【完結】俺の彼女はセイジョウです

アカアオ

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2章 ファナエル=???

【氷雨SIDE】 夢の世界が狂っている

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『右翼と光輪の一部が欠けてしまった以上、天使の力を行使するのは難しいでしょう』

 ゴポゴポと水の中に溺れるような感覚。
 誰かの夢の中に侵入するときに決まって訪れるそれに身を任せ、私の身体はどこかへ流されてゆく。

 『無理に飛ぼうとしなくていいんだよ。誰もファナエルの事を悪く思ったりしないから』
 『その傷は天使の使命を全うした証なんだから恥じる事は無いわ。あなたは自慢の娘よ』

 夢の世界は体の状態や精神に沿った形、もしくは現象を起こす。
 そして、夢の世界に侵入する前のこの空間には『体の状態や精神』に大きな影響を与えた記憶の残滓が漂っている。

 自分の思いや周囲の人間から放たれた言葉……色んな過去の出来事が重なって、夢を見ている人の軸となる大きな感情が形成されていく。
 夢を操る超能力を持つ私は、夢の軸になっているその感情をかすかに読み取ることが出来る。

 『ずっと気を使って遠慮して……皆が見てるのは私じゃない。飛べなくなってロクに力も使えない可哀そうな天使を見てるんだ。私は昔みたいな関係に戻りたいのに』

 『この斧で体の一部を切り落とせば大いなる力が手に入る。元の天使に戻れるか分からないけど、ただ痛いだけの今の状況よりきっと良いことが起こるはず。どうせ飛べないなら……残った左翼もいらないね』

 私達の前に現れたあの堕天使が見ている夢、その軸になっている感情は大きな孤独感だった。
 
 それを感じ取った瞬間、ザパーッという波の音に飲まれる。
 私の身体は重力にも近い力を感じとっていた。

 私は閉じていた目をそっと開ける。
 目に映ったのは間違いなく堕天使ファナエル・ユピテルが作りだした夢の世界。

 その異様な光景を見た私は思わず息を呑んでしまった。

 「随分と悪趣味な世界なのです」
 「勝手に人の夢に入り込んだ挙句、開口一番に悪趣味なんて言うのはマナー違反じゃないかな?」

 声のした方向に目線を向ける。
 そこには壊れた光輪から血を流し続けている例の堕天使が椅子に座っていた。

 牛草秋良とそっくりの人形達が組み上げている悪趣味極まりないその椅子に。

 椅子だけの話じゃない……この夢の世界にある建物全部が牛草秋良を模した人形を組み合わせて出来ている。
 部外者である私と夢の主であるファナエルを除くと、この世界に存在しているのは牛草秋良の人形だけであった。

 「こんな人形だらけの世界なんて……いくら何でも狂っているのです」
 
 この牛草秋良の人形は目の前に立つ彼女の依存心が具現化した物だろう。
 さっき感じ取った彼女の孤独感も合わせて考えれば間違いは無いはず。

 「ここは私が見ている夢の世界だよ。倫理観や他人の価値観なんて一切なくて私の理想が詰め込まれている世界なんだから……現実世界と比べたらおかしな世界になるのは当たり前の事じゃない?」

 「あなたはこんなイカれた世界が理想だとでもいうのですか?!」

 「もちろん。私の世界にはアキラだけが居ればそれで良いから」

 彼女は姿勢を崩して背もたれ部分になっている牛草秋良人形に抱きついた。
 頭上の光輪から流れる血液が派手に飛び跳ね、辺りの人形の顔を赤で塗りつぶしていく。

 「みんな私の頭から流れる血を嫌ってた。平等に扱ってほしかったのに常に憐れみや恐怖の感情を向け続けられていた。でもアキラだけは違った……アキラだけは私をちゃんと見てくれて見捨てないでいてくれた」

 彼女は抱き着いている人形の顔に軽くキスをした。
 その顔は喜びと恍惚を纏っていた。

 「だから私の世界にはアキラだけが居ればいいの。私を捨て去った世界なんか気にせず、二人で永遠の愛をはぐくむの。これからアキラの身体をじっくり私と同じ堕天使にして、同じ秘密を共有している互いに唯一の理解者である最高の存在になるの」

 そう言った彼女の顔はどこか解放的だった。
 これが彼女の本性、彼女が堕天した所以であるということを私は本能的に感じ取った。

 やはり彼女は危険すぎる。
 お兄さんがどれだけこの堕天使を愛していたとしても、彼女の狂愛が本物だとしても、このまま放置しておく訳にはいかない。

 今の彼女の状態を見れば、他の人間に被害が出る可能性も容易に想像できる。
 
 「あなたを見過ごすことは出来ないのです」
 「……頑固だね。それで、何をするっていうの」
 「あなたの心にある『牛草秋良に対する依存心』を取り除くのです」

 私はそう言って右手を前に突き出す。
 この世界には似合わない聖なる光が右手を中心として発生し、それはやがて十字架を模した真っ白なハンマーへと変化した。

 「超能力組織『シンガン』のリーダーとして、あなたの歪んだ心を矯正するのです」
 「小さなシスターさんが持つにしては物騒すぎる武器じゃない?」
 「痛みは無いから安心するのです。これは人々を正しい方向に導くための聖なる武器なのですよ」
 「『人々を正しい方向に導く』ねぇ……人間ごときがそんな大口叩くなんて千年早いよ」

 彼女は笑顔のまま私に向かってそう言った。
 しかしながらその声には微かに怒気を孕んでいる。

 「欲深い生命体を導くのがどれだけ大変か、私に負けて思い知ると良いよ」

 その声を合図に周囲から大きな音が鳴り響いた。
 周囲に合った牛草秋良人形が動き始めて私に襲い掛かって来ているのだ。

 数は目で追える数で50体ほど。
 
 「るるちゃん、力を借りるのですよ」

 私はハンマーを構え直してスゥっと一呼吸をおいた。
 目の前に居る堕天使はきっと今までとは比べ物にならない強敵。
 それでもー
 
 「レイジネス・シン!!」

 私の考えに賛同してくれた『シンガン』の皆がくれたこのチャンスを無駄にはしない
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