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1章 出会い

俺の常識が壊れる音

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 今日の教室は異常だ、クラスメイト達の様子が何だかおかしい。
 
 そんな確信を俺が得たのは教室のドアを開けた瞬間だった。
 年々熱くなっている夏の日差しが起こしたものとは違う熱気がクラスメイト達を包み込んでいる。

 夏休みの期間が一か月伸びる宣言でも下されたのか?
 日本中の高校生に政府が10億円払ってくれる法案でも可決されたのか?
 食べるだけで理想のボディラインが作れる薬が開発でもされたのか?

 男子生徒を中心に湧き上がりまくっているこの惨状を理解するために頭に浮かんでくる荒唐無稽な想像をよそに俺はさっと自分の席に座る。

 「おう秋良!!今日はいい朝だな!!!」
 「痛ってぇ……なんだ、はじめかよ」
 「なんだって、秋良は今日も冷めてるな~。こんなにおめでたい日だってのによ!!」

 始はそう言いながら俺の背中をバンバンと叩く。
 挨拶代わりに背中を叩くのはアイツお得意のコミュニケーションツールであるが、痛みを感じる威力で叩いてきたのは今日が初めてだ。

 こいつも教室中に充満しているこの熱気に侵されているんだろうか?
 確かに始は俺とは違い、学校イベントごとに全力で取り組む熱血系の陽キャだが、今日のアイツは去年の運動会や文化祭の時よりも興奮しているような気がする。

 「なぁ、今日何かあるのか?」
 「はぁぁ!!お前知らねぇの。転校生が来るんだよ、転校生!!」
 「て、転校生ぃ?」
 「そうだよ、このなんにもない田舎の高校にめっちゃ可愛い女の子が転校してくるんだとよ!!」

 そこまで言うほど田舎じゃねーだろと始にツッコミを入れながら俺はその情報を咀嚼する。
 転校生がやってくる……確かに中々体験することのない珍しいイベントだ。
 しかもそれが『めっちゃ可愛い女の子』、男子生徒も女子生徒も皆が喜ぶ存在である事は間違いない。

 「なるほどなぁ……それで今日皆浮かれてんだな」
 「なんだよ、お前嬉しくねーのかよ」
 「だって俺には関係ないだろ」

 ピシャリと放った俺の言葉を聞いた始は先ほどにも増した熱量を持って口を開く。

 「関係ないじゃねーよ、関係を作りに行くんだよバカ!!美少女が転校してくるなんて恋愛小説やギャルゲで重宝されてる伝家の宝刀レベルのシチュエーションが実現しようとしてるんだぞ」
 「お前まさか……その転校生に告白しようってんじゃないだろうな」
 「あったり前だろ、きっと今日来る転校生は年齢=彼女いない歴同盟を交わした俺達の為に神様が使わしてくれた天使なんだ」

 まだ姿も見ていないというのに大層な言葉で転校生を褒めたたえる始の言葉を聞きながら、俺は視線を自分の腹に向ける。
 制服をダボっと着こなすことで何とか誤魔化せてはいるものの、右手で少しつまんでみればいつもの柔らかい感触が跳ね返ってくる。

 間食も減らして今まで全くしていなかった運動も週1で始めたというのに、いつまでの俺の身体にしがみついてくる怠惰の象徴に対し軽くため息をつく。

 「やっぱ俺には関係のない話だよ。きっと転校生は俺に興味を示さないさ」
 「いいや!!そんなことは無い。俺には分かるぞ、転校生を見た瞬間お前は中学校の頃に持っていたあの情熱を思いだー」

 俺の両肩を掴み、何かを強く訴えようとしていた始の言葉がキンコンカンコンとなるチャイムの音で遮られる。
 教室に入ってきた担任教師により、始を含むクラスメイト達全員が指定の座席に座らされていた。

 いつもはひどく静かな朝のホームルームなのに今日はガヤガヤと騒がしい。
 やっぱり男は皆、転校生と付き合えるかも知れないなんて夢を見ているのだろうか。

 ……そりゃぁ俺だって、女の子と付き合いたいって欲望はある。
 でも、平均に届かないこの身長と学力、小学の頃からの付き合いであるこの腹の事を考えるたびに、自分はそんな浮ついた絵空事を考えて良い立場の人間ではないという思いに駆り立てられてしまう。

 だって俺が今までにちゃんと努力をしていればこんなコンプレックスを抱えることは無かったと、ネットや本や有名人や人気者のクラスメイトを見るたびに確信してしまうからだ。

 「それじゃあ、ファナエルさん。教室へどうぞ」

 先生のその一言で教室中に広まっていた喧騒は静まり、それに合わせて自分の世界から抜け出した俺はパッと前を向く。
 その瞬間、さっきまでこねくり回していた俺の屁理屈が完膚なきまでに叩き壊されるような音が聞こえた。

 「皆さん初めまして。ファナエル・ユピテルです」

 透き通ってしまいそうなほどの綺麗な声。
 日本刀みたいに綺麗な銀色をした長い髪。
 宝石を詰め込んでいるのではないかと勘違いしてしまうほどの緑色の瞳。

 ファナエルと名乗った転校生はまさしく、人間とは思えない天使のような女性だった。
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