【完】大きな俺は小さな彼に今宵もアブノーマルに抱かれる

唯月漣

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2)言葉足らずの初恋

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 何故俺は、ずっと一緒だったあいつに思いを伝えなかったのか?
 それはきっと、幼馴染のあいつが俺と離れる日が来るなんて、当時は全く思わなかったから。

 あいつ……ユウキは、俺がゲイという性癖を自覚してから初めて好きになった人だった。


「翔ちゃん、お腹空かない? 帰りにハンバーガー屋さん寄ってこーよ」
「お、いいな。LLポテト頼んでシェアしよーぜ」


 小学校から大学まで、俺達はずっと一緒だった。俺はただ、日常の中でユウキの側に居られるだけで幸せだった。


「僕、翔ちゃんと同じ高校を受けるよ! 同じクラスになれるかなー?」


 進路という帰路に立つたび、ユウキは何も言わず自然と俺と同じ道を選んだ。
 幼馴染としてではあるが、ユウキに好かれている事に俺は慢心していた。

 
「翔ちゃんと同じ大学に行きたいなー。一緒にサークルとかやりたい」
「楽しそうだな。なんかまた一緒にスポーツやるか? バスケは?」
「えー、僕は翔ちゃんみたいに体格良くないしなぁ。陸上は?」
「お前が陸上やるなら、俺もそうする」


 その慢心から、俺はユウキに自分から好きだと言ったことはなかった。

 ーーーーだって、俺の好きとあいつの好きは、きっと違うから。だから、この想いにはどこかで終わりが必要で。


「翔ちゃん、僕地元企業から内定が取れたんだ。今夜、お祝い……」


 十数年を共に過ごし、すっかり大人になったユウキと俺。
 そんなユウキが俺にそう言ったあの日、俺の中で何かがふっと途切れた気がした。

 
「なあ、ユウキ。……俺、ゲイなんだ」
「えっ…………」


 東京の企業に内定が取れたらすると決めていた、カミングアウト。決めていたのに、結局ユウキと離れる決心がなかなか付かなくて。


「だからこんな田舎じゃ、まともに恋すら出来ない。つーことで俺、大学を卒業したら、東京に就職するから」
「なっ…………!?」


 そう言った俺の声も答えたユウキの声も、震えていた。
 大学卒業を控えて東京に就職が決まった俺と、地元に就職する事になったユウキ。離れることが決まって、ようやく俺はカミングアウトが出来たのだ。


 もう、当たり前のように一緒に居られる日々は終わるんだ。いや、俺が終わらせた。それでいい。
 もう、会うことも無くなると思った。
 もう、最後なのだから。どうにでもなれと思った。
 …………なのに。


「……あのっ、あのねっ。……僕ね、翔ちゃんがずっと好きだった」


 俺の言葉に、ユウキは泣きそうな顔でそう言った。


「ーーーー知ってた」


 でも、きっと俺のほしい好きとは違うはずだ。
 ユウキに好意を向けられている事は知っていた。
 俺は意気地なしだから、気付かないふりをしていた。

 それがどういう意図かを突き詰めることで、ユウキを失うのが怖かった。
 お前に気持ち悪いって蔑まれたら、俺はもう生きていけないって思ったから……。けど、今日は違う。


「でもそれってさ、どういう意味で言ってんの?」
「どういうって……それは……っ」


 震える声でそう聞いた俺に、ユウキは迷った末、そっと抱きついてきた。


「こ、こういう……意味」
「…………っ!」


 俺はユウキを抱きしめ返して、触れるだけのキスをした。キスを避けることだって出来たのに、あいつは黙って目を閉じて俺を受け入れた。

 つまりはそういう意味で合っている……ってことだ。





 大学を出てそれぞれの岐路に進む僅かな間、俺達は飢えを満たすためだけに使った。俺達は随分と遠回りをしてしまったから。


「翔ちゃん、翔ちゃん……っ!」


 俺達は毎日のように互いの部屋を訪ね、抱き合って、キスをした。
 恋人になったから即セックス……とまでは流石に行かなかったけれど、じゃれ合いのような愛撫で、たどたどしい愛情表現もした。
 何年も毎日のように一緒にいたはずなのに、互いの気持ちが分かった途端、俺の想いは化学反応を起こしたかのように熱く燃え上がった。
 

 別れの日までのカウントダウンが始まっている事は分かっていた。
 お互い、すでに決まった内定や進路を今更蹴るわけにはいかないことは分かっていたからだ。
 毎日一緒にいた俺達が今更想いを伝え合った所で、きっともう手遅れだったのに。

 だって、体が離れてしまったら、俺達はきっと今までのようにはいかない……。そんな確信に似た、予感。


「翔ちゃん。東京に行っても、元気で……。仕事が落ち着いたら、遊びに行くからね」


 最後にそう言って笑ったあいつの顔を見たのは、半年ほど前のことだ。

 確信に似た予感に気付かないふりをして手を振ったのは、きっと俺だけではない。

 都会での新生活は目まぐるしくて、初めての事だらけの俺はやがて仕事や私生活に忙殺されていった。新しい仕事、新しい生活、慣れない一人暮らし。
 正直恋愛をする余裕なんてなくて、ユウキからの着信に出られないことも多々あった。最近ようやく落ち着いたけれど、忙しい俺に気を遣ったのだろう。初めは毎日だったユウキからの着信やメールは、気づけばすっかり頻度が下がっていた。

 間が空けば、あの確信に似た予感は更に強くなる。それと同時に、俺は今更都合よく連絡を取るのが怖くなった。
『相手は幼馴染みのユウキなんだから、大丈夫だろう』なんて甘えを言い訳に、俺はユウキのことを無意識に考えない日が増えていった。





「えっ、聞いてないの!? ユウキさ、結婚したらしいよ」


 共通の友人にそんな話を聞いたとき、俺は背筋が凍った。
 告白する前に諦めていたあの恋は、やはり両思いになった途端、泡となって消えてしまったのだと知る。


「けっ……結婚……? ユウキが?」
「うん。えっ、お前らあんなにベッタリだったのに、聞いてないの!? 授かり婚だってさー。翔李には恥ずかしくて言えなかったんかな? 可愛い顔してあいつもヤルなぁ! ……ーーどうした、翔李?」


 同郷の友人で同じく東京に就職した佐々木は、居酒屋で凍りついてしまった俺を心配そうに覗き込んだ。


「あ、ああ……。ちょっと驚いただけだ」


 俺は必死にそう言葉を捻り出して、動揺を誤魔化すように強い酒ばかりを煽った。
 佐々木と別れた後も一人で店をはしごして、その日はひたすら浴びるように酒を飲んだ。


「授かり婚って何だよ……俺がいるのに、女を抱いたってことか? ふざけんな……ふざけんなぁ……ユウキぃ」


 閉店に合わせて追い出されるように店を出た。駅に向かう途中で酔いが回って歩けなくなり、ついに俺は道路端に座り込んでしまう。

 夜の更けた秋の繁華街に吹く風は、僅かに下水の生臭さを含んでいる。ぬるく腐敗したその風に頬を撫でられながら、俺はぼんやりと星のない夜空を仰いだ。

 地元とは一ヶ月近くも季節がずれた大都会のすえた空気は、薄着でアスファルトに座り込んだ俺を生温かく包み込む。


「うっ……ううっ………」


 今思えば、俺はゲイだと言っただけで、俺もユウキが好きだとは伝えていなかった。
 ユウキに好きだとは言われても、じゃあ恋人として付き合おう……とはユウキも俺も言わなかった。
 ユウキは俺を好きだと言っただけで、自分もゲイだとは言わなかった。
 俺のカミングアウトに対して勇気を出して告白してくれたユウキに、俺はきちんと想いを返してやれていなかった。

 いや。
 初めて両想いになった事に浮かれ、俺はユウキに想いを返したつもりになっていた?
 ユウキと念願の恋人同士になって、遠距離恋愛をしている。
 半年間に渡ってそう思っていたのは、俺だけだったってことか?

 離れてしまったら、きっと壊れると薄々気づいていたこの関係。それでも、涙は俺の予想を遥かに超えてとめどなく溢れ出た。


「ちくしょう……ちくしょ……ううっっ」


 完全に酔いが回って、もはや俺は自力では立ち上がれない。いつもならふわふわと気持ち良く酔わせてくれるはずの酒は、辛い涙となって目からこぼれ落ちていった。


「うっ……おぇっ……ゲホッ……うぇっ……! うう……」


 不意にこみ上げた吐瀉物を、地面に這いつくばって下水溝に吐き出す。
 頭がガンガンと痛む。
 涙と鼻水と吐瀉物で、俺の体はもうぐしゃぐしゃだった。
 憎しみと悲しみと自己嫌悪で、心だってぐしゃぐしゃだ。

 やけくそになって、酒に溺れて、涙とゲロにまみれて。

 この大都会の片隅で、このまま野垂れ死にたいな……。

 何度目かの込み上げる涙で、視界が滲む。もう、涙を拭う気力もない。





 ーーーー俺の昨夜の記憶は、どうやらここで終わっているようだった。
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