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3.5章 二人の罪を覆う暗い影

【ヘルSIDE】新たな災厄は『牛草』を狙って

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 「お、お掃除やっと終わった。魂に刻まれた記憶の整理もお終い。残りの残りの仕事は500個ぐらいかなぁ……鬱」

 誰も居ない冥界で一人淡々と仕事をこなす。
 ここに有るのは物言わぬむくろの群れ。
 そのむくろは生前の記憶を保存する事しかできない魂の棺。

 『お願いヘル。お母さんはもう死んじゃうけど、私を殺したあの人を……私の大好きなロキを見守ってあげて』
 『もちろんヘルもロキお母様のラグナロク神々の戦争に参加するだろ?』
 『貴方はこれから冥界の管理者となり、そこで働くことで自分の罪を清算してください。貴方はロキに従わされている立場であると判断して厳罰したんです、首輪もつけていません。くれぐれも裏切るなんて面倒くさい事しないでください。その時は本気で貴方を仕留める羽目になるので』

 「お母さんも、フェンリルお姉ちゃんも、アルゴスも、皆我儘な事ばっかり」

 押し付けられたタスクだけをこなす。
 愚痴を言うなんて失礼な事許されない事しちゃったけど、死んじゃったお母さんの事は大大大好きだし、フェンリルお姉ちゃんはガサツだけど強いし頼りになるからつい甘えちゃうぐらい好きだし、アルゴスは……ちょっと怖いけど罪を軽くしてくれた事は結構感謝してる。
 
 そんな皆のお願い事が私の人生を埋めてくれるなら幸せだと思ってた。

 でも今は、お母さんの遺言もフェンリルお姉ちゃんの期待もアルゴスから与えられた仕事も全部やりたくないと思ってる。
 無くしている災厄としての力を取り戻して皆に私の強さを分からせたいなんて恥ずかしい事も考えてたりする。
 今まで自分の意思で生活してこなかった分、周りを気にせず大暴れしたいといつも考えている。

 「え、あれ……何だろう?幽霊に変貌してる魂が凄い速度で走ってる」

 それでも私は与えられたタスクを無視できない。
 自分のやりたい事を押し通す勇気がない。
 
 我儘悪い子になったら誰かに殺されてしまう……そんな想像をしてしまうから。
 災厄悪い子だった時の私を世界が否定していた事を思い出してしまうから。

 私の浅ましくて、ずるくて、悪い本音を誰も許しはしないから。

 トトトトと音を立てて走る。
 明らかにおかしい挙動をしている幽霊を追いかけていると、目の前の何もない空間がグニャリと歪み始めた。

 「裏拍手、開門」

 芋虫に食いちぎられたような穴が目の前の空間に現れる。
 そこに映っていたのは現世、さっきの声を出したであろう人間の男が立っている。
 私が追っていた幽霊はその男の背中をめがけ、現世に降り立とうとしていた。

 「あ、だめ!」

 とにかくあの幽霊を現世に出しちゃいけない。
 そう思った私は内心焦りながらも自分の力を使って幽霊を無理やり引き寄せた。
 そして、同時に事故を起してしまった。

 「な、ありゃ?」
 「あ、ちょっとー」

 幽霊を冥界に引っ張る力につられて、生きている男を体ごと冥界に落としてしまったのだ。

 「やっちゃった……どうしようどうしよう。え、ええっと君、大丈夫?」

 目の前の人間に話かけてみるけど反応が無い。
 まずい、まずいよ。
 生きてる人間を冥界に落としたなんてアルゴスに知られたら……私殺されちゃう。
 当の人間はぼーっと私の顔を見つめるだけだし。
 と言うか目も開いてるかどうかいまいちよくわかんないし……糸目なの?それとも意識が無くなって目閉じてるの?

 「へぇ……これはなんとまぁ」
 「うわぁぁ!!!喋った!!!」

 久しぶりに大きな声を出したから喉が痛い。
 2,3回ぐらい変な咳が出てしまう。
 相手が人間とは言え失礼な事悪い事しちゃった……もしかしてこの後怒鳴られたりするのかな。

 「地獄の閻魔様ってこんなにべっぴんさんなんやなぁ。背中から羽生やしてて天使見たいやし、なんか動きがチワワみたいでカワイイわ」
 「へ……えぇぇ!!」

 何なの……この人間。

 ◇

 「えへへ……これがココロとの馴れ初めなんだよお姉ちゃん。お姉ちゃん昔よく言ってたよね。『ヘルはビビリだからやりたい事が出来ないんだぞー』って。ヘヘ、今でも怖がりなのは変わってないけど……ココロと一緒だと不安が晴れていくんだ」

 誰も居ない冥界で一人、私は晴れ晴れとした気持ちで口を動かしている。
 ここに有るのは物言わぬ2体のむくろ
 そのむくろは私にとって数少ない大切な存在だったフェンリルお姉ちゃんとアルゴスの成れの果て。

 『###その体は本当に#######の物で、##町で生#####すべては牛草##の物だっ#####』
 『作戦を変更する######。##牛草##を処刑#、その後#####・####の身柄を#####』

 「わ、私ね、二人が死んだ事すっごく悲しいの。魂がこんなに損傷するなんておかしいし、二人をこんなにした人を許せないとも思ってる……でも、でも、ごめんね。『二人の為に復讐する私』の姿がすっごく素敵に感じちゃうの。今まで誰かの操り人形だった私が、自分の意思で人生を切り開く為のいいスタートになりそうって思っちゃうんだ」

 二人のむくろの前で私は意味のない謝罪を繰り返す。
 今の言葉は物凄く我儘で、どうしようもなく私の本性で、明るい未来の展望と悪い私を誰かが咎める怖い想像と世界に否定された思い出が一気に押し寄せてくる。
 こんな時に、私の悪を肯定してくれる言葉が欲しくてたまらない。

 「ええやないか、生きるって事は誰かに迷惑をかける誰かにとっての悪になる事や。ヘルちゃんは今まで二人の言う事聞いてたんやから、二人の為の復讐を盾に暴れても文句は言われへんよ」
 「ココロ!!」
 「ただいま。ヘルちゃんの為に活きの良い魂ぎょうさん連れてきたで」

 後を振り向く。
 そこには私の欲しい言葉をいつも呟いてくれる大事な人が『生きている人間の魂』を持って立っていた。

 「ヘルちゃんの力を取り戻すためには生きた人間の魂がまだいるんやろ?沢山食べるとええで」
 「うん。ありがとう」

 ココロから受け取った魂を口に含んで砕く。
 ああ、今私とても悪い事をしてる。

 こんな事しちゃ駄目なのに……生きている魂を心で砕くたびに湧き上がってくる力に身を任せるのがとても心地いい。

 「お姉さん達の魂はまだ治りそうにないんか?」
 「うん。あ、あの本当はね、この魂に生前の記憶が保存されているはずなんだけど、二人の死に関する記憶がボロボロになってて見れないの。今の私に分かるのは、二人の死に『牛草』って名前の人間が関係してることだけで」
 「そっか~。それなら、その牛草って奴を捜して二人の復讐を果たすためにも早くヘルちゃんの力を取り戻さんとな」
 
 ココロは私の我儘を肯定してくれる。
 二人の復讐なんて大義名分を掲げて好き勝手する私の悪逆を、ココロの美学言葉は自然の摂理の様に扱ってくれる。

 「そ、そうだよね。私の考えは浅ましくてずるくて悪い事だけど、そう考えちゃうのは仕方のない事だよね」
 「ああ、人間も神様も閻魔様も、この世界に生きてる限り皆が誰かの悪人なんや。そんな中で善人面したってしんどくて損するだけや。法律や国家権力に逆らえる力があるなら自分のやりたい事なんでも押し通したらええ」
 「うん、うん、そうだよね。やっぱりそう思うよね」

 ココロの言葉に甘えながら生きた魂を食べる。
 気づけばあんなに沢山持って来てくれた生きた魂は残り一体になっていた。

 『一ノ瀬……あんたこんな女と付き合ってたの?!それに生きた人間を死後の世界に送るなんて狂ってるわよ。何が生きてる限り皆悪人よ、ふざけないで!!』
 「……君をここに連れて来てくれた幽霊に聞いたで、昔は気の弱い子ぎょうさんいじめてたみたいやな」
 『いきなり何の話よ!』
 「いじめが立派な悪なのに無くならんのは、学校も警察も中々動かんし親も役に立たんで誰にも邪魔されん環境が作られやすいからや。君は僕やヘルちゃんを狂ってるとけなしたけど本質的には同じ悪人やで。誰にも邪魔されんかったら平気で他人を蹴落して悦に浸るクズや」

 怒りの感情で力が増したのか、人の形を取り戻したその魂はひどく歪んだ顔をして私達を睨みつけていた。
 ココロの理論は誰よりも平等で罪悪感を無くしてくれる物なのにどうして彼女は受け入れられないんだろう。

 『そんな理論知らないわよ!!昔の話なんか知らない、私には今やりたいこともあって、生活もあるんだから邪魔しないで』
 「おっと逃がさへんで。裏拍手、傀儡かいらい

 ココロは両手の甲を打ち合わせて超能力を発動させる。
 幽霊に限りなく近い生きた魂である彼女は、これでもうココロから逃げることは出来ない。

 『いや……』
 「ご、ごめんなさい。でも仕方がないの、ごめんね。その代わり、貴方の魂はちゃんと私の力として使ってあげるから」

 怯える彼女を掴む。
 ああ、こんな酷い台詞がスラスラと言えるなんて……私は腐ってもお父様の、悪神ロキの娘なんだなって変な自覚を持ってしまう。
 
 『誰か、誰か助けてよ!!』
 「あ、暴れないで。出来るだけ痛くしない様にー」
 「助かりたいならこの手を掴むのです!!」

 突如、この冥界でありえない叫び声が響く。
 ここで今言葉を放てるのは私とココロとこの魂だけのはず……彼女を助ける存在は居ないはず。

 ビュンとテクノチックな音がなって、強い突風が吹き荒れる。
 その一瞬の間に、私が掴んでいたはずの魂はどこかへ消えてしまった。

 「良いですか、あの方向へ走って逃げるのです。そうすれば貴方は『貴方の夢の世界』に戻れるのですよ」

 また、ありえないはずの言葉が聞えてくる。
 音がした方向へ視線を向けると、小学生ぐらいの背丈をした女の子が生きている魂を逃がしている様子が確認できた。
 自力では冥界から逃げ出せないはずのその魂は修道服を着た女の子が指し示す方向へ走り、そして何かを経由して冥界から逃げ去ってしまった。

 「空っぽの夢の世界を調査していたら死後の世界にたどり着いてしまうなんて、初めての経験だったのですよ」

 長年冥界を管理していた私はその少女を一目見ただけで分かってしまった。
 彼女は死んでいない、かと言ってココロの様に死後の世界に干渉出来る力を持っている訳じゃ無い。

 「正直今めちゃくちゃ怖いのですけれど、それでも一般人を犠牲にしている現場に居合わせてしまった以上、見てみるふりをすることは出来ないのです」

 彼女は夢を見ている。
 彼女の中にある夢の世界がこの冥界を侵食している。

 「お嬢ちゃん、只ものじゃないな。一体何者や」
 「私は超能力組織『シンガン』のリーダー、月光氷雨げっこうひさめ。あなた達の未来の為に、これ以上あなた達に利用される犠牲者が出ない様に、あなた達の幸せな現状を壊す者なのです」

 彼女が右手に持っている十字架を模したハンマーも、彼女の後ろに立っている悪魔も、全部全部夢の中で彼女が再現した物。
 ここが冥界だから私達は今こうやってあの子と対峙出来ているけど、これが夢の世界だったら私達は今頃何も出来ずにやられてた。

 「夢の世界じゃないからいつもの様にとはいかないのですね」
 「興味本位で聞くけど、いつも通りならどうなってたんや?」
 「貴方の超能力を封じる事ぐらいは出来たのですよ。羽が四枚……そこの神様に通じるかは未知数なのですけど」
 「そりゃぁ良かった。僕が木偶の坊にならんですむ……ヘルちゃん後ろ下がっとき」

 ココロは私に向かってそう言うと、もう一度両手の甲を打ち合わせる。
 氷雨と名乗った少女が夢の中で再現した悪魔が動き始めたのはそれとちょうど同じタイミングだった。

 「裏拍手、融合」
 「クロノ、力借りるのですよ」

 悪魔のかき爪が轟音を立ててココロを襲う。
 土煙が舞い、抉られた地面の一部が周囲に散らばっていく。

 「流石はヘルちゃんのお姉さんや、あんな攻撃受けて怪我一つないで」

 だけど、晴れた視界の先で立っていたのは氷の壁で悪魔の爪を抑えるココロの姿だった。
 ココロの使う超能力は死者の手招きを意味する呪い『裏拍手』を再現、改良する力……私の権能とちょっと似てる。

 そんな中でも『裏拍手、融合』は特別中の特別。
 ボロボロになっていたフェンリルお姉ちゃんとアルゴスの魂を青い炎に変換してココロの身体に融合させることで二人の権能の一部を再現する能力だ。

 私にとって大切な人だった二人の魂が今大切な人を守ってる。
 なんてロマンチックな光景なんだろう。

 「次は後やな」
 「ッー」

 瞬間移動を繰り返して十字架のハンマーを振り回す彼女の動きはアルゴスの目の力で簡単に追える。
 彼女が再現している悪魔も攻防一体のフェンリルお姉さまの氷で簡単に対処できる。

 「お嬢ちゃんさっきから顔色悪いで」
 「……ちょっと嫌な事思い出しただけなのですよ」
 「そっか。まぁ大層な目的掲げてるみたいやし、苦労も絶えんやろう」

 そんな二人の攻防もすぐに終わると思う。
 ココロの動きが良くなってる、きっとアルゴスの目があの瞬間移動を見切ったんだ。

 「せやけどなぁ、誰もそんなの求めてないんや」

 ココロの手が修道服を来た女の子の身体を捉える。
 寸分たがわずにココロの手のひらで作られた氷の槍がそのまま彼女を突き飛ばす。

 「復讐したい人間に人殺しはダメって言うぐらいお節介な事を自分がしてるって気づきやお嬢ちゃん。僕達は力があってやりたいことがある、君の偽善も世界のルールも等しく無力で邪魔なだけや」
 「……あ~あ、嫌になるのですね。人知を超えた存在を相手にするのは」

 あの攻撃を受けたのにまだ喋れるとか……夢の世界だと結構タフなのかな?
 と言うかここは私の冥界なんだけど。

 「確かに私のしている事は偽善なのです。そして、正義を謳っている私達が必ず勝てるわけじゃ無いって事も少し前に経験したのです」

 ぐらりと体を揺らしながら彼女が立ち上がる。
 
 「し、しぶとい。もうココロには勝てないって分かりましたよね。わ、私も今は力を失ってますけど戦えない訳じゃ無いです。い、いい加減諦めてください」
 「確かに私と貴方達との間には結構な力の差があるのです……それでも、あの時感じたほどの絶望感はまだないのですよ」

 もうとっくの前にボロボロな体を伸ばして彼女は私達を見つめる。
 その瞳に映ってる感情の渦が小学生の見た目と余りに離れすぎてちょっとした気持ち悪さを感じてしまう。

 しかもそれだけじゃない、彼女の周囲の空間が何だか禍々しい。
 元々冥界は薄暗くて禍々しい世界なんだけど、それを凌駕するような深淵が彼女の周囲彼女の夢に張り付いている。
 本能がそれを理解することを拒否する、踏み込んではいけないと体が警告してくる。
 私もココロも一瞬動きを止めてしまって彼女に釘付けだった。

 「私が正しいと思っている理想は出会い頭に否定され、私の後悔の記憶は消えず、たった一度の敗北が何度も心を抉ってくるのです。それでも私は思い通りに動かないこの小さな体で走り続けるのです。いつか自分を許す為に、私と同じ思いをする人を増やさない為に」

 冥界を侵食していた彼女の夢がバラバラと音を立てて崩れていく。
 彼女の右手から銀色の触手が生え、彼女の体を次々と串刺しにしていく。

 「その道の先で圧倒的な力に押しつぶされてトラウマを植え付けられようとも、私はそのトラウマを踏み潰して前に進む。心の傷さえ利用して、私は自分の偽善正義を押し通すのです」

 彼女が右手を突き出した時、ハッとした私達は二人揃って驚愕の声を出した。
 彼女の右腕で膨張している黒いノイズが混じった白い光を、私達は死んだアルゴスの魂に残っていた記憶で見た事がある。
 それは復讐対象である『牛草』と言う名前の男がアルゴスを殺すときに使っていた光と全く同じものだった。

 「深層心理より夢の世界へトラウマ02を呼び覚ますのです。これは他人の心を読み解き、その心を踏みにじる堕天使の閃光」
 「あかん。ヘルちゃんは僕の背中に!!」

 ココロはとっさに私を庇って氷の防御壁を何十と展開する。
 しかし、数秒後に放たれた光は私達をあざ笑う様に壁を破壊し続ける。

 え、このままだと私達負けちゃう?
 せっかく私の悪い所を肯定してくれる人が出来て、フェンリルお姉さまとアルゴスの為に『牛草』って人間に復讐するって大義名分を得て、これから私の人生が始まるって時に?
 
 嫌だ、嫌だ、ここで終わりたくない。
 今の私じゃあの光を相殺する力は出せないけど、冥界の魂を操る力位なら残ってるはずでしょ。
 ココロが守ってくれている今の内に、冥界の情報とリンクして探すんだ。
 彼女の冥界から追い出す方法を、彼女を夢の世界に戻す方法を。

 死んだ神の魂はちょっとしんどい。
 特殊な力を持った人間に絞って……これじゃない、これじゃない、これじゃない。
 
 頭をフル回転させて冥界の情報を探っていく。
 情報の洪水が起こる中、私の意識に一人の人間の名前が引っかかる。

 『月光竜げっこうりゅう。歌声で相手を夢の世界へいざなう超能力を持つ』

 「こ、これだ」

 あの女の子と同じ苗字だからと思って情報を見てみればビンゴ。
 この魂を使えば、あの子の夢の世界と冥界を引きはがせるかもしれない。

 「冥界の管理者である私が命令します。魂に偽りの肉体を纏い、宿っている力を開放して!!」

 今私が使えるありったけの力を開放したのと氷の防壁が壊れたのは同時だった。
 冥界の泥で出来た体を纏った月光竜の魂はノイズ交じりの光を受け止めながら大音量の歌声を放つ。
 
 「え……あれ、竜くん」

 その歌声の効果だろうか。
 修道服を着た少女の顔が歪み、彼女の夢の世界と冥界との境界線がぼんやりと浮かび上がる。
 境界線は私達と離れ、結果として私達と少女との距離も遠くなっていく。

 「待って!!貴方に謝りたいことが沢山有るのです。私はここにー」

 彼女の言葉と行先を無くしたノイズ交じりの光の爆発音が耳をつんざく。
 その音を最後に月光氷雨と名乗った少女は冥界から居なくなっていた。

 「い、生きてる……あ、ココロは、ココロは大丈夫なの」
 「ああ、何とか無事やで。ヘルちゃんがおらんかったら危なかったで」

 元の姿に戻っているボロボロのココロは地面に転がりながらはにかんでいた。
 
 「良かった……あ、でもどうしよう。もう一回あの子が来ちゃったら、まだ私の力全然戻ってないし……」
 「……なぁヘルちゃん。一つ質問やけど、生きてる人間を取り込むの現世でやっても大丈夫なんか?」
 「え?多分問題ないと思うよ」
 「良し。それなら僕と一緒に現世で暮らさへんか?」
 「へ……えぇぇ!!」
 「ほら、いつあの子が来るか分からんここより現世の方が安全そうやろ?」

 いや、確かにそれはそう。
 でも、あんまりにいきなりすぎて。

 「それに『牛草』って奴に復讐するなら現世で情報集めするしかないし、効率も良くなると思うで」
 「で、でも……それだとココロに迷惑かかるんじゃ」
 「僕は気にせんよ。どんと迷惑かければ良い、ヘルちゃんの好きなようにやって良いんや」

 彼はそう言って手を伸ばす。
 そうだ、自由に生きたいって言ってたくせにここで怖がっちゃうのは違うよね。

 「そ、それなら……ココロに面倒見てもらおうかな……なんて」
 「ああ、任せとき」

 私はそう言ってココロの手を取った。
 ここから始まるのは私主導の人生最初の目標としてフェンリルお姉ちゃんとアルゴスの死に関った『牛草』と言う人間に復讐する大義名分を押し通す、最悪で我儘で心が躍る私の物語だ。
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