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3章 罪
羽
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「アキラは神話の話とか良く知ってる方?」
「いやぁ……あんまり良く知らないんだよなぁ。ゼウスとかヘラとかメジャーな神様のゲームのキャラで知ったし」
「そっか。それじゃぁアキラはゼウスって聞いたらどんな見た目の神様を思い浮かべる?」
最初にファナエルから持ち掛けられたのは『神話』についての質問だった。
彼女の正体は堕天使だ。
もしかしたらロキとかクロノスとか、名前だけはよく聞く神様達の姿を見ているのかもしれない。
俺がゼウスと聞かれて思い浮かぶのは昔やっていたスマホゲームのキャラとして出るゼウスだ。
雷を纏っていて筋肉ムキムキ、白いひげを生やしたおっさんのイメージがこびりついて離れない。
「こんな感じのを俺は想像するんだけど」
そう言ってスマホに例のキャラを表示させる。
こんな物を本物に見られたら「不敬だ」なんて言われて天罰が与えられるんじゃないか、そんな不安がちょびっとだけ胸に走った。
「う~ん……見た目だけの話をしたら90点、性能面を考えたら0点かな」
「それって一体どういう??」
「えっとね、パーツ単位で見たらあと少しで正解なんだけど欠けてるパーツが重要すぎて違和感が強いんだよね」
要は人間の絵を描いてってAIに依頼して指が2本しかない絵が出されたみたいな感じか?
まぁ神様と人間なら身体の構造が全く違うだろうし……思いもよらない体のパーツが重要な器官になっているって話も理解できる。
「それじゃぁ、このイラストのゼウスは本物に比べて何が足りないんだ?」
「……羽だよ」
ファナエルは静かな声で淡々と答えた。
彼女は手に持っていた古い本をペラペラとめくり、とあるページを広げて俺に見せた。
消し痕や乱雑に知らない横文字が並べられている、大学生のノートのように見えるそのページには大きな二つの挿絵が載せられてあった。
一つは医学の本なんかでよく見る裸体の男性が写された挿絵。
もう一つは左右対称に3枚ずつ、合計6枚の羽を背中に生やした男性の挿絵。
「天使、悪魔クラスは2枚、神になると4枚、その中でも最上位の神は6枚、天界にいる生命体はそれぞれ見合った数の羽を生やしてるんだ」
彼女は本に書かれた文字の下にトンと人差し指を置く。
「人間と他の動物との違いを質問すれば、多くの人間は科学力やら魔法技術やらの様々な答えを導くだろう。私の友人は直立二足歩行をしているかしていないかが違いだなんて面白い事を言っていた」
スライドしながら文字を追う彼女の人差し指。
まるで絵本の読み聞かせをするかのような口調で人間の俺には読めないその本の内容を彼女は伝えてくれた。
「それならば神や天使などの天界の生物と人間の差は何か?この命題にはシンプルなたった一つの答えが存在している。それは彼等の背中に生えた羽だ」
音読する段落が下へ落ちていくたび、この文が主張したい部分の核心に近づいていくたび、ファナエルの声が弱々しく揺らぐ。
「彼等の羽は常軌を逸した力の源、私達地上の生命体とは一線を画す存在である事の証。もし私が研究の果てに彼等と同じような羽を生やすことが出来れば人間を超える力を手に入れることが理論上可能であるし……私達人間が彼らの羽を一枚でも削り取ることが出来たならば……天使を、いや神でさえも無力化することが出来るだろう」
最後の行まで読み切った彼女の顔は見ていられないほど痛々しいものだった。
彼女が初めて堕天使としての姿を見せたあの時、「醜い羽なしの堕天使だよ」と自分の事を紹介していた事を思い出す。
彼女にとって羽が無い自分の姿と言うのはどれだけ醜い物に見えていたのだろうか。
「天使はね、星に悪影響を起こしかねない生命体の所に行くのが仕事なの。そいつの危険な思考にノイズをかけて更生させる。その力の象徴である真っ白な光は暖かくて居心地が良くて、他の生命体に危害を与える事なんかできないんだ」
パタンと本を閉じた彼女は半ば倒れる様に俺の肩に顔を乗せる。
彼女の光輪から流れる暖かな血が肩へ流れ、じんわりじんわりと広がっていく。
「私はその仕事に一度失敗したんだ。危険な思考にノイズをかけきれず、暴れる対象を抑えようとした結果、右羽を切り落とされたんだ」
「……それは」
部屋中に気まずい空気が流れる。
もし、俺の頭に流れる思考を言葉にしてしまったら……その瞬間に世界が崩れ落ちてしまう。
そんなあまりにも大げさすぎる錯覚に囚われる。
心に芽生えた不安と謎の罪悪感は俺の口を堅く閉ざそうと必死に働き始める。
「そう、アキラが考えてる通りだよ」
そんな俺の不安を取り除くような彼女の言葉。
肩に伝播する血の温もりさえも、不用意に膨れ上がった俺の中の罪悪感をかき消してくれる。
「そこから私は欠陥品。空も上手く飛べない、天使の力も上手く使えないダメ天使になったんだ」
「いやぁ……あんまり良く知らないんだよなぁ。ゼウスとかヘラとかメジャーな神様のゲームのキャラで知ったし」
「そっか。それじゃぁアキラはゼウスって聞いたらどんな見た目の神様を思い浮かべる?」
最初にファナエルから持ち掛けられたのは『神話』についての質問だった。
彼女の正体は堕天使だ。
もしかしたらロキとかクロノスとか、名前だけはよく聞く神様達の姿を見ているのかもしれない。
俺がゼウスと聞かれて思い浮かぶのは昔やっていたスマホゲームのキャラとして出るゼウスだ。
雷を纏っていて筋肉ムキムキ、白いひげを生やしたおっさんのイメージがこびりついて離れない。
「こんな感じのを俺は想像するんだけど」
そう言ってスマホに例のキャラを表示させる。
こんな物を本物に見られたら「不敬だ」なんて言われて天罰が与えられるんじゃないか、そんな不安がちょびっとだけ胸に走った。
「う~ん……見た目だけの話をしたら90点、性能面を考えたら0点かな」
「それって一体どういう??」
「えっとね、パーツ単位で見たらあと少しで正解なんだけど欠けてるパーツが重要すぎて違和感が強いんだよね」
要は人間の絵を描いてってAIに依頼して指が2本しかない絵が出されたみたいな感じか?
まぁ神様と人間なら身体の構造が全く違うだろうし……思いもよらない体のパーツが重要な器官になっているって話も理解できる。
「それじゃぁ、このイラストのゼウスは本物に比べて何が足りないんだ?」
「……羽だよ」
ファナエルは静かな声で淡々と答えた。
彼女は手に持っていた古い本をペラペラとめくり、とあるページを広げて俺に見せた。
消し痕や乱雑に知らない横文字が並べられている、大学生のノートのように見えるそのページには大きな二つの挿絵が載せられてあった。
一つは医学の本なんかでよく見る裸体の男性が写された挿絵。
もう一つは左右対称に3枚ずつ、合計6枚の羽を背中に生やした男性の挿絵。
「天使、悪魔クラスは2枚、神になると4枚、その中でも最上位の神は6枚、天界にいる生命体はそれぞれ見合った数の羽を生やしてるんだ」
彼女は本に書かれた文字の下にトンと人差し指を置く。
「人間と他の動物との違いを質問すれば、多くの人間は科学力やら魔法技術やらの様々な答えを導くだろう。私の友人は直立二足歩行をしているかしていないかが違いだなんて面白い事を言っていた」
スライドしながら文字を追う彼女の人差し指。
まるで絵本の読み聞かせをするかのような口調で人間の俺には読めないその本の内容を彼女は伝えてくれた。
「それならば神や天使などの天界の生物と人間の差は何か?この命題にはシンプルなたった一つの答えが存在している。それは彼等の背中に生えた羽だ」
音読する段落が下へ落ちていくたび、この文が主張したい部分の核心に近づいていくたび、ファナエルの声が弱々しく揺らぐ。
「彼等の羽は常軌を逸した力の源、私達地上の生命体とは一線を画す存在である事の証。もし私が研究の果てに彼等と同じような羽を生やすことが出来れば人間を超える力を手に入れることが理論上可能であるし……私達人間が彼らの羽を一枚でも削り取ることが出来たならば……天使を、いや神でさえも無力化することが出来るだろう」
最後の行まで読み切った彼女の顔は見ていられないほど痛々しいものだった。
彼女が初めて堕天使としての姿を見せたあの時、「醜い羽なしの堕天使だよ」と自分の事を紹介していた事を思い出す。
彼女にとって羽が無い自分の姿と言うのはどれだけ醜い物に見えていたのだろうか。
「天使はね、星に悪影響を起こしかねない生命体の所に行くのが仕事なの。そいつの危険な思考にノイズをかけて更生させる。その力の象徴である真っ白な光は暖かくて居心地が良くて、他の生命体に危害を与える事なんかできないんだ」
パタンと本を閉じた彼女は半ば倒れる様に俺の肩に顔を乗せる。
彼女の光輪から流れる暖かな血が肩へ流れ、じんわりじんわりと広がっていく。
「私はその仕事に一度失敗したんだ。危険な思考にノイズをかけきれず、暴れる対象を抑えようとした結果、右羽を切り落とされたんだ」
「……それは」
部屋中に気まずい空気が流れる。
もし、俺の頭に流れる思考を言葉にしてしまったら……その瞬間に世界が崩れ落ちてしまう。
そんなあまりにも大げさすぎる錯覚に囚われる。
心に芽生えた不安と謎の罪悪感は俺の口を堅く閉ざそうと必死に働き始める。
「そう、アキラが考えてる通りだよ」
そんな俺の不安を取り除くような彼女の言葉。
肩に伝播する血の温もりさえも、不用意に膨れ上がった俺の中の罪悪感をかき消してくれる。
「そこから私は欠陥品。空も上手く飛べない、天使の力も上手く使えないダメ天使になったんだ」
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