【完】大きな俺は小さな彼に今宵もアブノーマルに抱かれる

唯月漣

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17)嵐の夜に

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「それは恋人同士ならそうだろうけど。俺達はただのセフレだろう? リップサービスっつったら聞こえはいいけど、そんなありもしない愛の言葉なんて、あとあと虚しくなるだけじゃないのか?」
「ふぅむ……。少なくとも今日初めて翔李さんが僕を名前で呼んでくれたり、『俺も……』って言って下さった時、リップサービスだとしても僕には滾るものがありましたけどね」
「いや、そういう事じゃなくて」


 由岐はちゃっかり自分の分だけ持ってきたらしいビールの缶を開けながら、そう言って笑った。
 何度見ても由岐は未成年にしか見えなくて、酒を煽る姿も違和感バリバリだ。


「ベッドの中で『可愛い、愛してる』って言われるとユウキさんを思い出しちゃうとか? そんなに僕、その人に似てます?」
「あ……いや。全然似てないけど……」


 ユウキは品行方正な優等生タイプだった。優しいけれどどこか垢抜けない、黒髪の真面目な青年。
 金髪で天使のように整った容姿でビールや煙草を嗜む由岐とは、似ても似つかない。
 理由はそこではない。ユウキを失ってポッカリと空いた心の穴。そんな風穴に、偽りであっても愛を錯覚させるような甘い言葉と、温かな腕なんて貰ったら、きっと俺は……。


「おっ、俺より可愛い容姿のやつに可愛いって言われても、嫌味なだけ、だろ……」
「そうなんですか? よく分からないけれど、翔李さんが嫌だと言うなら、ベッドで言うのはやめますね」
「いや……ベッド以外でもやめろ……、…………っ!?」
「……ーーーーっ!??」


 そんな会話をしていた時、突然部屋の電気が消えた。
 数秒遅れて防音のはずの室内に雷鳴の爆音が響き渡り、僅かに床が揺れる。
 窓の外に稲光が何度も走って、堰を切ったように滝のような豪雨が振り始めた。


「び、びっくりしたぁ。停電ですかね?」
「みたいだな」
「あー。ゲリラ豪雨ってやつかな。すごい雨だ……。今から駅に向かっても電車が動くか怪しいですし、今日も泊まっていきますか? なんならシャワーを浴びたあと、もう一回くらいヤッていきます? 翔李さん若いんだし、まだ出るでしょう?」


 由岐はそう言いながらビールをサイドテーブルに置くと布団の中に手を差し込んで俺の股間をまさぐる。


「じょ、ジョーダン……」
「ふふ、はい。冗談です」


 由岐はそう言って笑うと、俺の唇に啄むようなキスを落とした。


「でも、こんな嵐の中、大切な翔李さんを一人で帰すのが心配なのは本当です。本当に、泊まっていきませんか?」
「…………はぁ。いや、いい。今日は帰るよ」


 愛してるとか可愛いという言葉を禁じたって、結局は同じか……。由岐は無意識なのかもしれないが、そんなふうに言われたら俺はありもしない愛情を錯覚してしまいそうになる訳で……。


「……分かりました。くれぐれも、気を付けて」


 由岐は俺の言葉に相変わらずあっさりとそう言って、ベッドから離れた。数分で停電が回復したのを幸いに、俺はシャワーを浴びてそそくさと洋服を身に着ける。
 どうせ濡れると踏んで、髪は乾かさぬまま、広いこの家の廊下を通って玄関へと向かう。

 そういえば、由岐はこの都会でこんな広い一軒家になぜ一人で住んでいるのか? 以前由岐は『この家の主人』という言い方をしていたから、家族の持ちものと言う訳でも無さそうだ。


「翔李さん。良かったらこの傘を」


 そう言って帰り掛けに差し出されたのは、若い由岐が使うとは思えない古めかしいデザインの傘だった。よく見ればブランドのロゴが入っており、古いながらも良い品なのだということがわかる。


「ありがと。次の時に返すよ。じゃあな」


 雷鳴が轟く中、俺は借りた傘を差して駅へと向かった。
 横殴りの雨が俺の肩から下をあっという間に濡らしたが、俺の頭の中にあったのは、由岐かなでという人物についての沢山の疑問だった。
 改めて考えると、由岐という人物は謎だらけだ。そもそも俺は、彼の正確な年齢すら知らない……。由岐かなでという名前が本名かどうかすら、俺は知らないのだ。




◆◇◆◇◆◇





 びしょ濡れになりながらなんとか駅まで着いたものの、案の定電車は止まっていた。ここの最寄りから一つ前の駅は海抜が低い場所にある。どうやらその駅がこのゲリラ豪雨のせいで一時的に水浸しになってしまったらしい。
 復旧は未定と書かれた手書きの紙が、駅のあちらこちらに貼り出されていた。
 タクシー乗り場の長蛇の列を前に、俺が迷ったのはほんの数秒だった。
 学生時代に運動部で鍛えていたので、数駅くらいなら歩いて帰る自信がある。

 …………あったはず、だったのだが。


「うう、セックスで使った体力を計算に入れるの忘れてたわ……」


 電車数駅分の距離を何とか歩き切ったものの、濡れ鼠で自宅アパートに帰りつく頃には、俺はだいぶヘロヘロになっていた。

 こんな日は風呂でも沸かして、ゆっくり湯船に漬かって早く寝るに限る……。そう思いながらポケットの鍵を取り出し、傘を閉じたその時だ。

 アパートのドアの前に、人影がある。パーカーのフードを目深に被ったその人物は、どう見ても自分の部屋の前に座り込んでいた。
 不審者……? そう俺が警戒したのは数秒のこと。その人物は顔をあげるなり、大きな声で俺の名前を呼んだ。


「ショーリッ、遅いぞーっ。待ちくたびれたぁっ」
「え!? テツ!?」


 フードの中から現れた褪せた金髪が、雨混じりの強風になびいた。そこに居たのは、数日前にあの路地で知り合った自称バンドマンのテツだった。


「うおっ。今日風やべーな! さ、中入ろ入ろ」
「えっ、ちょっ。ここ俺ん家……ええっ!?」


 手に持っていた鍵をサクッとテツに奪われた俺は、あれよあれよという間にテツと共に家の中に入った。


「うわ、翔李もめっちゃビショビショじゃん。風呂沸かして湯船に入ろーぜ。このままじゃ俺達、風邪引くわ。とりあえずバスタオルあったら貸してくんない?」
「え、ああ……ハイ」


 テツに言われるままに部屋から二人分のバスタオルを持ってきた俺は、その場で服を脱いで絞るテツの上半身を見て驚愕した。

 今回はいつか見たような手首の擦り傷だけではない。テツの胸元にはおびただしい赤い斑点が浮かび上がっていた。肋骨に沿って浮かぶ青痣は腰骨まで及び、よく見れば顔も唇の端が切れている。


「なっ!? またこないだの彼氏にやられたのか!?」
「えー、いや。まぁ、違うんだけどさ」


 テツは歯切れの悪い返事をして、バスタオルで体を拭いた。白いバスタオルに薄く浮かぶ鮮血が痛々しくて、俺は顔をしかめる。


「て、手当を……!」
「あー、いいって。こないだはショーリん家に泊まるためにああ言ったけど、こんなのいつものことだから大丈夫。それよりショーリ、風呂ぉー」
「えっ、ああ。うん……」


 テツにねだられるままに風呂を沸かした俺は、交代で入浴を済ませた。テツに一緒に入ろうと誘われたが、流されやすい自覚のある俺も、流石にそれは丁重にお断りした。




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