【完】大きな俺は小さな彼に今宵もアブノーマルに抱かれる

唯月漣

文字の大きさ
上 下
20 / 47

20)負のループ

しおりを挟む
 次の週末。
 俺はジンのくれた名刺と地図アプリを頼りに、繁華街から少し外れたその店を訪ねた。
 無論、お礼をしてもらうためではない。あの時つい非難してしまった事を、ただ一言謝りたかったからだ。


「いらっしゃいませ」


 お洒落なオルゴール調のクラッシックがかかるその店は、なんと喫茶店だった。出て来た店員らしき若い男にジンのくれた名刺を見せると、店の一番奥の席に案内される。


「ああ、アンタか」


 作業中のノートパソコンを閉じたジンは、ちらりと俺に視線を送った後、この間は掛けていなかったはずの縁無しの眼鏡を外す。


「座ったら? アンタ、腹減ってる? 好き嫌いは?」
「な、無いけど……」
「多斑君、この人にナポリタンとフレンチトースト、あとオリジナルブレンド。ブレンドは二つ頼む」
「はい」
「えっ、ちょ……」


 多斑と呼ばれた店員が立ち去ると、ジンは視線で俺に座るように促す。おずおずと向かい合った席に座った俺に、ジンが言った。


「俺は陣矢じんや。皆にはジンって呼ばれてる。アンタ、名前は?」
「翔李、だけど」
「ショーリか。こないだはテツが悪かったな。あいつ、ああなると男に見境なくなっちまうんだよ」
「えっ、いや」
「うん? アイツに誘われなかったのか?」
「えっ。いや誘われた、けど……」


 俺は運ばれてきた水に口を付けながら、モゴモゴと言葉を濁す。


「アイツ、ちぃとばかり性癖が特殊でな。恐らく育った環境のせいだと思うんだが、時折発作のように自分を痛め付けて欲しがったり、それに性的な興奮を覚えたり……。アンタもあの傷を見たんだろう? あの性癖のせいでアイツは何度も流血沙汰になったり、DV被害に遭ったりしてる。恋人や友人ができても、あの性癖のせいでどうもうまく行かない」


 ジンが言っているのは、テツの体中にあった傷のことだろう。自称テツの保護者というだけあって、テツのことをよく把握しているらしい。
 俺は先に運ばれてきた珈琲に砂糖とミルクを入れながら言った。
 


「ジンさんは……」
「ジンで良い」
「ジン……はテツの保護者だって言ってた割に、やることはヤッてるんだろ? テツのこと、好きなんじゃないのか?」


 俺は誰もが当然思うであろう疑問をぶつけたが、ジンは珈琲をブラックのまま一口啜って言った。


「好きだよ。でも、やることをヤッちまったからこそ、俺じゃ駄目なんだ。アイツの中で俺はおそらく、都合のいいときに都合の良いセックスが出来る男の中の一人でしかない。むしろ、ショーリ。お前の方がよっぽどマシだ」
「は? なんで俺?」
「アイツに誘われたんだろう?」
「えっ、あー。いや、うん……」
「なんでヤラなかったんだ? 本当にバリネコや童貞と言う訳ではないんだろう? 特定の恋人が居るようにも見えないが」


『たまたま他所で散々ヤられた後だったから』とは流石に言えない。俺はバツが悪くなって目を逸らした。タイミング良く店員がナポリタンを運んできたので、これ幸いとばかりにフォークを取る。
 というか、俺達がセックスをしていないことを、何故ジンは分かったんだろう……。


「まっ、まぁ、テツは友達だからな。……いただきます」


 苦し紛れにそう言った俺は、口いっぱいにナポリタンを頬張った。
 ナポリタンのあとに運ばれてきた、アイスクリームの乗ったフレンチトースト。そこまでをきっちり平らげた俺は、何やらイヤホンを片耳につけてノートパソコンに向かっているジンに話しかけた。


「でもさ、テツは俺ん家に来る前にジンに連絡してたんだろう?」
「ああ。その日は仕事で遠方に行くと言ってあったんだがな。そういう日に限って、あいつはああなるんだ」
「それって、ジンがいないって事がトリガーになってるんじゃないのか? あの性癖のせいで恋人と上手く行かないんなら、ジンが何としてもテツを口説き落として、テツと付き合うのは無理なのか? そしたらテツが怪我をすることもないし、寂しさのあまり男を漁ることも無いんだろ?」


 俺がそう言うと、ジンはあの夜見せたような悲しそうな笑顔を浮かべた。


「テツがそれを望むなら、無論そうする。だが、そうした所で四六時中俺がテツを見張っていられる訳じゃない。あいつは寂しくなったら誰とでも寝るし、誰にでも好きだとか愛してるとか簡単に言うぞ? この界隈は狭いんだ。テツが知らない男とホテルに入った、前の男にフラれてすぐに別の男のところへ、二股してるらしい……なんて噂はしょっちゅう流れてくる。さっきも言ったようにテツの中で俺は都合の良い時に好みのセックス出来る男の一人でしか無いんだよ。そこに愛なんてもんはないし、恐らく生まれることも無い」
「そんなの分からない。本人に聞いてみたのか?」
「いいや、バンド内で気まずくなっても困るし。俺達はただの幼馴染で、あいつは大事なバンドメンバーでもあるんだ。それに好きは好きでも、俺は恋人を痛ぶる趣味はないんでな」
「は? でもあの時……」


 そこまで話して、俺は合点がいく。

 片思いの男に、趣味でもない嗜虐的なプレイを要求される。
 代わりに、それをしている間は好きな男が腕の中に居てくれる。
 けれど一度それをしてしまった事で、彼にとってジンは数多いる性欲処理の相手の一人でしか無くなってしまった。
 それでも、テツに求められれば趣味でもないプレイにジンは応じている。それをしたところで、テツの心は手に入らないと分かっているのに……だ。

 これじゃ、負のループだ。…………なんて皮肉な話だろう。


「仕方ないんだ。俺が我慢するしかないだろう。ああなったアイツをほっとくと、色々とヤバイんでね」


 ジンの見せた悲しそうな顔は、つまりはそういうことだろう。好きなやつと極端に性癖が合わないってのは、個人的に結構深刻な問題だと思う。


「ジンはテツのことが本気で大切なんだな」
「そりゃ、幼馴染だからな。知らない男に流血沙汰にされるよりは俺が抱く方がマシだと思ったんだが、今は後悔しかないよ」
「大切って、幼馴染とかバンドメンバーとかそういう意味だけじゃなくて……」



 そこまで言って、俺はふと今日ここに来た理由を思い出す。


「あ……てかごめん。俺今日はアンタに謝ろうと思って来たんだ。事情を知らなかったとはいえ、テツの寂しさにつけ込んでヤロうとしてるなんて、酷いことを言った……。俺、人のことを言えるような立場じゃなかったのに。悪かったよ」


 俺はここに来た目的を思い出して、ジンに謝った。ジンは少し驚いた表情をした後、ニヤリと口元を歪めて笑った。


「ふーん。セックス出来なくてもテツがアンタを『友達』って言う訳だ」
「え……?」
「アンタ、いい人そうだな。テツのこと、これからもよろしく頼むよ。無論、『友達』としてな」


 ジンはそう笑いながら、伝票を掴んで立ち上がった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

処理中です...