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1章 出会い

デート夕暮 鳥の怪異

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 ペチャリ……彼女が吐き捨てたガムが地面に張り付く。
 唐突な彼女のその行動に俺は唖然として言葉が出なかった。

 「結構うるさいね‥‥‥頭が割れそう、アキラは大丈夫?」
 
 そう言いながらこちらに歩み寄る彼女の雰囲気が今までの物とは明らかに違った。
 安心感を強制的に湧き上がらせているような、暖かいものに威圧されているかのような……そんな何かが彼女の身体中からあふれ出ているような気がした。

 『ハネナシ、ミツケタ!!ミツケタ!!』
 
 頭に響く声が大きくなる。
 突如として神社の地面を揺らす大きな衝撃と舞い上がる砂埃。

 砂をぬぐいながらチラリと目を開けると……そこには動画で見た通りの化け物が居座っていた。

 目のような模様が特徴的な孔雀の羽で作ったであろう扇子。
 深い緑色のワンピースを着た女性の体、人体にはそぐわない不気味でリアルな鳥の頭。

 「すひっ、すひっ」

 俺の口から出るのは呼吸をひきつったような音ともいえない何かだった。
 ガツンと言う音を立てて地面に腰を落とした衝撃にも、ぐらりと移動する視界にも意識を向けられない。
 俺の身体に許されていたのはただただ怯えることだけだった。

 『ミツケタ、ミツケタ ゴッ、ガッ』

 目の前の化け物はくちばしをガバっと開け、気味が悪い音を喉で鳴らす。

 『相変わらず人間を誑かすたぶらかすのがお好きなんですね』
 「君の方こそ、随分追いかけっこが好きみたいだね」

 ガーっと開けっ放しになっている化け物のくちばしからは、さっきのとは少し違う女性の声が流れてくる。

 「アメリカはもう飽きちゃったの?あそこは土地が広いんだからもっと観光すればよかったのに」
 『私の目は欲におぼれるものに有らず、ただ使命を執行するのみ。あなたの盗んだ禁斧キンフチェレクスと大魔女キルケーの日誌を回収するという使命を』

 聞きなれないアニメで出てくるような名詞を言い放つ化け物。
 「何だ中二病か?」なんてツッコミを入れることも出来ない……張りつめて殺気だった空気が俺を包み込む。

 『そこの人間、この女を捨てて今すぐ去りなさい。今ならまだ取り返しがつきます』

 鳥頭の化け物はくちばしを開けたまま、手に持っていた扇子を俺に向ける。
 その瞬間、何かに支えられるような感覚が全身に走る。

 ふわりと立ち上がる体。
 さっきまでは恐怖でろくに動きやしなかった体が嘘のように稼働する。

 『その女はあなたに破滅しかもたらしません。この状況を見れば一目瞭然でしょう?』

 化け物の言葉がすっと俺の心に侵入してくる。
 あの化け物の言葉がなぜが嘘には思えないのだ。

 ファナエルは俺に破滅をもたらす存在で……よく分からない物を盗んだ大罪人である。
 悪いことは言わない、この場を立ち去って彼女を捨てるのが一番いい。

 そんな化け物の警告が頭の中で反芻する。
 立ち上がった俺は怖くなって彼女の顔を恐る恐る覗き込んだ。
 
 『大丈####‥‥私の好きなアキラは###。####みたいに私を見捨てたりしない』

 彼女の少し不安そうな顔をを見た瞬間……小さくノイズが掛かったその言葉が俺の頭に響いてきた。
 それのノイズ交じりの言葉と一緒にフラッシュバックしたのは彼女と過ごした今日のデートだ。

 俺が不安な時は手をぎゅっと握って安心を与えてくれた彼女。
 誰にも打ち明けられない心の一部を教えてくれた彼女。
 神社の階段で「アキラは私を見捨てない?」と不安そうな顔で言ったいた彼女。

 そうだ……俺の知ってるファナエルは!!

 「大丈夫、大丈夫だから」

 初めて出来た好きな人で、初めて勇気を出して告白した人で、俺の不安を癒してくれた人で、何があっても見捨てたくないって思った人だ!!

 「俺は見捨てないから……ずっとそばにいるから」
 
 ぎこちない声を出して彼女の左手をぎゅっと俺は握った。
 捨てられないだろうかと不安がっていた彼女の心を安心させるために、たったそれだけの為に強く強く彼女の手を握る。

 「ありがとう、アキラ。私との約束を守ってくれて」

 そんな俺の手を彼女も強く握り返す。
 彼女は俺の右手を握ったまま、鳥頭の化け物から俺を守るように体を寄せる。

 「アキラ、私が合図するまで目を閉じてて」
 「ああ、分かった」

 彼女に言われら通り目をつぶる。

 『……なんと愚かな。仕方がない、そこの人間も一緒に処理をしましょうか』

 目を閉じたからなのか、さっきより鳥あたまの声が大きくなる。
 頭をつんざくような化け物の声はしばらくして激痛に変わる。

 『これだ####痛いでし###?この女と一緒に###これから##こんな痛みを味わうことに#####』
 「私はやっと見つけたんだ‥‥‥だから邪魔しないで、アルゴス」

 今まで聞いたこともないドスの聞いた彼女の声。
 その瞬間、彼女の手を握っていた俺の手の上に生暖かい液体が流れてくる感覚があった。
 
 『ハネナシのだ###が……今はまだこの程度で######が人に手を出した瞬間、あなた######分かりませ##』

 さっきまで聞こえてきていた鳥頭の声にどんどんノイズが混ざっていく。
 そのノイズは刻一刻と、まるで侵食するかのように鳥頭の声を塞いでいく。

 『##########……##########』
 「じゃあ、消えて」

 ノイズが鳥頭の言葉をすべて埋めたその時、ファナエルが静かに放ったその言葉。
 大量の食器を床に落としたのではないかと錯覚するような高音の破裂音が俺の耳に轟いた。

 「いいよ、アキラ」
 「ファナエル‥‥‥それ!!」

 彼女にそう言われて俺はゆっくりと目を開ける。
 目の前に立っていた鳥頭の化け物はどこにもいない。
 
 「ごめんね、手汚れちゃったでしょ」
 「いや、そんなことより大丈夫なのかよそれ!!」
 「大丈夫だよ、本当にこれ大したことじゃないんだ」
 「そ、そんなこと言ったって」

  目を開けたとき、一番最初に写ったもの。
  俺の思考を奪って停止させたもの。

  それは体の左側にベットリと赤い血がついているファナエルの姿だった。
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