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8)深夜の呼び出し
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シンプルな作りの廊下を奥へ進むと、程なくしていくつかのドアが並ぶ一角へと辿り着く。
この建物は恐らく使用人専用なのだろう。
最奥のドアを開けると、八畳ほどの小綺麗な部屋があった。
中に入ると備え付けの棚やベッド、小型のテレビやクローゼットなどが置いてあり、クローゼットの中には数枚の衣類が入っているようだ。
クローゼットの脇には小さな冷蔵庫、部屋の奥には簡易的なお風呂場兼洗面所もついていて、この部屋だけでも生活には困らさそうだ。
驚いたのは、一階なのに部屋に大きな窓があること。
以前いたお屋敷では、私達の部屋には高い場所に小さな明り取り用の窓があるだけだった。
廊下や共用部分には大きな窓もあったけれど、その殆どは嵌め殺し、もしくは頑丈な鉄格子が嵌められていた。
屋敷が山奥にあったこともあり、格子には害獣避けの通電がしてあったはずだ。
害獣避けとは名ばかりの奴隷逃亡防止策であることは、あの屋敷では皆の暗黙の了解だったけれど。
そういえば、この屋敷に入ってきたときにも敷地と公道を仕切る部分は高い塀のみで、その上に電流の流れる鉄条網がないことを疑問に思った事を思い出す。
前の屋敷では、奴隷たちは敷地外への外出は当然許されていなかったが、中には外に出たいと言っている者もいた。
けれど、屋敷は街から遥か離れた山の中。
何とか屋敷の外に出たとしても、鉄条網で囲まれ監視カメラが散りばめられたその敷地内から、徒歩で脱走なんてことはまず無理だ。
それでも、あの屋敷へ買われたものの、途中で姿を見かけなくなった者は何人かいた。
だが、彼らが脱走に成功したのか、はたまた旦那様の逆鱗に触れて他所に売り飛ばされたのかを、私に知る術はない。
もっとも、私は命懸けで脱走したいと思うほど屋敷での生活に大きな不満を持ったことはなかったので、脱走を試みたこと自体がない。
鉄柵の通電やその外側にある鉄条網、監視カメラのことも、私は窓越しから遠くに眺めた以外は、逃亡に失敗して酷い折檻を受けた仲間を介抱した際に聞いた話だ。
そのことを樫原さんに告げると、彼は笑って言った。
「そもそもこの令和の世に、そんな監禁まがいの奴隷飼いをしているやつなんていないよ。大体キミは……」
「あ……藤倉日和です」
「あ、うん。日和は、自分から志願してここに来たんだよね? なら、逃げる理由が無いでしょ」
「それは、そうですけど……」
私は余程納得行かなそうな顔をしていたのだろう。私の表情を見た樫原さんは、ふふっと笑って言った。
「日和は多分、ドMなんだね。精神的にも肉体的にも、誰かに支配されていたいんじゃない?」
「……?」
「窓に鉄格子が嵌ってて、監視カメラで二十四時間監視されて。『自分はここから逃げられないんだ』って状況のほうが、興奮する……とか?」
「…………!!」
そう言われて、私はようやく樫原さんの言葉の意味を理解し、かぁっと頬を染める。
元々当たり前にあったものがないから落ち着かない、と言っただけで、そんなつもりはなかったんだけれど……。
「さて。長男の水湊様がお戻りになったら詳しい話も聞けるだろうけど。残念ながら今日はかなりお帰りが遅くなるそうだよ」
「それは何時頃でしょうか。もし差し支えなければ、起きてお待ちして……」
「うーん。それはボクにも読めないし、とりあえず今夜はお風呂にでも入って休んだら? なんだか疲れた顔してるし、湯船にゆっくり浸かったらすっきりするんじゃない? 着替えはクローゼットのものを使っていいから。他に何かあったら内線四番を押して」
そう言って、樫原さんは私を置いて部屋を出ていってしまった。
樫原さんに言われた方を見てみると、ベッドサイドの壁には小さな電話機があった。隣には内線番号一覧のようなものが貼ってある。
私は言われた通りにバスルームへ行って、湯船に湯を張った。バスルームの鏡の前に立った自分の顔には、確かに疲れの色が濃く浮かんでいる。
思えば今日は夜明け前から黒服の人達がお屋敷に来て、途中混乱や不安で寿命が縮む思いをして、そこから更にこの屋敷にきて、色々なことがあった。
自覚した途端、体が急激に重くなった気がした。けれどもせっかく沸かした湯に浸からない訳にもいかないので、私はもそもそと服を脱ぐ。
何とか風呂を出てベッドに突っ伏した私は、そのまま深い眠りへと落ちていった。
***
「日和、日和、起きて。水湊様がお帰りになったよ」
樫原さんの声に起こされたのは、とうに日付が変わった午前二時前だった。
体を起こして声のもとを探すが、室内に樫原さんの姿はない。どうやら彼の声は壁に備え付けてある電話機あたりから聞こえているようだ。
「おーいっ、聞いてる?」
「……っ! はいっ、聞いております」
私はそう返事をして、ベッドから大慌てで跳ね起きた。
「良かった。こんな夜中にごめんね。水湊様が会ってくださるそうだから、五分で身支度して出てこれる?」
「しょ、承知しました!」
この建物は恐らく使用人専用なのだろう。
最奥のドアを開けると、八畳ほどの小綺麗な部屋があった。
中に入ると備え付けの棚やベッド、小型のテレビやクローゼットなどが置いてあり、クローゼットの中には数枚の衣類が入っているようだ。
クローゼットの脇には小さな冷蔵庫、部屋の奥には簡易的なお風呂場兼洗面所もついていて、この部屋だけでも生活には困らさそうだ。
驚いたのは、一階なのに部屋に大きな窓があること。
以前いたお屋敷では、私達の部屋には高い場所に小さな明り取り用の窓があるだけだった。
廊下や共用部分には大きな窓もあったけれど、その殆どは嵌め殺し、もしくは頑丈な鉄格子が嵌められていた。
屋敷が山奥にあったこともあり、格子には害獣避けの通電がしてあったはずだ。
害獣避けとは名ばかりの奴隷逃亡防止策であることは、あの屋敷では皆の暗黙の了解だったけれど。
そういえば、この屋敷に入ってきたときにも敷地と公道を仕切る部分は高い塀のみで、その上に電流の流れる鉄条網がないことを疑問に思った事を思い出す。
前の屋敷では、奴隷たちは敷地外への外出は当然許されていなかったが、中には外に出たいと言っている者もいた。
けれど、屋敷は街から遥か離れた山の中。
何とか屋敷の外に出たとしても、鉄条網で囲まれ監視カメラが散りばめられたその敷地内から、徒歩で脱走なんてことはまず無理だ。
それでも、あの屋敷へ買われたものの、途中で姿を見かけなくなった者は何人かいた。
だが、彼らが脱走に成功したのか、はたまた旦那様の逆鱗に触れて他所に売り飛ばされたのかを、私に知る術はない。
もっとも、私は命懸けで脱走したいと思うほど屋敷での生活に大きな不満を持ったことはなかったので、脱走を試みたこと自体がない。
鉄柵の通電やその外側にある鉄条網、監視カメラのことも、私は窓越しから遠くに眺めた以外は、逃亡に失敗して酷い折檻を受けた仲間を介抱した際に聞いた話だ。
そのことを樫原さんに告げると、彼は笑って言った。
「そもそもこの令和の世に、そんな監禁まがいの奴隷飼いをしているやつなんていないよ。大体キミは……」
「あ……藤倉日和です」
「あ、うん。日和は、自分から志願してここに来たんだよね? なら、逃げる理由が無いでしょ」
「それは、そうですけど……」
私は余程納得行かなそうな顔をしていたのだろう。私の表情を見た樫原さんは、ふふっと笑って言った。
「日和は多分、ドMなんだね。精神的にも肉体的にも、誰かに支配されていたいんじゃない?」
「……?」
「窓に鉄格子が嵌ってて、監視カメラで二十四時間監視されて。『自分はここから逃げられないんだ』って状況のほうが、興奮する……とか?」
「…………!!」
そう言われて、私はようやく樫原さんの言葉の意味を理解し、かぁっと頬を染める。
元々当たり前にあったものがないから落ち着かない、と言っただけで、そんなつもりはなかったんだけれど……。
「さて。長男の水湊様がお戻りになったら詳しい話も聞けるだろうけど。残念ながら今日はかなりお帰りが遅くなるそうだよ」
「それは何時頃でしょうか。もし差し支えなければ、起きてお待ちして……」
「うーん。それはボクにも読めないし、とりあえず今夜はお風呂にでも入って休んだら? なんだか疲れた顔してるし、湯船にゆっくり浸かったらすっきりするんじゃない? 着替えはクローゼットのものを使っていいから。他に何かあったら内線四番を押して」
そう言って、樫原さんは私を置いて部屋を出ていってしまった。
樫原さんに言われた方を見てみると、ベッドサイドの壁には小さな電話機があった。隣には内線番号一覧のようなものが貼ってある。
私は言われた通りにバスルームへ行って、湯船に湯を張った。バスルームの鏡の前に立った自分の顔には、確かに疲れの色が濃く浮かんでいる。
思えば今日は夜明け前から黒服の人達がお屋敷に来て、途中混乱や不安で寿命が縮む思いをして、そこから更にこの屋敷にきて、色々なことがあった。
自覚した途端、体が急激に重くなった気がした。けれどもせっかく沸かした湯に浸からない訳にもいかないので、私はもそもそと服を脱ぐ。
何とか風呂を出てベッドに突っ伏した私は、そのまま深い眠りへと落ちていった。
***
「日和、日和、起きて。水湊様がお帰りになったよ」
樫原さんの声に起こされたのは、とうに日付が変わった午前二時前だった。
体を起こして声のもとを探すが、室内に樫原さんの姿はない。どうやら彼の声は壁に備え付けてある電話機あたりから聞こえているようだ。
「おーいっ、聞いてる?」
「……っ! はいっ、聞いております」
私はそう返事をして、ベッドから大慌てで跳ね起きた。
「良かった。こんな夜中にごめんね。水湊様が会ってくださるそうだから、五分で身支度して出てこれる?」
「しょ、承知しました!」
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