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3.5章 二人の罪を覆う暗い影
【雄二SIDE】シンガンは新たな災厄と出会って
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「お疲れ様だね、雄二君」
コトリと音を立てながら机に置かれる白い紙コップ。
そこにはもくもくと煙を立てている黒いコーヒーが入っていた。
「私からのおごりだよ」
「琴音がおごってくれるなんて珍しいな。明日は雨か?」
「珍しいだろう?感謝して味わってくれたまえよ」
このコーヒー……ホテルに隣接されてるカフェから買ってきたやつだな。
この辺に住んでる女の子達から人気って記事を見てマークしてたんだよなぁ。
「君がまたナンパ吹っ掛けない様に監視してろって氷雨君に言われてしまってね。就寝時間までこの談話室で話でもしようと思った限りさ」
「氷雨の奴、余計な事を」
「あれでも君を心配してるんだよ。特に今回は何度も北海道と沖縄を瞬間移動で往復する羽目になったんだ、疲れもそれなりに溜まってるだろう?」
机に置いてあった角砂糖をボトボトとコーヒーに入れながら琴音は俺を見つめる。
今のあいつの目は…いつも見せる研究者としての目じゃない。
あいつにしては珍しい優しげな目だ。
「そこまで心配かけるような事してたっけな」
「気さくに笑えば誤魔化せると思っているなら大間違いだ。君、ファナエル・ユピテルの一件から何かと無茶してるだろう。私としてはデータが取れて嬉しいばかりだけど、るる君と氷雨君は心配そうにしているよ」
彼女の口から出た『ファナエル・ユピテル』という言葉が耳に入り、心臓がドクンと跳ねる。
『見ての通り……醜い羽なしの堕天使だよ』
忘れるはずもない、俺達シンガンが初めて失敗したあの一件。
琴音が使役していた悪魔も、俺の瞬間移動も、るるの魔眼も、夢の世界で戦った氷雨でさえも手も足も出なかった。
そんな相手がこの世の中には存在するんだと、自分達の弱さを知らしめられた。
『雄二。私やりたい事が出来たのです。誰にも私と同じ思いをしない為に……それから、私がこれ以上大好きだった竜くんを嫌いになってしまわない為に出来る事が見つかったのです』
それでも、俺は氷雨の為に全てを出し切る義務があるからな。
あの時は何もしてやれなかったけど、今度こそはー
「ああ、様子を見て休みを多くとっておくさ」
「……まぁ、頭の片隅にでも置いてくれれば及第点だ」
琴音は納得のいかない顔でそう言うと、角砂糖が混ざり切っていないホットコーヒーをガバっと一気に飲み込んだ。
「無茶と言えば、お前の方は大丈夫なのか?主にクロノについての事だが」
ファナエル・ユピテルの一件の後、変わったのは俺だけじゃない。
あの一件で神より授かったという悪魔を殺された琴音は今、旅の途中で見つけた別の悪魔を使役している。
問題は、神から授かった訳でもない悪魔をただの人間である琴音が使役するには何かを代償に契約を行う必要がある事だ。
琴音がその悪魔と行った契約の内容はー
『なんだぁ。ま~だこのクロノ・シャイターン様の事が信頼できないってか?!』
琴音の肉体を共有する事と食事の際に体の主導権をクロノに引き渡す事の2点。
『俺はお前等の事が大好きなんだぞ!!愛に狂ってしまう超能力者達を説得して、人知らず世界を守ってる。ヒーローみたいで素敵じゃね~の。俺は人間が無謀にも世界をより良くしてく様が大好きでお前等みたいな奴の味方ポジションになりたいんだ。なのにど~していつも警戒されるんだよぉ?』
「お前はまず行儀を学べ。見ててこっちが恥ずかしいんだよ」
口の周りにはさっき飲みほしたコーヒーがベタベタ。
机と琴音の服にもだいぶ飛び散ってる。
こんな悪魔と体を共有している琴音は心配でならない。
「まぁまぁ。こんな代償で済んでるだけクロノは優良物件だ。やんちゃな部分は多めに見てやってくれ」
『そうだそうだ!!コトネは俺と契約してるだけあって理解が深い!』
「お前らがそれで納得してるなら良いけど」
はぁとため息をついてコーヒーを飲む。
なんかドッと疲れたな、まだ22時だけど今日は早めに寝てしまおうか。
そんなゆったりとした俺の思考は鳴り響くスマホの着信音と共に引き裂かれた。
画面に映っていた着信者は今ホテルの部屋で寝ている氷雨を見守っているはずのるる。
ヒタリと垂れる冷たい汗が心の中の嫌な予感を増幅させた。
「どうした?」
『ボスの様子がおかしい。異常事態だ』
緊迫しきった彼女の声が事の重大さを物語っている。
「分かった。すぐ行く!!」
俺は下品にお菓子を食い散らかしているクロノの腕をぎゅっと掴んで自分に宿る超能力、瞬間移動を行使した。
ビュンと音がなり、パッと視界が様変わりする。
目と鼻の先には顔を青くして大量の汗を拭きだしている氷雨の姿があった。
「流石♰テレポータ♰、早く来てくれて助かった」
「ああ、それより現状は?」
「ボスがさっきいきなり苦しみ始めたんだ。とっさの事で私には何も出来なかった」
そう言うるるの手には汗まみれのタオルが握られている。
改めて俺も氷雨の頬に触れてみるが……これは明らかに異常。
体中から滝の様に汗が出ているのに、体は死体みたいに冷たくなってる。
「氷雨君の現状、解析できるかいクロノ?」
『解析も何もこいつの魂が冥界に居るって事しか分からねぇぞ』
「冥界?」
『地獄って言った方が日本人的には分かりやすいか?ほら、夢の中で三途の川を見たとかよく言うだろ。あんなノリで冥界と夢の世界はたま~に繋がるんだよ』
クロノは淡々と夢と冥界についての説明を続ける。
だけど、それなら一層俺達は何をすればいい?
ただでさえ、夢の中にいる氷雨に俺達は干渉できないって言うのに。
「……ッ……ぁ」
「氷雨?!大丈夫か、しっかり意識を持て!!」
肩を抱えて声をかける。
こんな俺の声でも、氷雨がここに戻ってこれる切っ掛けになればと願いながら。
「……竜……くん」
「え?」
うめき声を上げながら氷雨が呟いた。
寝ている彼女が蓋をしたまぶたから涙を流しながらこぼしたその言葉はー
『という訳で、私はこれから月光氷雨になります』
『竜くんと結婚はするけど仕事は辞めないよ。月光家は大黒二柱だね』
『雄二と竜くんは超能力者仲間だから、私には分かんない悩みとかも聞いてあげてね』
『竜くんが……交通事故?』
『私がこんな体になったのは……全部全部、竜くんと出会ったせいなのです』
二度と氷雨の口から聞くとは思わなかった懐かしいあの人の名前だった。
「待って!!貴方に謝りたいことが沢山有るのです。私はここにー」
ガパッと氷雨の小さな上半身が起き上がる。
彼女は深い息を繰り返しながら、ただただ前を見つめていた。
「氷雨?」
「大丈夫なのボス?」
「……そっか、あの世界から戻ってきたのですね」
氷雨は小さく呟くと、右手で自分の頬を強く叩いた。
気持ちを切り替える時によくやるあいつの癖だ。
「皆、次のターゲットを見つけたのです。急いで移動の準備を」
「準備って、君は大丈夫なのかい?さっきまで冥界に居たんだろう?」
「私は大丈夫なのです。それより早く行動しないと次の犠牲者が現れてしまうのです」
『犠牲者ァ?』
氷雨は手元のタオルで軽く汗を拭きながら深刻な顔をして俺達に告げる。
「私達が探さないといけないのは『一ノ瀬心《いちのせこころ》』と言う男性なのです。彼は幽霊を操る超能力を持っていて、冥界に住む『ヘル』と呼ばれる神と交際しているのです」
「……氷雨、神が関わっているというのなら今回はあのファナエル・ユピテルの件より厄介になるよ。それでもいいのかい?」
「……それは重々承知の上なのですよ。それでも、心が愛するヘルの力を取り戻す為に生きている人間を冥府に引きずり降ろしていると知ってしまった以上、私達には彼を止める使命があるのです。愛による凶行なんて……自分も皆も不幸にするだけなのですから」
ダラリと垂れたタオルを見つめながら氷雨はそう言った。
その目線の先に何が映っているのか想像はつく。
だけどあえてそれを言うことはしなかった。
俺に出来るのは氷雨の理想を叶えるために奔走する事だけだから。
コトリと音を立てながら机に置かれる白い紙コップ。
そこにはもくもくと煙を立てている黒いコーヒーが入っていた。
「私からのおごりだよ」
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「あれでも君を心配してるんだよ。特に今回は何度も北海道と沖縄を瞬間移動で往復する羽目になったんだ、疲れもそれなりに溜まってるだろう?」
机に置いてあった角砂糖をボトボトとコーヒーに入れながら琴音は俺を見つめる。
今のあいつの目は…いつも見せる研究者としての目じゃない。
あいつにしては珍しい優しげな目だ。
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「気さくに笑えば誤魔化せると思っているなら大間違いだ。君、ファナエル・ユピテルの一件から何かと無茶してるだろう。私としてはデータが取れて嬉しいばかりだけど、るる君と氷雨君は心配そうにしているよ」
彼女の口から出た『ファナエル・ユピテル』という言葉が耳に入り、心臓がドクンと跳ねる。
『見ての通り……醜い羽なしの堕天使だよ』
忘れるはずもない、俺達シンガンが初めて失敗したあの一件。
琴音が使役していた悪魔も、俺の瞬間移動も、るるの魔眼も、夢の世界で戦った氷雨でさえも手も足も出なかった。
そんな相手がこの世の中には存在するんだと、自分達の弱さを知らしめられた。
『雄二。私やりたい事が出来たのです。誰にも私と同じ思いをしない為に……それから、私がこれ以上大好きだった竜くんを嫌いになってしまわない為に出来る事が見つかったのです』
それでも、俺は氷雨の為に全てを出し切る義務があるからな。
あの時は何もしてやれなかったけど、今度こそはー
「ああ、様子を見て休みを多くとっておくさ」
「……まぁ、頭の片隅にでも置いてくれれば及第点だ」
琴音は納得のいかない顔でそう言うと、角砂糖が混ざり切っていないホットコーヒーをガバっと一気に飲み込んだ。
「無茶と言えば、お前の方は大丈夫なのか?主にクロノについての事だが」
ファナエル・ユピテルの一件の後、変わったのは俺だけじゃない。
あの一件で神より授かったという悪魔を殺された琴音は今、旅の途中で見つけた別の悪魔を使役している。
問題は、神から授かった訳でもない悪魔をただの人間である琴音が使役するには何かを代償に契約を行う必要がある事だ。
琴音がその悪魔と行った契約の内容はー
『なんだぁ。ま~だこのクロノ・シャイターン様の事が信頼できないってか?!』
琴音の肉体を共有する事と食事の際に体の主導権をクロノに引き渡す事の2点。
『俺はお前等の事が大好きなんだぞ!!愛に狂ってしまう超能力者達を説得して、人知らず世界を守ってる。ヒーローみたいで素敵じゃね~の。俺は人間が無謀にも世界をより良くしてく様が大好きでお前等みたいな奴の味方ポジションになりたいんだ。なのにど~していつも警戒されるんだよぉ?』
「お前はまず行儀を学べ。見ててこっちが恥ずかしいんだよ」
口の周りにはさっき飲みほしたコーヒーがベタベタ。
机と琴音の服にもだいぶ飛び散ってる。
こんな悪魔と体を共有している琴音は心配でならない。
「まぁまぁ。こんな代償で済んでるだけクロノは優良物件だ。やんちゃな部分は多めに見てやってくれ」
『そうだそうだ!!コトネは俺と契約してるだけあって理解が深い!』
「お前らがそれで納得してるなら良いけど」
はぁとため息をついてコーヒーを飲む。
なんかドッと疲れたな、まだ22時だけど今日は早めに寝てしまおうか。
そんなゆったりとした俺の思考は鳴り響くスマホの着信音と共に引き裂かれた。
画面に映っていた着信者は今ホテルの部屋で寝ている氷雨を見守っているはずのるる。
ヒタリと垂れる冷たい汗が心の中の嫌な予感を増幅させた。
「どうした?」
『ボスの様子がおかしい。異常事態だ』
緊迫しきった彼女の声が事の重大さを物語っている。
「分かった。すぐ行く!!」
俺は下品にお菓子を食い散らかしているクロノの腕をぎゅっと掴んで自分に宿る超能力、瞬間移動を行使した。
ビュンと音がなり、パッと視界が様変わりする。
目と鼻の先には顔を青くして大量の汗を拭きだしている氷雨の姿があった。
「流石♰テレポータ♰、早く来てくれて助かった」
「ああ、それより現状は?」
「ボスがさっきいきなり苦しみ始めたんだ。とっさの事で私には何も出来なかった」
そう言うるるの手には汗まみれのタオルが握られている。
改めて俺も氷雨の頬に触れてみるが……これは明らかに異常。
体中から滝の様に汗が出ているのに、体は死体みたいに冷たくなってる。
「氷雨君の現状、解析できるかいクロノ?」
『解析も何もこいつの魂が冥界に居るって事しか分からねぇぞ』
「冥界?」
『地獄って言った方が日本人的には分かりやすいか?ほら、夢の中で三途の川を見たとかよく言うだろ。あんなノリで冥界と夢の世界はたま~に繋がるんだよ』
クロノは淡々と夢と冥界についての説明を続ける。
だけど、それなら一層俺達は何をすればいい?
ただでさえ、夢の中にいる氷雨に俺達は干渉できないって言うのに。
「……ッ……ぁ」
「氷雨?!大丈夫か、しっかり意識を持て!!」
肩を抱えて声をかける。
こんな俺の声でも、氷雨がここに戻ってこれる切っ掛けになればと願いながら。
「……竜……くん」
「え?」
うめき声を上げながら氷雨が呟いた。
寝ている彼女が蓋をしたまぶたから涙を流しながらこぼしたその言葉はー
『という訳で、私はこれから月光氷雨になります』
『竜くんと結婚はするけど仕事は辞めないよ。月光家は大黒二柱だね』
『雄二と竜くんは超能力者仲間だから、私には分かんない悩みとかも聞いてあげてね』
『竜くんが……交通事故?』
『私がこんな体になったのは……全部全部、竜くんと出会ったせいなのです』
二度と氷雨の口から聞くとは思わなかった懐かしいあの人の名前だった。
「待って!!貴方に謝りたいことが沢山有るのです。私はここにー」
ガパッと氷雨の小さな上半身が起き上がる。
彼女は深い息を繰り返しながら、ただただ前を見つめていた。
「氷雨?」
「大丈夫なのボス?」
「……そっか、あの世界から戻ってきたのですね」
氷雨は小さく呟くと、右手で自分の頬を強く叩いた。
気持ちを切り替える時によくやるあいつの癖だ。
「皆、次のターゲットを見つけたのです。急いで移動の準備を」
「準備って、君は大丈夫なのかい?さっきまで冥界に居たんだろう?」
「私は大丈夫なのです。それより早く行動しないと次の犠牲者が現れてしまうのです」
『犠牲者ァ?』
氷雨は手元のタオルで軽く汗を拭きながら深刻な顔をして俺達に告げる。
「私達が探さないといけないのは『一ノ瀬心《いちのせこころ》』と言う男性なのです。彼は幽霊を操る超能力を持っていて、冥界に住む『ヘル』と呼ばれる神と交際しているのです」
「……氷雨、神が関わっているというのなら今回はあのファナエル・ユピテルの件より厄介になるよ。それでもいいのかい?」
「……それは重々承知の上なのですよ。それでも、心が愛するヘルの力を取り戻す為に生きている人間を冥府に引きずり降ろしていると知ってしまった以上、私達には彼を止める使命があるのです。愛による凶行なんて……自分も皆も不幸にするだけなのですから」
ダラリと垂れたタオルを見つめながら氷雨はそう言った。
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