元・愛玩奴隷は愛されとろけて甘く鳴き~二代目ご主人様は三兄弟~

唯月漣

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70)魔性の男?【後編】(佐倉視点)

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 だが、跡取りとして現会長に幼い頃より英才教育を受けさせられて育った水湊様が、東條院グループの従業員である藤倉日和に手を付けたことは流石に意外だった。

 
 藤倉日和本人は『自分は愛玩奴隷だ』『主人に抱かれるのが自分の仕事であり喜びだ』などと思い込んでいるようだが、今は令和。
 
 そんなものは土谷田が行った幼少期からの刷り込み……いわば洗脳みたいなものだ。
 
 この屋敷で働くうちにいずれ洗脳は解け、やがて貯金を作って彼はこの屋敷を出ていくだろう。
 彼はあくまで『被害者』なのだから……。

 少なくとも俺はそう思っていたし、水湊様もそう思っているのだと思っていた。
 水湊様は藤倉日和の生い立ちを哀れんで、一時的に保護するため雇用しただけだと……。

 
「佐倉、何を難しい顔をしている?」
「えっ!? あぁ、なんでもありません。藤倉日和の部屋は元宿直室でしたよね。俺、部屋のマスターキーを借りてきます」
「ああ、いや。今夜は私の寝室に運んでくれ。私も今日は有給をとってこのまま休む。食事は部屋へ運んでくれ。二人分だ」
「!!?? ――――か、かしこまりました……」


 うう、これは間違いなく確定だ。
 藤倉日和。大人しそうな顔をして、やはり魔性の男……なのか!?




 
 日和を水湊様の寝室に運び終えた俺は、二人分の夕食を部屋へ運ぶよう厨房スタッフへ伝えるべく食堂へと移動する。
 ついでに自分の分の夕食を摂ることにした俺は、美味しそうな唐揚げ定食を片手に定位置へと座った。
 
 そこでようやく起き出してきたらしい木葉を発見した俺は、引き継ぎがてら事の顛末を話す。


「へーえ、水湊様がわざわざGPSと監視カメラの無いところでそんな事を。それは面白くなってきたね」


 呑気にそう言う木葉は、なぜだか楽しそうだ。
 忘れてた……こいつはこういう奴だった。

 
「うっかり関係を持っちまったあとに藤倉日和の洗脳が解けたら、セクハラで訴えられるどころの話じゃ済まないんじゃ……?」
「そのための監視カメラとデータ共有ソフトでしょ。少なくとも現時点では藤倉日和本人が合意してる訳だし、雇用時の映像データも水湊様の手元には残っているはず。なら、良いんじゃない? 少しくらいつまみ食いしても。そもそも彼って、そのために雇ったんでしょう?」


 そう言いながら、木葉は夕食を摂っていた俺の皿からミニトマトをつまみ食いする。


「そのために雇った、って……」 
「違うの? 雑用係っていうのは書類上の話で、あの子の仕事はあくまでも愛玩奴隷なんでしょう?」
「う……違わない、けど。でもそれはあくまでも表面上の話で、実際は被害者である藤倉日和を救済するために……!」
「ソレ、水湊様や律火様に確認はしたの?」
「!? そ、それは……」


 確認……? だってその、そこは暗黙の了解ってやつじゃ……。え、まさか違うのか……?

 黙り込んでしまった俺から離れ、木葉はさっさと自分の分の食事を貰って来て、再び俺の隣に座った。

 
「愛玩奴隷って言葉に、金侍きんじは偏見を持ちすぎなんだよ。要は愛玩動物の人間版でしょう? 藤倉日和はある意味、子供の頃から愛玩奴隷の英才教育を受けたプロみたいなもんでしょ。三兄弟……特に水湊様は、あの男のせいで子供の頃から一番しんどい思いをしてきたんだからさ。少しくらいしても許されるんじゃない? 彼は純粋に、主人の役に立ちたいって思ってそうに見えるよ。そこはもう少し、藤倉日和を信じてあげてもいいとボクは思うけど」
「日和を、信じる……」
「そうそう。あの子、多分金侍が思ってるほど、子供じゃないとボクは思うから」


 木葉と俺の考え方の違いに驚きつつも、あの水湊様の優しい眼差しを思い出すと、何だか少し腑に落ちた気がした。
 あれは水湊様が藤倉日和を少しだけ信用からこその表情……だったんだろうか。

 ――――それはそうと。
 考えに耽る俺の皿の唐揚げは、いつの間にか残り一つになっていた。犯人はもちろん隣に座るこの男木葉だ。


 ミニトマトだけならばいざ知らず、俺の目の前で俺の唐揚げを奪うなんて、本当にいい度胸をしている。

 気持ちを切り替えるため大きく息を吐いた俺は、素早く木葉の皿から大きな唐揚げを二つ箸で突き刺して奪い、すかさず自分の口に放り込む。

 更に米をかき込んで、胸に残るもやもやと一緒にゴクリと飲み下してやった。  
 
 よく考えたら、今日の退勤時間はとっくに過ぎているんだった。木葉も起きてきた事だし、さっさと帰って寝よう。

 背後でぶーぶー文句を言う木葉を無視して、俺は食堂を後にした。

 
 こうして俺の長い長い一日が、ようやく終わったのだった。
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