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3章 罪
下手くそなキスでも支えになりますように
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「用があるのは私だけのはずでしょ、アキラは関係ない」
「貴方の事情を知ったうえで恋人関係を続ける彼を私が放置するとでも?」
アルゴスと名乗る神の羽が揺らいだ。
ひらひらと舞い降りた緑色の羽毛に向かって彼女の服に張り付いていた目玉が飛び出していく。
目玉が付着した羽毛は見覚えのある鳥頭の化け物へと変貌を遂げ、ロケットの様にこちらへ飛び込んでくる。
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
10、20、30……視界を埋め尽くすほどに数を増やしながら迫って来る鳥頭の化け物の姿はさながら大津波の様だった。
騒がしく聞えてくる『ハネナシ……ミツケタ!!』の音のせいで、目の前に居るはずのアルゴスの心の声さえ聞こえない。
息が荒くなる。
心臓がバクバクと鳴る。
前に踏み込もうと思っている足が動かない。
大の字になってファナエルの身体を守ろうと思っているのに肩が震えて上がらない。
この現状そのものが俺の中にある人間の本能を深く深く犯しているんだ。
もし、ここに立っているのが堕天使になりかけている俺じゃなくて始の様な普通の人間だったならきっと正気を保てない。
「私の後ろに立ってて」
「ファナエル?」
「大丈夫だよ。アキラには傷一つ付けさせないから」
ファナエルはそう言って俺の前に立つ。
彼女の欠けた光輪から流れる血液がボゴウと音を立てて勢いを増していく。
「せっかく見つけた私の居場所……絶対に壊させない」
ファナエルの両手からノイズ交じりの光が溢れ出る。
ビームの様に纏まっていたこれまでの光とは一線を画す、まるで土砂崩れの様な光が轟音を立てて化け物の群れへと衝突していった。
黒いノイズ、白い光、緑色の化け物、これらは混ざり合い汚い渦となって強い衝撃を巻き起こした。
「アキラ、こっち」
ファナエルはその渦が晴れる前にと俺の右腕を掴み、アルゴスからは死角になっているであろう十字路の壁の所まで俺を引きずった。
「ハァハァ……アキラ、怪我してない?」
「うん。ありがとうファナエル……俺、さっき何も出来なくてー」
そこまで言いかけた瞬間、ファナエルは俺の言葉を遮るように人差し指でそっと口を押えた。
「悔しく思う必要ないよ。アキラは私をバスから出してくれた時点で十分私を助けてくれてるよ。彼氏として私を守りたかったんだよね。相手は神様だって分かってるのにそう思ってくれるだけで私は幸せだよ」
「……なぁファナエル。現状俺に出来る事は無いか?」
たとえ相手が神であっても。
人間の俺が確実に敵わない相手だとしても。
このままファナエルに守ってもらうだけって言うのは嫌だった。
たとえ心意気だけで嬉しいと彼女が本心から言ってくれているとしても、この状況を打開する行動を俺は取りたかった。
「良く聞いて。今この町はアルゴスが作り上げた結界に包まれてる。この結界を破壊するかアルゴス自身を倒すかのどちらかをしない限り私達は永遠に襲われ続ける事になる」
ファナエルは視線を上げて緑色に染まっている空を見る。
それは雲の代わりにギョロギョロとした目玉が向き出ている冒涜的な景色だった。
「今アキラが持っている力だと、アルゴスを殺す事は出来なくとも結界を壊す事は出来るかもしれない」
「本当か?!」
「この町の一番端に当たる部分に結界の壁と地面が繋がっている所があるはず。衝撃を与え続ければきっと結界が壊れる。そうすればこの町で起こっている異変を日本中が知る事になってアルゴスも大きな力が使えなくなる」
町の事ならアキラの方が詳しいよねと彼女は言ってニコリと笑う。
「私が彼女を引き留めてる間にアキラは結界を破壊してきて」
「引き留めてる間にって……あんな奴を一人で」
「アルゴスからはずっと追いかけられてたし、彼女の権能もキルケ―の日誌に書かれてあったのをちゃんと見てる。私は死なないよ、だからそんな顔しないで」
ファナエルは左手を俺の頬に当ててそう言った。
彼女の左腕に嵌めてある腕輪にチラリと映った俺の顔は酷いなんて言葉では言い表せない物だった。
本当は彼女の傍に居て守っていたい。
そう思うのは俺のプライドのせいか、『男は女を守るもの』という概念がうっすらと頭に残っているからなのか……自分の見ていない所で彼女が死んでしまった時の事を考えて恐怖しているからなのか。
理由は色々あるだろう。
でも、どの理由も現実的じゃない。
超能力者の雄二とほぼ互角の戦いしか出来なかった俺が神に勝てる訳がない。
それに……ここでずっと二の足を踏んでしまうのは、ファナエルの事を信頼出来ないと言っているようなものだ。
「分かった。ファナエルが死なないって言ったんだから信じるよ」
「うん、ありがとう……ごめんね、本当は今頃デートしてるはずだったのに私のせいでこうなっちゃって」
ファナエルの顔がすこし曇る。
きっと俺が何もできない自分の無力さを嘆いているように、彼女も俺を巻き込んでしまった事を嘆いているのかもしれない。
お互いそんな思いを抱いたままここで別れるのは嫌だ。
そう思った俺は、今日のデートで出す予定だった勇気を今この瞬間に振り絞った。
「もうすぐアルゴスが来る。見つかる前にアキラはー」
彼女の言葉を遮って、頬に下手くそなキスをした。
「俺、すぐに結界壊してくるから……だから絶対に死なないで。これが終わったら今度また二人でデートに行こう。その時にはもっと……えっと……恋人らしい事するから!!」
俺はそれだけ言って後ろを振り向て走りだした。
ここまでしてアルゴスって神に俺が攻撃されたら全部がパーになってしまう。
『……ちょっと不安とか言ってられなくなっちゃったな』
『こんな異常事態なのに、アキラは変わらない。私の好きだったアキラのまま』
「うん次のデート、期待してるね」
彼女の声が聞えた次の瞬間、背中から爆発音が鳴り響く。
心の中に溢れ出る不安を必死に消し去って、俺は町の境界線がある所まで走っていく。
一刻も早くこの結界を破壊して彼女を助けるために。
「貴方の事情を知ったうえで恋人関係を続ける彼を私が放置するとでも?」
アルゴスと名乗る神の羽が揺らいだ。
ひらひらと舞い降りた緑色の羽毛に向かって彼女の服に張り付いていた目玉が飛び出していく。
目玉が付着した羽毛は見覚えのある鳥頭の化け物へと変貌を遂げ、ロケットの様にこちらへ飛び込んでくる。
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
『ハネナシ……ミツケタ!!』
10、20、30……視界を埋め尽くすほどに数を増やしながら迫って来る鳥頭の化け物の姿はさながら大津波の様だった。
騒がしく聞えてくる『ハネナシ……ミツケタ!!』の音のせいで、目の前に居るはずのアルゴスの心の声さえ聞こえない。
息が荒くなる。
心臓がバクバクと鳴る。
前に踏み込もうと思っている足が動かない。
大の字になってファナエルの身体を守ろうと思っているのに肩が震えて上がらない。
この現状そのものが俺の中にある人間の本能を深く深く犯しているんだ。
もし、ここに立っているのが堕天使になりかけている俺じゃなくて始の様な普通の人間だったならきっと正気を保てない。
「私の後ろに立ってて」
「ファナエル?」
「大丈夫だよ。アキラには傷一つ付けさせないから」
ファナエルはそう言って俺の前に立つ。
彼女の欠けた光輪から流れる血液がボゴウと音を立てて勢いを増していく。
「せっかく見つけた私の居場所……絶対に壊させない」
ファナエルの両手からノイズ交じりの光が溢れ出る。
ビームの様に纏まっていたこれまでの光とは一線を画す、まるで土砂崩れの様な光が轟音を立てて化け物の群れへと衝突していった。
黒いノイズ、白い光、緑色の化け物、これらは混ざり合い汚い渦となって強い衝撃を巻き起こした。
「アキラ、こっち」
ファナエルはその渦が晴れる前にと俺の右腕を掴み、アルゴスからは死角になっているであろう十字路の壁の所まで俺を引きずった。
「ハァハァ……アキラ、怪我してない?」
「うん。ありがとうファナエル……俺、さっき何も出来なくてー」
そこまで言いかけた瞬間、ファナエルは俺の言葉を遮るように人差し指でそっと口を押えた。
「悔しく思う必要ないよ。アキラは私をバスから出してくれた時点で十分私を助けてくれてるよ。彼氏として私を守りたかったんだよね。相手は神様だって分かってるのにそう思ってくれるだけで私は幸せだよ」
「……なぁファナエル。現状俺に出来る事は無いか?」
たとえ相手が神であっても。
人間の俺が確実に敵わない相手だとしても。
このままファナエルに守ってもらうだけって言うのは嫌だった。
たとえ心意気だけで嬉しいと彼女が本心から言ってくれているとしても、この状況を打開する行動を俺は取りたかった。
「良く聞いて。今この町はアルゴスが作り上げた結界に包まれてる。この結界を破壊するかアルゴス自身を倒すかのどちらかをしない限り私達は永遠に襲われ続ける事になる」
ファナエルは視線を上げて緑色に染まっている空を見る。
それは雲の代わりにギョロギョロとした目玉が向き出ている冒涜的な景色だった。
「今アキラが持っている力だと、アルゴスを殺す事は出来なくとも結界を壊す事は出来るかもしれない」
「本当か?!」
「この町の一番端に当たる部分に結界の壁と地面が繋がっている所があるはず。衝撃を与え続ければきっと結界が壊れる。そうすればこの町で起こっている異変を日本中が知る事になってアルゴスも大きな力が使えなくなる」
町の事ならアキラの方が詳しいよねと彼女は言ってニコリと笑う。
「私が彼女を引き留めてる間にアキラは結界を破壊してきて」
「引き留めてる間にって……あんな奴を一人で」
「アルゴスからはずっと追いかけられてたし、彼女の権能もキルケ―の日誌に書かれてあったのをちゃんと見てる。私は死なないよ、だからそんな顔しないで」
ファナエルは左手を俺の頬に当ててそう言った。
彼女の左腕に嵌めてある腕輪にチラリと映った俺の顔は酷いなんて言葉では言い表せない物だった。
本当は彼女の傍に居て守っていたい。
そう思うのは俺のプライドのせいか、『男は女を守るもの』という概念がうっすらと頭に残っているからなのか……自分の見ていない所で彼女が死んでしまった時の事を考えて恐怖しているからなのか。
理由は色々あるだろう。
でも、どの理由も現実的じゃない。
超能力者の雄二とほぼ互角の戦いしか出来なかった俺が神に勝てる訳がない。
それに……ここでずっと二の足を踏んでしまうのは、ファナエルの事を信頼出来ないと言っているようなものだ。
「分かった。ファナエルが死なないって言ったんだから信じるよ」
「うん、ありがとう……ごめんね、本当は今頃デートしてるはずだったのに私のせいでこうなっちゃって」
ファナエルの顔がすこし曇る。
きっと俺が何もできない自分の無力さを嘆いているように、彼女も俺を巻き込んでしまった事を嘆いているのかもしれない。
お互いそんな思いを抱いたままここで別れるのは嫌だ。
そう思った俺は、今日のデートで出す予定だった勇気を今この瞬間に振り絞った。
「もうすぐアルゴスが来る。見つかる前にアキラはー」
彼女の言葉を遮って、頬に下手くそなキスをした。
「俺、すぐに結界壊してくるから……だから絶対に死なないで。これが終わったら今度また二人でデートに行こう。その時にはもっと……えっと……恋人らしい事するから!!」
俺はそれだけ言って後ろを振り向て走りだした。
ここまでしてアルゴスって神に俺が攻撃されたら全部がパーになってしまう。
『……ちょっと不安とか言ってられなくなっちゃったな』
『こんな異常事態なのに、アキラは変わらない。私の好きだったアキラのまま』
「うん次のデート、期待してるね」
彼女の声が聞えた次の瞬間、背中から爆発音が鳴り響く。
心の中に溢れ出る不安を必死に消し去って、俺は町の境界線がある所まで走っていく。
一刻も早くこの結界を破壊して彼女を助けるために。
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