったこと、本当に反省して後悔してて。自己破産をした後、ずっと僕を探してくれていたんだって」
「実の両親……!」
「うん。東條院様が探し出して、連絡して下さったみたい。お父さんもお母さんも、この間僕に会いに園に来てくれたんだ。十数年振りに会って、顔も知らなかった両親に泣きながらぎゅーって抱きしめられて。顔も知らなかった人達に自分がずっと愛されて探されていたなんて、なんだか変な感じだったけどさ」
「紡君はお屋敷に来た時は、まだ二歳でしたものね。ご両親の記憶が無いのは仕方がないです」
「そうだね。僕の家族はずーっと、ここにいる皆と日和だけだったから、急に親だと言われても何だかよく分からなくて。けど僕がそう言ったら、お母さんが『ずっと離れていたんだもの。紡に許して貰えるなら、これから私たちと暮らして、私に母親らしいことを沢山させて欲しい。一緒に沢山の時間を過ごして、少しづつ私達と家族になっていってもらえたら嬉しい』って言ってくれて。それで一度両親と、一緒に暮らしてみようかなって思ったんだ」


『一緒に沢山の時間を過ごして、少しづつ家族になっていく』

 そう。私と、幼い子供達。
 私達は幼い頃から長い時間を共に過し、まるで家族のようだった。

 家族は決して血の繋がりだけで成り立つ物ではないことを、紡君のご両親はきちんと理解しているのだ。


「良かったですね、紡君。どうか幸せになってくださいね」
「うん、ありがと。だからさ、日和。僕達に言いにくいことも色々あるとは思うけど、僕の両親を探してくれた東條院様がいい人なのは間違いないと思うし、日和はきっと幸せに暮らしてるって僕は信じてたよ」
「あ……ふふ。ええ、色々ありますけど、東條院家で大切にして頂けて私は幸せです」


 私と兄弟同様に育った紡君が、皆から離れて本当の家族を得る。それは私にとって、凄く嬉しい反面、少し寂しいけれど……。

 そんな私を察したらしい紡君は、くすくすと笑った。


「日和って、最年長なのに本当に寂しがり屋だよね。両親と暮らすことになったとしても、ここにいるみんなは僕の大切な兄弟達だし、日和は離れていてもずーっと僕の大切なお兄さんだよ。それは一生変わらない。だって、日和は僕たちにずっと沢山の愛情を持って接してくれた。その事を、僕達は……僕は、一生忘れないよ」
「そうだよ、日和」
「うんうん、僕達は血が繋がらなくてもずっと家族だよ」


 私と紡君のやり取りを聞いていたらしい子供達が、紡君の後ろから楽しそうに同意した。
 先程は自分だけが取り残されたようなモヤモヤした気持ちになっていたけれど、少しだけ和らいだ気がする。


「両親の家に引っ越したあとも、また日和に連絡をしてもいい? もし良かったら、日和の連絡先を教えて欲しい」
「――――!」


 そう笑う紡君に私は二つ返事で自分のスマートフォンの番号を伝えたのち、そろそろ園の消灯時間との事で、皆への挨拶もそこそこに電話を切る。


 みんなちゃんと前に進んでいる。
 私達は離れていてもずっと家族。

 そう言ってくれたみんなに、結局私は本当の気持ちを言えなかったな……。

 そんな複雑な想いを抱きながら私は掃除用具を片付けて、着替えのため一旦部屋へ戻った。


「本当は将来本当に好きな人が出来たらする事……嫌ならしなくてもいいこと……か」
 

 風呂掃除で汚れた服を着替えながら、私はつい彼らの言葉を呟く。

 シャツを脱ぐと白い首筋に薄く浮かぶのは、消えかけの水湊様からのキスマーク。それはまるで水湊様から私への愛情があるかのように思えてしまう。
 だから私もつい嬉しくなってしまって……。

 そう自分に言い訳しかけて、私はハッとした。

 クローゼットの中から、先日購入したばかりのハイネックの服を選んだ私は、キスマークの隠れるデザインのそれにいそいそと着替えた。
 モヤモヤ考えたところで、どうなるものでもない。

 あくまでも、人の幸せは人の幸せだ。主人に愛され、必要とされる事が私の幸せ。

 だから私は今、間違いなく幸せで……。
 いや。

 幸せな、で――――。
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