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三日目

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 どうやって家に帰ったのか、覚えていない。
 カーテンから差し込む光で目を覚ました。

「……おはよ」

 おはよう、と可憐な声が響く。
 まったく可愛い声だ、羨ましい。

 一昨日からつけっぱなしのテレビでは、少女の失踪事件が連日報道されていた。
 見ず知らずの彼女について、色んな事が分かってきた。

 彼女は県内の私立高校に通う一年生。
 学校では多少トラブルがあったものの、イジメと断定できるものではなかった。
 家庭環境に問題は無く、金銭面でも困っていない。
 反抗期はあったが、まる二日も帰らない事は今までに無かった。

 コメンテーターが色々な可能性について語り合っている。
 どうやったら少女の失踪から、SNSの危険性についての議論に飛ぶのか。

 まったく関係が無い。
 SNSもイジメも家庭も金銭も、まったくもって関係が無い。
 私が殺した、それだけの事だ。

「ふぅーっ」

 タバコに火をつけた。
 タバコ禁止のアパートだが、もう関係ない。
 私はもうすぐ去ることになるのだから。

 業務用洗剤はほとんど使い切った。
 同時に、彼女の身体中のタンパク質は削げ落ち、ほとんど骨だけになっていた。

 私は湯船に溜めてあった溶けた肉片をバケツに汲み出すと、少しずつトイレに流した。
 赤、というよりは黒いヘドロのような半固形物が、便器の中にどんどん吸い込まれていくサマは、何だか滑稽だった。

 私は鼻歌を歌いながら作業を続け、数時間かけてようやく全ての肉を流し終えた。
 終わるまで一回も詰まらなかったのは奇跡だ。
 溶かしながら切り刻んだのが功を奏したのだろう。

 私は風呂の壁面についた人間の油をシャワーで流しながら、骨だけになって散らばっている彼女を見た。
 だいぶ小さく、軽くなった。

 あとはこの骨を少しずつ砕いて、川にでも流せば良い。
 そう思っていたのだが、正直もう疲れた。
 ここまででかなり体力を使った。
 彼女の骨を小さくまとめて外へ持ち出し、全て粉砕し、目立たない河原へ運ぶだけの気力も体力も、もう残されていなかった。

「やりたくないな」

 まだまだ残された作業量を思い、途方に暮れる。
 その時。

──ピンポーン

 インターホンが鳴った。
 モニターやスピーカー付きではないので、玄関を開けて出る。

「はい?」
「警視庁捜査一課の者です」

 男はそう言って、警察手帳を見せた。

 ちょうどよかった。
 心からそう思った。

「二日前にこの付近で行方不明になった女子高校生について調べているんですが、何か心当たりはございませんか」

 そう言って見せられた写真は、やはり生で見た彼女ほど美しくなかった。

「殺しました」

 私は食い気味に答えた。


***


 私の家には、たくさんの警察が入り込んできた。
 私はその場で手錠をかけられ、集まってきたパトカーの一つに乗せられた。
 隣のシートに座った年配の警察が口を開く。

「なんだ、妙におとなしいな」

 それはそうだろう。
 抵抗する気も無いし、そんな元気も無い。

 走り出したパトカーの中で、彼は悲しそうな目でじっと私を見た。

「お前、まだ若ぇのに……。なんで殺した?」

 私はその目を見つめ返した。

「夕焼けが、綺麗だったから」
「……そうか」

 それだけ言うと、彼は黙って前を向いた。
 私も黙って窓の外を見た。

 ゆっくりと濡らすように街を包み込む、紫色の夕焼け。
 それはさみしく、そして美しい。

 まるで彼女だ、と私は思った。
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