9 / 12
第2章 傷と愛に走る
第8話 初めてのガチ恋
しおりを挟む
東区6番街にある売春宿”マーメイド・ドリーム”に、黒髪黒眼の珍妙な男が現れた。
「よーう、邪魔するぜ」
彼は強面の店主ドリドに怯む様子もなく、半笑いで会釈した。
「おっと、こっちは従業員用出入り口でな。お客さんなら回ってあっちの扉から……」
「いや、俺は客じゃないんだ」
終始柔らかい笑顔を浮かべているが、この男からは何か異質なオーラが放たれている。
パールはそう感じ取った。
「アンタが店長さんだな。実は営業で来たんだが、話だけでも聞いてもらえないか」
「チッ、またか。だから新聞は取らねえって」
「違う違う」
男は笑顔のまま、一枚の紙を取り出してドリドに見せた。
「俺はリヒト。区の酒場でこういうサービスをやっているものだ」
「出会いの掲示板ラヴ・クエスト……?」
「まっ、要するに男女の出会いの場だな」
ドリドはチラシを受け取り、文章をよく読んでみた。
「ふーん……?」
(掲示板で募集して匿名で出会えるだと? 専用のコインを買ってメッセージを送り合うのか。怪しい点は多いが、画期的なビジネスだ……これをこのガキが考えたのか?)
ドリドは怪しみながらも興味を持ち、リヒトの顔を睨んだ。
正確には、睨んでいなくても睨んでいるように見えた。
ドリドという男はそのくらい強面なのだ。
「で、リヒトよお。これをどうしろって? 俺は別に出会いなんて求めちゃいねえんだが」
「出会いってのはなにも恋愛目的だけじゃねえんだ。どうだい? これを、おたくの女の子たちの営業に使うってのは」
「へーえ、やっぱりそう来たか」
(バックは売り上げの二割ってとこか。ガキのくせに黒い商売しやがる)
さしずめ、娼婦が男と出会うのを手伝う代わりに売上の一部をよこせということなのだろう。
ドリドはそう考えた。
「ちなみに、入会料もコインも無料でいいぜ。バックも取らん」
「な、なんだと!?」
ドリドは机をバンと叩いて立ち上がった。
「どういうつもりだ? まさかうちの従業員を移籍させようってハラじゃねぇだろうな?」
「いやいや、決してそんなことは。実はこのサービスもまだ初期段階でな。とにかく女性の会員数を増やしたいんだ。売春宿の店長さんなら分かるだろ?」
「……なるほどな。男は金づるだが、女は在籍してるだけで価値があると」
「そゆこと~」
(おもしれぇガキだ。怪しさは拭えねえが、底知れぬ商才を感じる)
「で、どうだい? 試しに一人だけでも」
「そうだな……おいパール、てめえ入会してみろ」
「あっ、えっ?」
突然自分に話が飛んできたので、パールは驚いた。
「今の話聞いてたろ? 出会いの掲示板だってよ。どうせ普通にしてたってそのツラじゃ客はつかねえんだから、やってみろって」
「は、はい」
別に何をしたって変わりはしない。
ドリドの言う通り、こんな顔の自分に固定客なんてつかないし、借金も減らない。
内心諦めつつも、パールはとりあえず従っておいた。
「えーっとパールちゃんだね。俺はリヒト。よろしくな」
「……よろしくお願いします」
その日からパールはラヴクエを使い始めた。
と言っても、どうせ頑張っても意味が無いと思い、プロフィールはてきとうに埋めた。
メッセージの文章は使いまわし。
男と会って酒を飲み、そのまま連れ込み宿へ入って対価をもらう日々。
ラヴクエ会員の男は積極的なので、自分から誘う必要が無いのは楽だった。
わずかだがリピーターがつき、利益も上がり始めた。
カインと出会ったのは、その矢先だった。
***
「……綺麗だ」
転んだ拍子に露わになった火傷痕を見て、カインは確かにそう言った。
「綺麗……?」
不思議な胸の高鳴りがパールを襲った。
ずっとコンプレックスだった。
イメージが悪いからとドリドに言われ、前髪を伸ばして隠してきた痕だ。
それをこの男は、綺麗だと言ったのだ。
「あ、ありがと」
パールはカインの手を借りて立ち上がると、前髪を直した。
(そうだ……私は営業のためにここに来たんだ)
パールは、自分がラヴクエに入会した目的を思い出した。
雰囲気に飲み込まれている場合ではない。
コンプレックスを褒められて、嬉しくなっている場合ではないのだ。
「あの、さ……お願いがあるんだけど」
「何?」
いつも口にしている『銀貨4枚でどうですか? どうしてもお金が必要で』のセリフが、今日はなぜだが出てこなかった。
「どうしたの?」
「えっと……」
パールは目の前のこの男に、金を払わせたくなかった。
ただ純粋に、一人の女性として彼に抱かれたいと思った。
「……なんでもない。行こ」
「お、おう」
稼ぎが無かったら、またドリドに怒られるだろうか。
そんな考えをかき消すように、パールはカインの右手をぎゅっと握りしめた。
二人はほとんど無言のまま、吸い込まれるように連れ込み宿へ入ったのだった。
「よーう、邪魔するぜ」
彼は強面の店主ドリドに怯む様子もなく、半笑いで会釈した。
「おっと、こっちは従業員用出入り口でな。お客さんなら回ってあっちの扉から……」
「いや、俺は客じゃないんだ」
終始柔らかい笑顔を浮かべているが、この男からは何か異質なオーラが放たれている。
パールはそう感じ取った。
「アンタが店長さんだな。実は営業で来たんだが、話だけでも聞いてもらえないか」
「チッ、またか。だから新聞は取らねえって」
「違う違う」
男は笑顔のまま、一枚の紙を取り出してドリドに見せた。
「俺はリヒト。区の酒場でこういうサービスをやっているものだ」
「出会いの掲示板ラヴ・クエスト……?」
「まっ、要するに男女の出会いの場だな」
ドリドはチラシを受け取り、文章をよく読んでみた。
「ふーん……?」
(掲示板で募集して匿名で出会えるだと? 専用のコインを買ってメッセージを送り合うのか。怪しい点は多いが、画期的なビジネスだ……これをこのガキが考えたのか?)
ドリドは怪しみながらも興味を持ち、リヒトの顔を睨んだ。
正確には、睨んでいなくても睨んでいるように見えた。
ドリドという男はそのくらい強面なのだ。
「で、リヒトよお。これをどうしろって? 俺は別に出会いなんて求めちゃいねえんだが」
「出会いってのはなにも恋愛目的だけじゃねえんだ。どうだい? これを、おたくの女の子たちの営業に使うってのは」
「へーえ、やっぱりそう来たか」
(バックは売り上げの二割ってとこか。ガキのくせに黒い商売しやがる)
さしずめ、娼婦が男と出会うのを手伝う代わりに売上の一部をよこせということなのだろう。
ドリドはそう考えた。
「ちなみに、入会料もコインも無料でいいぜ。バックも取らん」
「な、なんだと!?」
ドリドは机をバンと叩いて立ち上がった。
「どういうつもりだ? まさかうちの従業員を移籍させようってハラじゃねぇだろうな?」
「いやいや、決してそんなことは。実はこのサービスもまだ初期段階でな。とにかく女性の会員数を増やしたいんだ。売春宿の店長さんなら分かるだろ?」
「……なるほどな。男は金づるだが、女は在籍してるだけで価値があると」
「そゆこと~」
(おもしれぇガキだ。怪しさは拭えねえが、底知れぬ商才を感じる)
「で、どうだい? 試しに一人だけでも」
「そうだな……おいパール、てめえ入会してみろ」
「あっ、えっ?」
突然自分に話が飛んできたので、パールは驚いた。
「今の話聞いてたろ? 出会いの掲示板だってよ。どうせ普通にしてたってそのツラじゃ客はつかねえんだから、やってみろって」
「は、はい」
別に何をしたって変わりはしない。
ドリドの言う通り、こんな顔の自分に固定客なんてつかないし、借金も減らない。
内心諦めつつも、パールはとりあえず従っておいた。
「えーっとパールちゃんだね。俺はリヒト。よろしくな」
「……よろしくお願いします」
その日からパールはラヴクエを使い始めた。
と言っても、どうせ頑張っても意味が無いと思い、プロフィールはてきとうに埋めた。
メッセージの文章は使いまわし。
男と会って酒を飲み、そのまま連れ込み宿へ入って対価をもらう日々。
ラヴクエ会員の男は積極的なので、自分から誘う必要が無いのは楽だった。
わずかだがリピーターがつき、利益も上がり始めた。
カインと出会ったのは、その矢先だった。
***
「……綺麗だ」
転んだ拍子に露わになった火傷痕を見て、カインは確かにそう言った。
「綺麗……?」
不思議な胸の高鳴りがパールを襲った。
ずっとコンプレックスだった。
イメージが悪いからとドリドに言われ、前髪を伸ばして隠してきた痕だ。
それをこの男は、綺麗だと言ったのだ。
「あ、ありがと」
パールはカインの手を借りて立ち上がると、前髪を直した。
(そうだ……私は営業のためにここに来たんだ)
パールは、自分がラヴクエに入会した目的を思い出した。
雰囲気に飲み込まれている場合ではない。
コンプレックスを褒められて、嬉しくなっている場合ではないのだ。
「あの、さ……お願いがあるんだけど」
「何?」
いつも口にしている『銀貨4枚でどうですか? どうしてもお金が必要で』のセリフが、今日はなぜだが出てこなかった。
「どうしたの?」
「えっと……」
パールは目の前のこの男に、金を払わせたくなかった。
ただ純粋に、一人の女性として彼に抱かれたいと思った。
「……なんでもない。行こ」
「お、おう」
稼ぎが無かったら、またドリドに怒られるだろうか。
そんな考えをかき消すように、パールはカインの右手をぎゅっと握りしめた。
二人はほとんど無言のまま、吸い込まれるように連れ込み宿へ入ったのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
婚活小説 婚活戦争 ~結局、男は年収、女は年齢で選ばれるのか?~
天野桃子
恋愛
【リアル体験型小説】書籍化のため、本文削除となりました。AmazonKindle電子書籍で販売中です。応援くださいました皆様ありがとうございます。現在、watさん(30代半ば男子)の婚活成功体験談を公開中です。心より感謝をこめてm(__)m
異世界で「出会い掲示板」はじめました。
佐々木さざめき
ファンタジー
ある日突然、ファンタジーな世界に転移してしまった!
噂のチートも何もない!
だから俺は出来る事をはじめたんだ。
それが、出会い掲示板!
俺は普通に運営してるだけなのに、ポイントシステムの導入や、郵便システムなんかで、どうやら革命を起こしてるらしい。
あんたも異世界で出会いを見つけてみないか?
なに。近くの酒場に行って探してみればいい。
出会い掲示板【ファインド・ラブ】
それが異世界出会い掲示板の名前さ!
クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!
規約違反少女がマッチングアプリで無法すぎる!
アメノヒセカイ
恋愛
『更新』
週1更新。
毎週土曜日23時
番外編
エブリスタにて、「新年、悪夢で目覚めたんだが?」と同じ内容です。
『あらすじ』
学生専用マッチングアプリに登録したヒウタは、一人の女性と出会う。
しかし、その女性は高校の制服を着ていて。
これは、恋愛を全くしてこなかったヒウタが、マッチングアプリに出会い、自身の恋活と様々な恋愛の形に奮闘する物語である。
☆略は『キヤマチ』です。
・お気に入り登録、感想で更新を頑張ります!
応援よろしくお願いします!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる