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3章 罪

メリーバッド・バースデイ

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 「気は済みましたかね」

 脳を揺らすような衝撃を受ける。
 ふらつく視界の中で見たのは、俺を蹴るアルゴスと言う神の姿と空へ舞い上がる切り落とされた白い羽。

 そして、必死な顔をしてこちらに手を伸ばすファナエルの姿だった。

 体の中から何かの力が湧き上がってくる。
 その力に俺の精神が耐えられなかったのか、それともアルゴスが操っていた緑色の鎖のせいなのか、俺の視界は暗転する。

 『その力に飲まれてはならぬ』
 『その力を肯定してはならぬ』
 『神ではない者がその領域の力を持ってはいかぬ』
 『それほどの力をあの女の為に使ってはならぬ』

 なんの声だ。
 頭にガンガンと響いて来る。

 『我々は世界の意思……この地球上に住む生命体の総意』
 『そなたは今、災厄になり果てようとしている』

 災厄……?
 なんだそれ。

 『お主がチェレクスの機能で手に入れているその力は神に匹敵するほど強大な者』

 『その力は好き勝手に使って良い物ではない』

 『神と呼ばれる存在が羽を生やすのは、その強大な力を持ち、世界をよりより方向に進めるための印』

 『羽が左右対称になっているのは世界の調和を維持する守護者の証明』

 『異形の7枚羽を持つ者、羽を持たずに強大な力を持っている者、これらは守護者としての理を忘れ、身勝手に力を使いやがて災厄となり果ててしまう』

 『お前の愛するあの堕天使は、羽を持っていないのにも関わらず異様な力を保持している』

 『そしてお前も、あの女を守るというエゴの為だけに神と同等の力を得ようとしている』

 『それは有ってはならぬことなのだ』
 
 『お主が世界を思うなら、災厄になりうるその力を捨て』

 『ファナエル・ユピテルを抹消するべきなのだ』

 『もはや我々は彼女の存在を認める訳にはいかないのだから』

 またその話かよ。
 さっきから何度も何度も、もう聞き飽きたんだよ。

 『これは大事な話だから何度も同じ事を喋っているのだ』
 『我々はー』

 あんたらの理屈がどうであろうが、何であろうが、俺は世界がファナエルを認めないなんて許さない。
 正論ぶって寄ってたかってファナエルを否定するような言葉はもううんざりなんだよ。

 『#####################』
 『#########』
 『##############』

 世界全体がどうとか、世界への影響がどうだとかそもそも知った事じゃない。
 そもそも、コンプレックスまみれで卑屈でヘタレでひねくれていた俺の世界が輝き始めたのはファナエルと出会ってからだ。
 俺はこの世界にあるどんな物よりもファナエルが一番大切なんだよ!!!

 『###########』
 『###########』
 『###########』

 それでもアンタらがファナエルの存在を否定し続けるというのなら、だったら俺が世界を書き換える災厄になってやる。

 お前等のつまらない理屈全部かき消して、ファナエルが幸せに生きれる楽園を俺が作る!!

 『#######################################################################################################################################################』

 騒がしい世界の悲鳴ノイズが響く。
 俺の思考はスゥっとクリアになる。
 暗転していた視界は晴れ、俺の五感は青い空が照らす世界と沢山の心の声に包まれた。

 「貴方の方が災厄になってしまうとは想定外……いや、人間の持つ感情の歪さを見誤った私の落ち度ですかね」

 眼前に立つアルゴスの軍服にはいたる所に傷が入っていた。
 彼女は地面に向かって血を軽く吐き捨てると身体を覆っていた緑色の鎖を両手と両足に集約させる。

 『作戦を変更するとしましょうか。災厄牛草秋良を処刑し、その後ファナエル・ユピテルの身柄を捕縛します』

 ぐるぐると巻き付いたその鎖は彼女の四肢を凶悪な鈍器で変貌させている。
 両手と両足に巻きていていない部分の鎖は彼女が動くには邪魔にならないほどの余白があり、それが逆に彼女の身体を守っている様にも見えた。

 ガン!!と言う音を鳴らして彼女が地面に踏み込む。
 弾丸の様なスピードで俺の前に迫った彼女は鎖で覆われた拳を振るう。

 でも、その拳は俺には届かない。
 背中に生えている触手ファナエルの髪の毛が彼女の拳を防いでいるのだから。

 「悪いけど……アンタの願いはかなわない」

 『################################################』

 「アンタの願いはファナエルが幸せに暮らす世界には必要ないからな」

 次の瞬間、俺とアルゴスの間に黒いノイズが発生する。
 そのノイズは一瞬にして膨張し、鼓膜をつんざくような音を立てて爆発する。

 ノイズが爆発した場所は街の一部がぽっかりと無くなったようなクレータに。
 そのクレータから、緑の羽を巧みに揺らす涼しい顔のアルゴスが飛び出し、鎖にコーティングされたつま先を蹴り上げてくる。

 「厄介だな、アンタのその鎖」
 「元々貴方の様な理不尽な能力を持った罪人に対抗するための鎖ですから」

 彼女の蹴りが俺の触手を跳ねのける。
 この6本の触手で肉弾戦を挑んだ所で彼女には押し負ける、俺のノイズの力は彼女の鎖で相殺される。

 さすがに神様って感じの強さだな。

 『このまま彼を引き付け、残っている全ての式神で疲弊しているファナエル・ユピテルを捕縛する』

 それでも今の俺は負ける気がしない。

 チラリと後ろを振り返り、ファナエルの姿を確認する。
 俺は左手を彼女の方向へ伸ばし、彼女が不安を感じない様に優しく声をかけた。

 「そこでじっとしてて。今度は俺が守るから」
 「うん……うん!!」

 彼女に伸ばした左手から白い暖かな光が放射される。
 その光が彼女を追おうドーム型の防壁となり、『ファナエルに危害を加える』物体が触れた瞬間にそれらを黒いノイズで分解する。

 「先にファナエルを捉えようたってそうはいかないぞ」
 「貴方達のせいで式神がバンバン無くなりますね……この代償は高くつきますよ」

 彼女の拳と俺の触手がぶつかり合い、互いの体が後方に吹き飛ばされる。
 飛ばされた距離は以前、俺の方が長い。

 「まぁ貴方の処理さえ終わらせてしまえば今のファナエル・ユピテルは簡単に捕縛出来るでしょう。貴方の力がどれだけ強大でもグレイプニルで相殺出来てしまう以上、肉弾戦で優位な私の勝ちは揺るぎません」

 「こんな状況なのにアンタは冷静だな」

 「死線をくぐった数が貴方とは違いますから」

 俺が触手を繰り出すのと彼女が飛び出したのはほぼ同時だった。
 大蛇の様にうねる俺の触手を彼女を手慣れた手つきで捌いていく。

 「私は罪人達にどれだけ傷つけられても必ず使命をこなす覚悟があります。一時の恋愛感情で動いている貴方とは何もかもが違うんですよ」
 「……それは違うな。俺だって覚悟ならアンタに負けてない」

 俺は地面に落ちていた禁斧キンフチェレクスに手を伸ばす。
 
 「俺はファナエルの為なら神殺しの罪だって背負う、そんな覚悟でこの力を手に手を出したんだから」
 「……その斧の本質は切り落とした部位を対価に強大な力を与える事。武器にはできませんよ」

 彼女を抑えていた触手が全て払い落される。
 彼女が全身に埋め込まれている目で俺を凝視。
 また弾丸の様に飛び出して距離を詰めた。

 「俺さ、この力に目覚めた時に色んな心の声を聞いたんだ。アンタの声やファナエルの声、ここ等一体を飛んでいる小鳥の声だって聞こえた」

 「この期に及んで一体何の話をー」

 「そんな心の声の中に、明らかに生物の物じゃない声が聞えたんだよ。『この刃は万物を切り裂く呪いの刃。代償として切り落とした物は二度と元に戻る事はない。その代わり、代償に見合う力を与えよう』って機械的に繰り返す声がな」

 「まさか貴方、チェレクスの声を」

 俺は右手でチェレクスを構え、その刃の腹に左手をそっと置く。
 さっきまでの戦いを通して俺は自分に宿ったこの力を体感的に理解したつもりでいる。

 もしこの力に対する俺の解釈が正しいならー

 『この刃は万物を切り裂く呪いの刃。代償として切り落とした物は二度と元に戻る事はない。#####、############』

 この斧の特性だってかき消す事が出来るはずだ。

 チェレクスの刃が真っ黒なノイズに覆われる。
 俺は右手にグッと力を込め、猛スピードで飛び込んで来たアルゴスの拳に向かってチェレクスの刃を振りかぶった。

 ノイズにまみれた禁じられた斧は彼女の持つ神の鎖を両断する。
 空中に舞うは大量の目が張り付いたアルゴスの腕と鮮血。
 ずっと優勢に立っていた彼女が初めて見せたその隙を俺の触手は逃さなかった。
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