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一日目

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 夕焼けが綺麗だった。
 すごくすごく綺麗だった。
 人を殺してみようと思った。

 一瞬だった。
 気付けば私は、彼女の首に両手の指を食い込ませていた。

 仰向けに倒れた彼女。
 鬱血していた顔はみるみるうちに白く、冷たくなった。

「おい。おーい」

 肩を叩いても返事は無い。
 呼吸も鼓動も無い。
 名前も知らない彼女は、完全に息絶えたようだ。

 私は辺りを見渡す。
 誰も見ていない。

「ふぅーっ」

 妙な達成感を味わい、息を吐きだした。

 言葉を交わすことも無く、会釈すら無いままにすれ違うはずだった、見知らぬ彼女。
 今は目の前で、ただ黙って横たわっている。

「よいしょ」

 とりあえず、私は彼女を背負いあげた。
 意識の無い人間を運ぶのは困難だと聞いていたが、思ったより容易い。
 華奢で助かった。
 折れやすい花は美しい、折れてしまった花はもっと美しい。
 そう思った。

 沈みゆく街と、一人分の抜け殻を背に、私は自宅へ向かった。
 いつも寄るコンビニへは寄らなかった。

 魂の重さは何グラムだとか、そういうことが気にならないぐらい彼女は軽かった。
 命ひとつとタバコ一本、大差は無いような気がした。


***


 家に着いた。
 彼女を床に寝かせ、服を脱がせる。

 第二次性徴を迎えたばかりの華奢な身体。
 私にはこんな時代は無かった、と、膨らみかけの胸を羨ましく思った。

「どうしよっかなぁ」

 人間はタンパク質の塊だ。
 強い塩基や酸に漬ければ、筋肉を溶かせるだろうか。

「キッチン洗剤……」

 私はさっき通り過ぎたコンビニへ向かった。


***


 小さい。
 小さすぎるのだ。
 コンビニに売っているようなサイズの洗剤では、少女を一人漬け込むことなどできない。

 すっかり暗くなった街を抜けて、私はホームセンターを目指した。

 業務用の塩基洗剤を買えるだけに加え、ノコギリ、特大の寸胴鍋を買った。
 XLサイズの袋に入れてもらったそれらを、肩へ担ぐようにして運ぶ。
 彼女の身体よりも重い気がした。

 それにしても寒いな。
 さみしい。
 昔から、寒いとさみしくなる。
 さみしいのは嫌だ。
 早く家に帰ろう。


***


「ただいまー」

 返事は無い。
 美しい顔で眠る彼女の横で、買ってきたものを広げる。

 彼女を体育座りの形にして、鍋へ押し込んでみる。
 やはり入らない。
 ノコギリを買ってきて正解だった。
 やはりここで思案しているよりも、実際に店に行ってみると考えが沸いてくるものだなと、何かそんなことわざがあった気がするなどと、一人笑ってみる。

 私は彼女の身体を担ぎ、風呂場へと向かった。
 この美しい身体に刃を入れるのには抵抗があるが、仕方ないことだ。
 これ以上大きな鍋は無いのだから。
 仮にあったとしても、うちにある卓上コンロでは支えきれない。

「悪く思わないでね」


***


 彼女の身体の三分の一ほどを鍋に入れ、洗剤を注ぐ。
 それを卓上コンロで煮るのは、反応を早めるため。
 分量を加減したので、放っておいても吹きこぼれることは無さそうだ。

「おなかすいたな」

 昨日買ってあったプリンを出して、食べる。
 マズい。
 何の気なしにテレビをつけて、バラエティをぼんやりと眺めた。
 つまらない。
 つまらないのだ、人生のたいていの事はつまらない。

 彼女の物言わぬ唇を、光を失った瞳を。
 ただじっと見つめていられたなら、人生は遥かに面白かっただろう。
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