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6)呪詛と寿命

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「俺の転生のくだりは分かったけど、この呪詛は一体誰が!? グリは人に恨まれるような人じゃなかったはずだ」 
「ふうむ……。これをお前さんに言うのはちと酷だね」
「何だよ、勿体ぶるなよっ」
「そうさな……。この呪詛をグリーシャにかけたのは、ある意味グリーシャ本人だ」
「は……!?」


 一体どういうことだろう? 恋人だった俺をわざわざこの世界に呼び戻しておいて、自分は呪詛で死ぬ……?
 俺にはグリの意図が全く分からない。


「まぁ落ち着きな。いいかい。本来転生っつーのは前の肉体が死んで、次の肉体に生まれ変わるタイミングで、何らかの方法で魂を術者のいる世界へ引っ張るんだ。これ自体が禁術……つまり、この世界ではそもそも禁忌とされている」


 サーヤは懐から葉巻のようなものを取り出して、火をつけながら言った。


「けどアンタの場合、どうやら前の生が完全に終わる前に引っ張られちまったんだろうね。前世の記憶はあるんだろ?」
「ある。俺の前世は人間で、こことは違う魔法なんて存在しない科学の進んだ国にいた」
「そこで何か、不自然な死に方をしそうにならなかったか?」
「……!!」


 驚いた顔の俺の顔に、サーヤが白煙を吐きかける。不思議と煙たさを感じないその葉巻の煙は、俺の鼻先でふわりと甘い香りを放つ。


「やはり、その摂理を曲げたんだな。そもそも、いくら高位の魔術師でも転生や召喚の魔法は容易ではない。実体を持たぬ精霊みたいなものならまだしも、摂理を曲げて生きた人間を転生させようと思ったら、術者の命を半分取られる位の魔力を要する。頼まれたからと言ってそれを簡単にやる馬鹿な魔道士など居ないだろうよ」
「じゃ、じゃあ俺を転生させたのは……」


 サーヤは俺に向かってハァ、と重たいため息をついた。


「グリーシャ本人だろうね。高位の魔道士ですら命半分。いくら魔法の得意なエルフでも、素人が禁術を使えば無事では済むまい。まして、そんな状態で瀕死のアンタに高位の治癒術を使ったって言うんなら、それで更に自分の命が削れているのも承知していたはすだ。この呪詛の紋様は『輪廻に見捨てられし者』という。……つまり、世界の理を曲げた者が死ぬ間際にかかる病のようなモノだ。このまま死ねばグリーシャの魂は転生の輪から外れ、未来永劫闇の中を彷徨う。アンタが言ってた紫毒苺は、元々寿命が近付いて弱っていたグリーシャにとどめを刺したに過ぎない。…………これで分かったかい? これはグリーシャが承知していた未来。彼が自ら招いたものだ」
「そんな…………っ!」


 葉巻を吸い終えたサーヤは、箒に手をかけながら椅子から立ち上がる。


「ちょっと待ってくれ!」
「……まだ何か? 大体お前さん、アスランの時の記憶は無いんだろう? 明日の朝までグリーシャに付き添ってこいつを看取ったら、可哀想だけどもうグリーシャの事は忘れな。この世界では黒猫は珍しい。アンタの賢さと容姿なら、次の飼い主には困らんだろうよ」
「忘れられるかよ!! 散々助けてもらった。……優しくしてもらった! 短い間だったけど、俺は……俺はグリーシャを愛している」


 俺はグリの眠る枕元に飛び降りると、すっかり白くなってしまったグリの頬に顔を擦り寄せた。グリの頬はほんのり温かくて、グリがまだ生きてこの世にいる事を俺に伝えた。


「愛してる、ねぇ……。じゃあアンタ、自分の寿命を半分グリにやれるかい?」
「えっ…………!?」


 サーヤは俺を試すような表情で見つめていたが、フッと表情を緩めた。


「俺の寿命の半分を、グリに……」
「やっぱり無……」
「そんな事が出来るのか……!!?」
「えっ……?」
「そんなの、やるに決まってる。この命はグリが繋いでくれたものだ。それでグリが助かるなら……俺はっ!!」


 サーヤは俺の真剣な表情に驚いた顔を見せた後、今度はクックック……と忍び笑いをした。


「アンタ、記憶がなくてもやっぱり中身はアスランなんだね」
「はあ……?」


 ひとしきり笑ったサーヤは、不意にキュッと頬を引き締め、真剣な顔をした。


「アンタは猫だ。その寿命は長くて十五年。その半分だから、グリーシャに分けられる寿命はせいぜい七年だ」
「分かった。今すぐグリが死ぬよりはずっといい」
「これは摂理を曲げる行為だ。次に死ぬ時はアンタもこの『輪廻に見捨てられし者』の呪詛に囚われて、魂が転生の輪から外れるかもしれない。それでもいいかい?」
「じゃあ俺は残り七年をかけて、この呪詛を解除し、グリがもっと長生き出来る方法を探す」
「…………そうかい。上等だ」


 サーヤはそう言うと、懐から青い石の付いたリング状のピアスを取り出した。


「これを付ければアンタは一時的に人間の姿になれる。今から私はアンタに魔法をかける。体液に生命力が流れ出る、本来ならば呪いの魔法だ」
「ああ。それで俺は、どうしたらいい?」
「体液に生命力が流れ出るんだ。唾液、涙や汗、そして性液だ。あとは男なら……簡単だろう? グリーシャを抱けばいい。試しに口付けをする時、唾液を流し入れてごらんよ。グリーシャはすぐに目を覚ます。因みにこの呪いは朝日を浴びると消えるから急げよ」


 そう言って、サーヤは胸元に付けたブローチに両手をかざす。長い呪文詠唱が始まると、俺の体は月の光のように淡く光り、ふわりと宙に浮いた。
 体が熱くて、心臓が締め付けられるように痛い…………。
 額に何か、紋様のものが浮かび上がる。それはジリジリと熱い。


「……………サーヤコル・リミラ・リーズレッドの名において、彼の者を呪う」


 詠唱を終えたサーヤが長い爪の先で俺の額の紋様に触れた途端、俺の体はベールのような黄色のもやに包まれた。
 続いて長い針を取り出したサーヤは、躊躇いなく俺の耳朶を針で貫く。


「いっ……、ッ」


 痛みに小さく声を上げた俺の耳に、サーヤは素早く先程のリングピアスを付けた。すると俺の体はスルスルと手足が伸びて、ものの十秒ほどで人間の形になる。


「いい男じゃないか。髪の色は違うが、生前のアスランに目の色がそっくりだ」


 サーヤはそう言って、俺の耳朶からこぼれた血液をペロリと舐める。


「生前のアスランを知っているのか!?」
「まぁね。……コレは謝礼として貰っておくよ。それじゃあね」


 サーヤは指先についた俺の血を丁寧に舐め取ってからそう言い残すと、箒に乗って夜の森へと飛び去った。俺は背後で青白い顔で眠るグリの側へ、意を決して歩み寄る。

 
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