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3)この世界と想い人*
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俺がグリと暮らし始めて、三ヶ月が経った。
三ヶ月経って分かったことがいくつかある。
やはり俺は黒猫に転生してしまったらしいこと。
ここは異世界らしいこと。
グリはエルフで、薬師の仕事をしながら森の中で一人で暮らしをしていること。
弓矢が上手で、治癒魔法が少し使えること。
時折近くの村から人が薬草を買い付けに商人がやってくるが、グリは基本的に人間が嫌いらしく、効能の説明と代金などの最低限の言葉しか交わさないこと。
そして、猫である俺が大好きらしいってことだ。
そして…………。
「ふ、んん……ぁ……っ」
夜な夜なコレが始まると、俺はいつも気を遣ってベッドの下へと移動する。グリの自慰行為を邪魔しないよう、居候の俺にできる精一杯の気遣いってやつだ。
「あ、あ……アスラン……っ、すき……っ」
グリはいつもベッドの上で、想い人らしい男の名を呼ぶ。薄い綿シャツごしに胸の尖りを撫でて、下着ごしに雄の証を自ら揉んだ。
「うっ、あ……ぁ、っ」
ギシリ、とベッドが軋む。グリの手が下着の中に滑り込み、熱を持つその部分を慰める。
アスラン。それはグリの想い人で、数年前に亡くなった恋人の名前らしかった。
「あっ、あ……アスラン……、んんっ」
グリの控えめな甘い声が寝室に響く。今のは自分が呼ばれた訳ではない。俺はそう理解して、床に寝そべって自らの両脚の間に顔を埋め、グリの声を無視した。
あるいは俺に『アスラ』と名付けた時点で、俺はアスランの身代わりだったのかもしれない。寂しいグリの、孤独を埋めるために。
俺だって、出来るならばグリを慰めてやりたい。
けれど、この猫の身ではグリを抱くどころか、口説く事すらできない。
グリが己の手で快楽の上限に達するのを、俺は今宵もベッドの下で黙って聞いていた。
◆◇◆◇◆◇
「アスラっ、森に行こう!」
「ニャー」
俺達の住む森はとても豊かだ。家を出て数分も歩けば、そこにはブルーベリーもどきや木苺っぽい木が沢山の実をつけていた。
籠を持ったグリがそう俺に呼びかければ、俺は慣れた足取りでぴょんぴょんと家具を伝い、グリの肩に跳び乗った。
あの日俺を襲った狼(グリはガルムと呼んでいた)はその後見かけることも無く、小鳥がさえずる木漏れ日の中をグリと歩くのはとても心地よかった。手際よく実を摘み取っては籠に入れていくグリは、時折思い出したように摘んだ実を俺の鼻先に差し出して、おやつとして与えてくれる。
「ニャーン」
どうも、と短く礼を言って、俺はそのたびに実をパクリと食べる。ついでにペロペロとグリの指先を舐めるのも忘れない。
「はは、くすぐったいよアスラ」
その嬉しそうな眩しい笑顔が堪らなくて、俺は何度だってグリの指を舐めて、その笑顔に見惚れた。たとえ猫としてだって、優しく美しいグリにこれだけ愛されるならば、それでも良いかな……。
そう思いながら、口の中の小さな甘酸っぱい実を咀嚼していたその時だ。
「痛……っ!?」
不意にそんな声を上げたグリが、慌てて手を引っ込めてその場で尻餅をついた。
「にゃ!? にゃー!??」
俺は慌ててグリの側に駆け寄ると、出血しているらしいグリの手を見た。
「大丈夫。ただのバラの棘だよ」
グリはそう言って、傷口を指で押さえて笑っている。押さえている指の隙間から僅かに血がこぼれ落ちて、グリの華奢な手首を伝った。
その血をペロリと舐めた俺は、心配そうにグリを覗き込んだ。
「…………っ。本当に……アスラは賢いね。さぁ、興が削がれてしまったし、今日は家に戻ろうか」
「にゃー……?」
「本当に、大丈夫だから」
グリはそう言って笑ったけれど、顔色は青ざめている。
グリは血が苦手なんだろうか……? なんとなく、いつもと様子が違う気がしたんだけど。
そんな俺の予想は的中した。
グリはその夜、高熱を出した。俺はグリの書庫の植物に関する本を片っ端から探して、見つけた記述に愕然とする。勿論俺はこちらの世界の文字なんて読めなかったが、グリが昼間棘を刺されたらしい植物のページはすぐに見つかった。丁寧な図解の横に添えられていた注意書きのような赤い文字は、恐らく警告文だ。
おそらく、この植物に毒がある……という意味の。
最初の二日ほどは、グリは自分で煎じたらしい薬草を飲んでいた。だが、三日も経つ頃にはグリは次第に起き上がって水を飲むこともなくなっていき、明らかに衰弱していった。
「アスラ……アス、ラ……っ」
「にゃあ……っ、にゃーっ!」
うわ言のように俺を呼ぶグリに、側に寄り添う俺の声はもはや聞こえていそうにない。すっかり青白くやつれてしまったグリは、五日目からはついに全く目を覚まさなくなってしまった。このまま放っておけば、グリはきっと死んでしまう。
正直こんな状態のグリを置いて家を出ることには、後ろ髪を引かれる想いだった。けれども、ここで行かなければ絶対に後悔するという確信が俺にはあった。
俺は開いていた小窓から森へと飛び出す。向かうのは、定期的にグリのところへ薬草を買い付けに来ていた商人の家だ。彼ならば俺のことを覚えているはず。俺が行けば、グリに何かあったのかと思い、家に来てくれるかもしれない。
願わくば、道中にガルムとやらに再び出くわさない事を祈る。
三ヶ月経って分かったことがいくつかある。
やはり俺は黒猫に転生してしまったらしいこと。
ここは異世界らしいこと。
グリはエルフで、薬師の仕事をしながら森の中で一人で暮らしをしていること。
弓矢が上手で、治癒魔法が少し使えること。
時折近くの村から人が薬草を買い付けに商人がやってくるが、グリは基本的に人間が嫌いらしく、効能の説明と代金などの最低限の言葉しか交わさないこと。
そして、猫である俺が大好きらしいってことだ。
そして…………。
「ふ、んん……ぁ……っ」
夜な夜なコレが始まると、俺はいつも気を遣ってベッドの下へと移動する。グリの自慰行為を邪魔しないよう、居候の俺にできる精一杯の気遣いってやつだ。
「あ、あ……アスラン……っ、すき……っ」
グリはいつもベッドの上で、想い人らしい男の名を呼ぶ。薄い綿シャツごしに胸の尖りを撫でて、下着ごしに雄の証を自ら揉んだ。
「うっ、あ……ぁ、っ」
ギシリ、とベッドが軋む。グリの手が下着の中に滑り込み、熱を持つその部分を慰める。
アスラン。それはグリの想い人で、数年前に亡くなった恋人の名前らしかった。
「あっ、あ……アスラン……、んんっ」
グリの控えめな甘い声が寝室に響く。今のは自分が呼ばれた訳ではない。俺はそう理解して、床に寝そべって自らの両脚の間に顔を埋め、グリの声を無視した。
あるいは俺に『アスラ』と名付けた時点で、俺はアスランの身代わりだったのかもしれない。寂しいグリの、孤独を埋めるために。
俺だって、出来るならばグリを慰めてやりたい。
けれど、この猫の身ではグリを抱くどころか、口説く事すらできない。
グリが己の手で快楽の上限に達するのを、俺は今宵もベッドの下で黙って聞いていた。
◆◇◆◇◆◇
「アスラっ、森に行こう!」
「ニャー」
俺達の住む森はとても豊かだ。家を出て数分も歩けば、そこにはブルーベリーもどきや木苺っぽい木が沢山の実をつけていた。
籠を持ったグリがそう俺に呼びかければ、俺は慣れた足取りでぴょんぴょんと家具を伝い、グリの肩に跳び乗った。
あの日俺を襲った狼(グリはガルムと呼んでいた)はその後見かけることも無く、小鳥がさえずる木漏れ日の中をグリと歩くのはとても心地よかった。手際よく実を摘み取っては籠に入れていくグリは、時折思い出したように摘んだ実を俺の鼻先に差し出して、おやつとして与えてくれる。
「ニャーン」
どうも、と短く礼を言って、俺はそのたびに実をパクリと食べる。ついでにペロペロとグリの指先を舐めるのも忘れない。
「はは、くすぐったいよアスラ」
その嬉しそうな眩しい笑顔が堪らなくて、俺は何度だってグリの指を舐めて、その笑顔に見惚れた。たとえ猫としてだって、優しく美しいグリにこれだけ愛されるならば、それでも良いかな……。
そう思いながら、口の中の小さな甘酸っぱい実を咀嚼していたその時だ。
「痛……っ!?」
不意にそんな声を上げたグリが、慌てて手を引っ込めてその場で尻餅をついた。
「にゃ!? にゃー!??」
俺は慌ててグリの側に駆け寄ると、出血しているらしいグリの手を見た。
「大丈夫。ただのバラの棘だよ」
グリはそう言って、傷口を指で押さえて笑っている。押さえている指の隙間から僅かに血がこぼれ落ちて、グリの華奢な手首を伝った。
その血をペロリと舐めた俺は、心配そうにグリを覗き込んだ。
「…………っ。本当に……アスラは賢いね。さぁ、興が削がれてしまったし、今日は家に戻ろうか」
「にゃー……?」
「本当に、大丈夫だから」
グリはそう言って笑ったけれど、顔色は青ざめている。
グリは血が苦手なんだろうか……? なんとなく、いつもと様子が違う気がしたんだけど。
そんな俺の予想は的中した。
グリはその夜、高熱を出した。俺はグリの書庫の植物に関する本を片っ端から探して、見つけた記述に愕然とする。勿論俺はこちらの世界の文字なんて読めなかったが、グリが昼間棘を刺されたらしい植物のページはすぐに見つかった。丁寧な図解の横に添えられていた注意書きのような赤い文字は、恐らく警告文だ。
おそらく、この植物に毒がある……という意味の。
最初の二日ほどは、グリは自分で煎じたらしい薬草を飲んでいた。だが、三日も経つ頃にはグリは次第に起き上がって水を飲むこともなくなっていき、明らかに衰弱していった。
「アスラ……アス、ラ……っ」
「にゃあ……っ、にゃーっ!」
うわ言のように俺を呼ぶグリに、側に寄り添う俺の声はもはや聞こえていそうにない。すっかり青白くやつれてしまったグリは、五日目からはついに全く目を覚まさなくなってしまった。このまま放っておけば、グリはきっと死んでしまう。
正直こんな状態のグリを置いて家を出ることには、後ろ髪を引かれる想いだった。けれども、ここで行かなければ絶対に後悔するという確信が俺にはあった。
俺は開いていた小窓から森へと飛び出す。向かうのは、定期的にグリのところへ薬草を買い付けに来ていた商人の家だ。彼ならば俺のことを覚えているはず。俺が行けば、グリに何かあったのかと思い、家に来てくれるかもしれない。
願わくば、道中にガルムとやらに再び出くわさない事を祈る。
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