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9)愛玩奴隷はお呼びじゃない!?
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私はそう答えて、慌ててバスローブを脱いだ。クローゼットの中には白シャツと黒ズボンの簡易的な着替えが数組入っており、それに着替えて軽く寝癖を直す。
「すみません、お待たせしました!」
そう言いながら部屋から飛び出した私に、ドアの前で待っていたらしい樫原さんはあくびをしながら言った。
「いや、五分ピッタリだよ。こんな夜中に悪いね。今夜の分の手当はちゃんと付けさせるからさ」
樫原さんも一旦寝ていたらしく、昼間はワックスでピシッと整えられていた髪が、今はサラリと下りて少し幼げな印象だ。
そんな樫原さんは私を連れて、明かりの落とされた薄暗い屋敷の中をずんずんと進んでいく。
「手当……?」
「うん。さ、こっちだよ」
私の疑問に答える気はないらしい樫原さんは、足早に階段を駆け上がった。ずらりと並ぶドアの中の一つから、細く明かりが漏れている部屋があった。目的地はおそらくあの部屋だろう。
「水湊様は立場上とてもお忙しい方でね。明日時間が取れないので、特別に今夜十五分だけ会ってくださるそうだよ。さぁ、いってらっしゃい」
樫原さんにそう促された私は、恐る恐るドアをノックした。
「夜分に失礼致します。藤倉日和です」
「ああ、君が例の。入りなさい」
私がそう声をかけると、中から聞こえてきたのはよく通るバリトンだった。
ドアの内側に体を滑らせると、暗い廊下に慣れた目が眩しさで僅かに眩む。
ややあって目が慣れた私の前に現れたのは、縁無し眼鏡をかけた黒髪長身の男性だった。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。
上質なスーツにきっちり結ばれたネクタイ。椅子の上で組まれた長い足の先にはピカピカに磨き上げられた革靴が光る。
甘めの顔立ちだった弟二人とは違い、水湊様の顔立ちは男らしく精悍だった。
彼は片手に書類らしきものを持っており、書類と私を交互に見比べるような仕草をする。
「私は東條院水湊という。昼間は弟達が世話になったようだな」
「あ……」
突然押しかけ泊めて頂いた上、無理な面接をお願いした身で主人にそんなことを言って頂くなど、とんでもなかった。私は慌てて首を横に振って、頭を下げる。
「こちらこそ、この度は大変お忙しい中、私のような者のために貴重なお時間を割いていただき、光栄に存じます」
「それで?」
「私は前におりました屋敷で、幼き頃より愛玩奴隷として囲われて暮らしておりました。主人に捨てられ、今更この身一つで社会に放り出されても、私は愛玩奴隷以外に生きる術を知りません。出来れば再び愛玩奴隷として、こちらのお屋敷にお仕えさせて頂きたく、お願いに上がりました……」
そこまで話すと、私は恐る恐る水湊様の方を見た。水湊様は視線を書類に落としたまま、耳だけをこちらに傾けていらっしゃるご様子だ。
「………………」
数秒の沈黙が続いて、時計の秒針がコチコチと小さく時を刻む音が室内に響く。けれどもそれよりも大きな音で騒いでいるのは私の心臓だった。
ここで水湊様に気に入ってもらえなければ、私は明日から一文無しのホームレスになってしまう。
最悪街へ降りて他人へこの体を売るにしても、今の私には街へ降りる術やその客を掴むツテすらもない。
「…………悪いがこの屋敷に愛玩奴隷として終身雇用、というわけにはいかないな」
「あ……」
「そもそも、奴隷制度なんてもんはこの現代社会にはないんだ。弟達が何を言ったかは知らんが、奴隷として雇用など違法行為も甚だしい」
「…………っ!」
ピシャリとそう言った水湊様は、手に持っていた書類の束を机の上に置いた。
「あっ……失礼な事を申し上げ、申し訳ございません! ですが、お願いします! 私は確かに愛玩奴隷ですが、掃除でも雑用でも、私に出来ることなら何でもします。だからどうか……! どうかこちらで雇って頂けないでしょうか」
私は慌ててそう言って、少し考えてから床に膝をついた。
「すみません、お待たせしました!」
そう言いながら部屋から飛び出した私に、ドアの前で待っていたらしい樫原さんはあくびをしながら言った。
「いや、五分ピッタリだよ。こんな夜中に悪いね。今夜の分の手当はちゃんと付けさせるからさ」
樫原さんも一旦寝ていたらしく、昼間はワックスでピシッと整えられていた髪が、今はサラリと下りて少し幼げな印象だ。
そんな樫原さんは私を連れて、明かりの落とされた薄暗い屋敷の中をずんずんと進んでいく。
「手当……?」
「うん。さ、こっちだよ」
私の疑問に答える気はないらしい樫原さんは、足早に階段を駆け上がった。ずらりと並ぶドアの中の一つから、細く明かりが漏れている部屋があった。目的地はおそらくあの部屋だろう。
「水湊様は立場上とてもお忙しい方でね。明日時間が取れないので、特別に今夜十五分だけ会ってくださるそうだよ。さぁ、いってらっしゃい」
樫原さんにそう促された私は、恐る恐るドアをノックした。
「夜分に失礼致します。藤倉日和です」
「ああ、君が例の。入りなさい」
私がそう声をかけると、中から聞こえてきたのはよく通るバリトンだった。
ドアの内側に体を滑らせると、暗い廊下に慣れた目が眩しさで僅かに眩む。
ややあって目が慣れた私の前に現れたのは、縁無し眼鏡をかけた黒髪長身の男性だった。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。
上質なスーツにきっちり結ばれたネクタイ。椅子の上で組まれた長い足の先にはピカピカに磨き上げられた革靴が光る。
甘めの顔立ちだった弟二人とは違い、水湊様の顔立ちは男らしく精悍だった。
彼は片手に書類らしきものを持っており、書類と私を交互に見比べるような仕草をする。
「私は東條院水湊という。昼間は弟達が世話になったようだな」
「あ……」
突然押しかけ泊めて頂いた上、無理な面接をお願いした身で主人にそんなことを言って頂くなど、とんでもなかった。私は慌てて首を横に振って、頭を下げる。
「こちらこそ、この度は大変お忙しい中、私のような者のために貴重なお時間を割いていただき、光栄に存じます」
「それで?」
「私は前におりました屋敷で、幼き頃より愛玩奴隷として囲われて暮らしておりました。主人に捨てられ、今更この身一つで社会に放り出されても、私は愛玩奴隷以外に生きる術を知りません。出来れば再び愛玩奴隷として、こちらのお屋敷にお仕えさせて頂きたく、お願いに上がりました……」
そこまで話すと、私は恐る恐る水湊様の方を見た。水湊様は視線を書類に落としたまま、耳だけをこちらに傾けていらっしゃるご様子だ。
「………………」
数秒の沈黙が続いて、時計の秒針がコチコチと小さく時を刻む音が室内に響く。けれどもそれよりも大きな音で騒いでいるのは私の心臓だった。
ここで水湊様に気に入ってもらえなければ、私は明日から一文無しのホームレスになってしまう。
最悪街へ降りて他人へこの体を売るにしても、今の私には街へ降りる術やその客を掴むツテすらもない。
「…………悪いがこの屋敷に愛玩奴隷として終身雇用、というわけにはいかないな」
「あ……」
「そもそも、奴隷制度なんてもんはこの現代社会にはないんだ。弟達が何を言ったかは知らんが、奴隷として雇用など違法行為も甚だしい」
「…………っ!」
ピシャリとそう言った水湊様は、手に持っていた書類の束を机の上に置いた。
「あっ……失礼な事を申し上げ、申し訳ございません! ですが、お願いします! 私は確かに愛玩奴隷ですが、掃除でも雑用でも、私に出来ることなら何でもします。だからどうか……! どうかこちらで雇って頂けないでしょうか」
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