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1)野良猫は気ままなんかじゃない
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突然だけど、猫は好きか?
俺は大好きだ。週に一日しかない休日を保護猫のボランティア活動に捧げるくらい、猫という生き物を愛している。
ふわふわの毛並みに、可愛らしく尖った耳。吸い込まれそうなクリクリの瞳に、ぷにぷにの肉球。あの魅力的な容姿で、先祖はまさかの肉食獣というのだから、そのギャップがまた堪らない。
あの堪らなく愛らしい生き物にご飯をあげたり遊んであげたりするのは人生のご褒美だと思っているし、保護されたばかりの子に爪を立てられて流血しようが、シャーッと威嚇された挙げ句吐いたものの処理をさせられようが、全く苦じゃない。
仔猫なんて、それはもう心臓を鷲掴みにされるほど可愛くて。それこそ、目に入れても痛くない!!(はずはないけれど、どんなに痛くてもいい!)と思う。
そんな猫バカ……もとい、猫に魂レベルで惚れ込んでいる俺だから、次に生まれ変わるなら、自由気ままに生きる猫になりたい。
出来れば、長い尻尾のある黒猫がいいな……。むふふ。
「っあ! やっば!」
電車の中でいつものように猫動画を漁っていたら、バイト先の最寄り駅を乗り過ごしてしまった。
だって、推しの飼い主さんが今日に限って長めの激かわ動画を投稿していたんだ。ファンならば当然、すぐにでも見てしまうだろう?
次の駅で電車から降りた俺は、猛ダッシュで反対側のホームへ戻る。これに乗れても遅刻ギリギリ。乗り遅れたら完全に遅刻だ。
そんな慌てた気持ちでホームへの階段駆け上がっていたら、俺の見ていた景色が突如ぐるりと反転する。
駅の景色がスローモーションのように見える。驚く人、ゆっくりと迫る階段の角。バランスの崩れた己の四肢、脱げたスニーカーや、宙を舞うカバン。
倒れざまに階段の角に額を強かにぶつけた俺は、そのまま何度も階段に頭や背中、腰や顔面を打ち付けながら、階下まで真っ逆さまに転げ落ちる。
あ、ヤバイ。これは死んだかも。
真っ赤に染まる視界で、俺は瞬間的にそう思った。
◆◇◆◇◆◇
ーーーーーー痛い、痛い、痛いッ!
「ぐるる、ぐぐぅる、にゃァーッ!」
痛みで目が覚めた俺の第一声。それは聞き慣れた俺の声とは遠くかけ離れたものだった。けれど、今の俺はそれどころじゃない。
階段の角に強く打った額が痛すぎる。
誰か、救急車を呼んでくれ……! そう思って目を開けるのに、視界は相変わらず真っ赤に染まっていて前がよく見えない。
後頭部と額に腰、それに左足首と背中が凄く痛い。足首に関しては、折れているかもしれない。
俺は手探りであたりを探すと、大きな柔らかい葉を見つけて目を拭いた。それでようやくぼんやり見えてきた景色が、俺を更に混乱の渦に突き落とす。
「にゃ、……にゃーっ!?」
俺の視界に映ったのは、血まみれの葉っぱの向こう側。明らかに俺を獲物として狙う猛獣、狼だった。
正確に言うと、狼によく似た獣。だって、狼はディープブルーに光り輝く毛なんて生えないし、熊のように大型ではない。
一体、どういうことだろう……? 俺は確かに駅にいて、バイトに行くところで……それがなぜ、こんな事に?
恐怖を覚えた瞬間、ぞわりと背中や腰の産毛が逆立つような感覚があった。それは全身の毛を必死に逆立てる猫のような感覚で。
「シャーーーーッッッ!!!」
『あっちへ行けーーッ!!!』
そう叫んだつもりだったのに、俺の口から出たのは、シャーっという猫の威嚇のような声だ。
ーーーーああ、駄目だ。これは詰んだ。
スローモーションのように、狼の鋭い牙が俺の頭に食い込んだ。頭を咥えたまま狼が左右に激しく頭を振っている。俺は頭を支点に全身をぶんぶんと振り回されて、地面に全身を強打した。
普通、こんな短期間で二回も人生詰んだりする!?
元々階段から落ちて大怪我をしていたけれど、この痛みは階段から落ちる比じゃない。
打撲の強い衝撃と骨の軋み、頭皮や顔面に牙がめり込む生々しい痛みが俺を襲う。
「ゔにゃぁーっ、ゔにゃーァァッ……!!」
『助けてっ、誰か助けてッ!!』
ゴキッ……と、どこかの骨が砕ける嫌な音がする。
気管に穴が開いて、上手く呼吸が出来ない。
ブチブチと肉が千切れる音が、体の内側を通って鼓膜に響いた。
「グルルルッッッ」
狼の低い唸り声が、霞んだ俺の意識に語りかけた。
ああ、そうか。こいつ等は今、とても飢えている。何日かぶりの食事である俺を仕留め、これから血肉を食し、その栄養を糧に巣穴で待つ子供達に乳を与える。
きっと俺はもう助からないだろうけれど、俺の死は無駄にはならない。
あーあ。食われて死ぬならせめて猫科動物に襲われたかったな……。
脳内で、猫バカ過ぎる自分のそんなつぶやきが聞こえた。
俺の声帯はとっくにぐちゃぐちゃに喰い潰されて、もう声を発することはできない。
どうせ食うなら、せめてとどめを刺してくれたらいいのに……。
痛いよ、痛い。すごく、痛い…………。
俺はまだ、生きてるのに…………。
苦しい……。息が出来ない。
もう、何も見えない。
そこまで来て、俺はようやく意識を失うことに成功した。
俺は大好きだ。週に一日しかない休日を保護猫のボランティア活動に捧げるくらい、猫という生き物を愛している。
ふわふわの毛並みに、可愛らしく尖った耳。吸い込まれそうなクリクリの瞳に、ぷにぷにの肉球。あの魅力的な容姿で、先祖はまさかの肉食獣というのだから、そのギャップがまた堪らない。
あの堪らなく愛らしい生き物にご飯をあげたり遊んであげたりするのは人生のご褒美だと思っているし、保護されたばかりの子に爪を立てられて流血しようが、シャーッと威嚇された挙げ句吐いたものの処理をさせられようが、全く苦じゃない。
仔猫なんて、それはもう心臓を鷲掴みにされるほど可愛くて。それこそ、目に入れても痛くない!!(はずはないけれど、どんなに痛くてもいい!)と思う。
そんな猫バカ……もとい、猫に魂レベルで惚れ込んでいる俺だから、次に生まれ変わるなら、自由気ままに生きる猫になりたい。
出来れば、長い尻尾のある黒猫がいいな……。むふふ。
「っあ! やっば!」
電車の中でいつものように猫動画を漁っていたら、バイト先の最寄り駅を乗り過ごしてしまった。
だって、推しの飼い主さんが今日に限って長めの激かわ動画を投稿していたんだ。ファンならば当然、すぐにでも見てしまうだろう?
次の駅で電車から降りた俺は、猛ダッシュで反対側のホームへ戻る。これに乗れても遅刻ギリギリ。乗り遅れたら完全に遅刻だ。
そんな慌てた気持ちでホームへの階段駆け上がっていたら、俺の見ていた景色が突如ぐるりと反転する。
駅の景色がスローモーションのように見える。驚く人、ゆっくりと迫る階段の角。バランスの崩れた己の四肢、脱げたスニーカーや、宙を舞うカバン。
倒れざまに階段の角に額を強かにぶつけた俺は、そのまま何度も階段に頭や背中、腰や顔面を打ち付けながら、階下まで真っ逆さまに転げ落ちる。
あ、ヤバイ。これは死んだかも。
真っ赤に染まる視界で、俺は瞬間的にそう思った。
◆◇◆◇◆◇
ーーーーーー痛い、痛い、痛いッ!
「ぐるる、ぐぐぅる、にゃァーッ!」
痛みで目が覚めた俺の第一声。それは聞き慣れた俺の声とは遠くかけ離れたものだった。けれど、今の俺はそれどころじゃない。
階段の角に強く打った額が痛すぎる。
誰か、救急車を呼んでくれ……! そう思って目を開けるのに、視界は相変わらず真っ赤に染まっていて前がよく見えない。
後頭部と額に腰、それに左足首と背中が凄く痛い。足首に関しては、折れているかもしれない。
俺は手探りであたりを探すと、大きな柔らかい葉を見つけて目を拭いた。それでようやくぼんやり見えてきた景色が、俺を更に混乱の渦に突き落とす。
「にゃ、……にゃーっ!?」
俺の視界に映ったのは、血まみれの葉っぱの向こう側。明らかに俺を獲物として狙う猛獣、狼だった。
正確に言うと、狼によく似た獣。だって、狼はディープブルーに光り輝く毛なんて生えないし、熊のように大型ではない。
一体、どういうことだろう……? 俺は確かに駅にいて、バイトに行くところで……それがなぜ、こんな事に?
恐怖を覚えた瞬間、ぞわりと背中や腰の産毛が逆立つような感覚があった。それは全身の毛を必死に逆立てる猫のような感覚で。
「シャーーーーッッッ!!!」
『あっちへ行けーーッ!!!』
そう叫んだつもりだったのに、俺の口から出たのは、シャーっという猫の威嚇のような声だ。
ーーーーああ、駄目だ。これは詰んだ。
スローモーションのように、狼の鋭い牙が俺の頭に食い込んだ。頭を咥えたまま狼が左右に激しく頭を振っている。俺は頭を支点に全身をぶんぶんと振り回されて、地面に全身を強打した。
普通、こんな短期間で二回も人生詰んだりする!?
元々階段から落ちて大怪我をしていたけれど、この痛みは階段から落ちる比じゃない。
打撲の強い衝撃と骨の軋み、頭皮や顔面に牙がめり込む生々しい痛みが俺を襲う。
「ゔにゃぁーっ、ゔにゃーァァッ……!!」
『助けてっ、誰か助けてッ!!』
ゴキッ……と、どこかの骨が砕ける嫌な音がする。
気管に穴が開いて、上手く呼吸が出来ない。
ブチブチと肉が千切れる音が、体の内側を通って鼓膜に響いた。
「グルルルッッッ」
狼の低い唸り声が、霞んだ俺の意識に語りかけた。
ああ、そうか。こいつ等は今、とても飢えている。何日かぶりの食事である俺を仕留め、これから血肉を食し、その栄養を糧に巣穴で待つ子供達に乳を与える。
きっと俺はもう助からないだろうけれど、俺の死は無駄にはならない。
あーあ。食われて死ぬならせめて猫科動物に襲われたかったな……。
脳内で、猫バカ過ぎる自分のそんなつぶやきが聞こえた。
俺の声帯はとっくにぐちゃぐちゃに喰い潰されて、もう声を発することはできない。
どうせ食うなら、せめてとどめを刺してくれたらいいのに……。
痛いよ、痛い。すごく、痛い…………。
俺はまだ、生きてるのに…………。
苦しい……。息が出来ない。
もう、何も見えない。
そこまで来て、俺はようやく意識を失うことに成功した。
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