出会い系アプリの無い異世界は退屈すぎるので、俺が作ります!

ラケット

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第2章 傷と愛に走る

第8話 初めてのガチ恋

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 東区6番街にある売春宿”マーメイド・ドリーム”に、黒髪黒眼の珍妙な男が現れた。

「よーう、邪魔するぜ」

 彼は強面の店主ドリドに怯む様子もなく、半笑いで会釈した。

「おっと、こっちは従業員用出入り口でな。お客さんなら回ってあっちの扉から……」
「いや、俺は客じゃないんだ」

 終始柔らかい笑顔を浮かべているが、この男からは何か異質なオーラが放たれている。
 パールはそう感じ取った。

「アンタが店長さんだな。実は営業で来たんだが、話だけでも聞いてもらえないか」
「チッ、またか。だから新聞は取らねえって」
「違う違う」

 男は笑顔のまま、一枚の紙を取り出してドリドに見せた。

「俺はリヒト。区の酒場でこういうサービスをやっているものだ」
「出会いの掲示板ラヴ・クエスト……?」
「まっ、要するに男女の出会いの場だな」

 ドリドはチラシを受け取り、文章をよく読んでみた。

「ふーん……?」

(掲示板で募集して匿名で出会えるだと? 専用のコインを買ってメッセージを送り合うのか。怪しい点は多いが、画期的なビジネスだ……これをこのガキが考えたのか?)

 ドリドは怪しみながらも興味を持ち、リヒトの顔を睨んだ。
 正確には、睨んでいなくても睨んでいるように見えた。
 ドリドという男はそのくらい強面なのだ。

「で、リヒトよお。これをどうしろって? 俺は別に出会いなんて求めちゃいねえんだが」
「出会いってのはなにも恋愛目的だけじゃねえんだ。どうだい? これを、おたくの女の子たちの営業に使うってのは」
「へーえ、やっぱりそう来たか」

(バックは売り上げの二割ってとこか。ガキのくせに黒い商売しやがる)

 さしずめ、娼婦が男と出会うのを手伝う代わりに売上の一部をよこせということなのだろう。
 ドリドはそう考えた。

「ちなみに、入会料もコインも無料でいいぜ。バックも取らん」
「な、なんだと!?」

 ドリドは机をバンと叩いて立ち上がった。

「どういうつもりだ? まさかうちの従業員を移籍させようってハラじゃねぇだろうな?」
「いやいや、決してそんなことは。実はこのサービスもまだ初期段階でな。とにかく女性の会員数を増やしたいんだ。売春宿の店長さんなら分かるだろ?」
「……なるほどな。男は金づるだが、女は在籍してるだけで価値があると」
「そゆこと~」

(おもしれぇガキだ。怪しさは拭えねえが、底知れぬ商才を感じる)

「で、どうだい? 試しに一人だけでも」
「そうだな……おいパール、てめえ入会してみろ」
「あっ、えっ?」

 突然自分に話が飛んできたので、パールは驚いた。

「今の話聞いてたろ? 出会いの掲示板だってよ。どうせ普通にしてたってそのツラじゃ客はつかねえんだから、やってみろって」
「は、はい」

 別に何をしたって変わりはしない。
 ドリドの言う通り、こんな顔の自分に固定客なんてつかないし、借金も減らない。
 内心諦めつつも、パールはとりあえず従っておいた。

「えーっとパールちゃんだね。俺はリヒト。よろしくな」
「……よろしくお願いします」

 その日からパールはラヴクエを使い始めた。
 と言っても、どうせ頑張っても意味が無いと思い、プロフィールはてきとうに埋めた。
 メッセージの文章は使いまわし。

 男と会って酒を飲み、そのまま連れ込み宿ラブホテルへ入って対価をもらう日々。

 ラヴクエ会員の男は積極的なので、自分から誘う必要が無いのは楽だった。
 わずかだがリピーターがつき、利益も上がり始めた。

 カインと出会ったのは、その矢先だった。

***

「……綺麗だ」

 転んだ拍子に露わになった火傷痕を見て、カインは確かにそう言った。

「綺麗……?」

 不思議な胸の高鳴りがパールを襲った。

 ずっとコンプレックスだった。
 イメージが悪いからとドリドに言われ、前髪を伸ばして隠してきた痕だ。
 それをこの男は、綺麗だと言ったのだ。

「あ、ありがと」

 パールはカインの手を借りて立ち上がると、前髪を直した。

(そうだ……私は営業のためにここに来たんだ)

 パールは、自分がラヴクエに入会した目的を思い出した。
 雰囲気に飲み込まれている場合ではない。
 コンプレックスを褒められて、嬉しくなっている場合ではないのだ。

「あの、さ……お願いがあるんだけど」
「何?」

 いつも口にしている『銀貨4枚でどうですか? どうしてもお金が必要で』のセリフが、今日はなぜだが出てこなかった。

「どうしたの?」
「えっと……」

 パールは目の前のこの男に、金を払わせたくなかった。
 ただ純粋に、一人の女性として彼に抱かれたいと思った。

「……なんでもない。行こ」
「お、おう」

 稼ぎが無かったら、またドリドに怒られるだろうか。
 そんな考えをかき消すように、パールはカインの右手をぎゅっと握りしめた。

 二人はほとんど無言のまま、吸い込まれるように連れ込み宿ラブホテルへ入ったのだった。
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