【完】愛の名のもとに、我が身の半分を君に捧ぐ

唯月漣

文字の大きさ
上 下
3 / 8

3)この世界と想い人*

しおりを挟む
 俺がグリと暮らし始めて、三ヶ月が経った。
 三ヶ月経って分かったことがいくつかある。

 やはり俺は黒猫に転生してしまったらしいこと。
 ここは異世界らしいこと。
 グリはエルフで、薬師の仕事をしながら森の中で一人で暮らしをしていること。
 弓矢が上手で、治癒魔法が少し使えること。
 時折近くの村から人が薬草を買い付けに商人がやってくるが、グリは基本的に人間が嫌いらしく、効能の説明と代金などの最低限の言葉しか交わさないこと。
 そして、猫である俺が大好きらしいってことだ。

 そして…………。





「ふ、んん……ぁ……っ」


 夜な夜なコレが始まると、俺はいつも気を遣ってベッドの下へと移動する。グリの自慰行為を邪魔しないよう、居候の俺にできる精一杯の気遣いってやつだ。


「あ、あ……アスラン……っ、すき……っ」


 グリはいつもベッドの上で、想い人らしい男の名を呼ぶ。薄い綿シャツごしに胸の尖りを撫でて、下着ごしに雄の証を自ら揉んだ。


「うっ、あ……ぁ、っ」


 ギシリ、とベッドが軋む。グリの手が下着の中に滑り込み、熱を持つその部分を慰める。


 アスラン。それはグリの想い人で、数年前に亡くなった恋人の名前らしかった。


「あっ、あ……アスラン……、んんっ」


 グリの控えめな甘い声が寝室に響く。今のは自分が呼ばれた訳ではない。俺はそう理解して、床に寝そべって自らの両脚の間に顔を埋め、グリの声を無視した。
 あるいは俺に『アスラ』と名付けた時点で、俺はアスランの身代わりだったのかもしれない。寂しいグリの、孤独を埋めるために。

 俺だって、出来るならばグリを慰めてやりたい。
 けれど、この猫の身ではグリを抱くどころか、口説く事すらできない。

 グリが己の手で快楽の上限に達するのを、俺は今宵もベッドの下で黙って聞いていた。





◆◇◆◇◆◇





「アスラっ、森に行こう!」
「ニャー」


 俺達の住む森はとても豊かだ。家を出て数分も歩けば、そこにはブルーベリーもどきや木苺っぽい木が沢山の実をつけていた。
 籠を持ったグリがそう俺に呼びかければ、俺は慣れた足取りでぴょんぴょんと家具を伝い、グリの肩に跳び乗った。

 あの日俺を襲った狼(グリはガルムと呼んでいた)はその後見かけることも無く、小鳥がさえずる木漏れ日の中をグリと歩くのはとても心地よかった。手際よく実を摘み取っては籠に入れていくグリは、時折思い出したように摘んだ実を俺の鼻先に差し出して、おやつとして与えてくれる。


「ニャーン」


 どうも、と短く礼を言って、俺はそのたびに実をパクリと食べる。ついでにペロペロとグリの指先を舐めるのも忘れない。


「はは、くすぐったいよアスラ」


 その嬉しそうな眩しい笑顔が堪らなくて、俺は何度だってグリの指を舐めて、その笑顔に見惚れた。たとえ猫としてだって、優しく美しいグリにこれだけ愛されるならば、それでも良いかな……。

 そう思いながら、口の中の小さな甘酸っぱい実を咀嚼していたその時だ。


「痛……っ!?」


 不意にそんな声を上げたグリが、慌てて手を引っ込めてその場で尻餅をついた。


「にゃ!? にゃー!??」


 俺は慌ててグリの側に駆け寄ると、出血しているらしいグリの手を見た。


「大丈夫。ただのバラの棘だよ」


 グリはそう言って、傷口を指で押さえて笑っている。押さえている指の隙間から僅かに血がこぼれ落ちて、グリの華奢な手首を伝った。
 その血をペロリと舐めた俺は、心配そうにグリを覗き込んだ。


「…………っ。本当に……アスラは賢いね。さぁ、興が削がれてしまったし、今日は家に戻ろうか」
「にゃー……?」
「本当に、大丈夫だから」


 グリはそう言って笑ったけれど、顔色は青ざめている。
 グリは血が苦手なんだろうか……? なんとなく、いつもと様子が違う気がしたんだけど。





 そんな俺の予想は的中した。
 グリはその夜、高熱を出した。俺はグリの書庫の植物に関する本を片っ端から探して、見つけた記述に愕然とする。勿論俺はこちらの世界の文字なんて読めなかったが、グリが昼間棘を刺されたらしい植物のページはすぐに見つかった。丁寧な図解の横に添えられていた注意書きのような赤い文字は、恐らく警告文だ。
 おそらく、この植物に毒がある……という意味の。


 最初の二日ほどは、グリは自分で煎じたらしい薬草を飲んでいた。だが、三日も経つ頃にはグリは次第に起き上がって水を飲むこともなくなっていき、明らかに衰弱していった。


「アスラ……アス、ラ……っ」
「にゃあ……っ、にゃーっ!」


 うわ言のように俺を呼ぶグリに、側に寄り添う俺の声はもはや聞こえていそうにない。すっかり青白くやつれてしまったグリは、五日目からはついに全く目を覚まさなくなってしまった。このまま放っておけば、グリはきっと死んでしまう。

 正直こんな状態のグリを置いて家を出ることには、後ろ髪を引かれる想いだった。けれども、ここで行かなければ絶対に後悔するという確信が俺にはあった。

 俺は開いていた小窓から森へと飛び出す。向かうのは、定期的にグリのところへ薬草を買い付けに来ていた商人の家だ。彼ならば俺のことを覚えているはず。俺が行けば、グリに何かあったのかと思い、家に来てくれるかもしれない。


 願わくば、道中にガルムとやらに再び出くわさない事を祈る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

処理中です...