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第1章 恋は即断即決
第5話 成就が早すぎる件
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次の日。
一組の男女がビッグハット亭を訪れていた。
「リヒトさん。実は僕たち、付き合うことになりました!」
「……は?」
リヒトは思わず片眉をひそめたまま固まった。
客席からヤジが飛ぶ。
「誰だか知らんがめでたい! 幸せにな!」
「浮気すんじゃねえぞ、兄ちゃん!」
「男前とべっぴんさん、画になるカップルじゃねえか」
昼間から飲んだくれているオヤジどもの喝采を浴びるのは、昨日ラヴクエに入会したばかりのトムス。
そしてその横に立っている女性は、まさしく“のんのん”である。
(まさか入会して一発目の初回デートで……!? 思い切ったな……)
リヒトはしばらく呆気に取られていたが、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて二人の顔を見た。
「信じられ……い、いや、とにかくおめでとう! うん、めでたいことだ! ラヴクエの快挙だ!」
「ありがとう! 一日だけだけど、世話になったね! じゃあ僕はこれで退会ということで──」
「そうね。私も退会を──」
差し出された二枚の会員証を、リヒトは手のひらで突き返した。
「いや、待ってくれ」
──別れたときに使えるからな。
その言葉をすんでのところで呑み込むと、リヒトは別の言葉を紡いだ。
「会員証はほら、アレだよ、アレ……記念に取っとけよ。な?」
一瞬の沈黙の後、トムスとのんのんは見つめ合って笑った。
「それもそうだな」
「そうね。私たちを出会わせてくれた会員証だもの」
(ちっくしょう、初めの50コインすら使い切ってないんじゃ、利益にならねえじゃねえか!)
心の中でそう毒づきながら、二人と握手を交わすリヒト。
その後ろでは配達員のウリルが「おめでとッス~!」と叫びながら紙吹雪を撒き散らしている。
リヒトは別に、カップルを成立させたくてラヴクエを始めたわけではない。
ラヴクエが事業である以上、第一の目的はもちろん収益を上げる事。
さっさと成就されてしまっては、収益に繋がらない。
(しかしまあ、こういう実績は宣伝になるからな……。前向きに考えるんだ、何としても元は取る!)
リヒトは思考を巡らせた。
ラヴクエがスタートして数か月。
半ば無理矢理に誘って入会させた酒場の常連たちを始め、会員たちはラヴクエのサービスにそれなりに満足しているようだった。
しかしそのほとんどは真面目な恋愛など求めていない、いわゆる”遊び目的”の男女ばかり。
どうせならこれからは、真剣交際の相手を探している人間もマーケティングの視野に入れていきたいと、リヒトは最近思い始めていたところだった。
「そうだ! じゃあお二人さん、めでたいついでに一筆お願いしても良いかい?」
「一筆?」
リヒトは一枚の紙を取り出して目の前に置いた。
それはクエストの詳細を書いておくための用紙だった。
「交際スタートの記念にさ、ここにお互いへの想いとか、これからどんなカップルになりたい、みたいなのを書いてくれると嬉しいなーなんて」
「書きます書きます!」
付き合い始めのカップルは、キャッキャウフフしながら文章を書き始めた。
「おめでとッス~! おめでとッス~!」
「ウリル、その辺にしておけ。紙がもったいない。あと掃除が面倒だ」
「はいッス! 掃除開始~!」
床じゅうに散らばった紙吹雪をウリルが掃除し終えた頃、トムスたちカップルは用紙を書き終えてリヒトに手渡した。
ニックネームの欄には『トースト&のんのん』。
タイトルは『私たち、付き合います!』という安直なものだった。
「ふーん……上出来だ」
ざっと目を通したリヒトは満足げに笑うと、その用紙を掲示板最上部の目立つところに貼りつけた。
「それじゃあ僕たちはこれで。リヒトさん、本当にありがとう。あなたが声をかけてくれなかったら、僕は──」
トムスの嬉しそうな顔を横目で見ながら、リヒトは考えた。
(利益にはならなかったが……幸せカップルの誕生を見届けて感謝されるってのも、案外悪くねぇかもな)
自分の作ったサービスのおかげで正規カップルが誕生した事に対し、リヒトは不思議な達成感のようなものを感じていた。
「……良かったな、二人とも。幸せになれよ」
「「はい!」」
それから数年後、二人は再びこの用紙に一筆したためることとなる。
その際のタイトルが『私たち、結婚します!』である事を、今はまだ誰も知らない。
(第一章 完)
一組の男女がビッグハット亭を訪れていた。
「リヒトさん。実は僕たち、付き合うことになりました!」
「……は?」
リヒトは思わず片眉をひそめたまま固まった。
客席からヤジが飛ぶ。
「誰だか知らんがめでたい! 幸せにな!」
「浮気すんじゃねえぞ、兄ちゃん!」
「男前とべっぴんさん、画になるカップルじゃねえか」
昼間から飲んだくれているオヤジどもの喝采を浴びるのは、昨日ラヴクエに入会したばかりのトムス。
そしてその横に立っている女性は、まさしく“のんのん”である。
(まさか入会して一発目の初回デートで……!? 思い切ったな……)
リヒトはしばらく呆気に取られていたが、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて二人の顔を見た。
「信じられ……い、いや、とにかくおめでとう! うん、めでたいことだ! ラヴクエの快挙だ!」
「ありがとう! 一日だけだけど、世話になったね! じゃあ僕はこれで退会ということで──」
「そうね。私も退会を──」
差し出された二枚の会員証を、リヒトは手のひらで突き返した。
「いや、待ってくれ」
──別れたときに使えるからな。
その言葉をすんでのところで呑み込むと、リヒトは別の言葉を紡いだ。
「会員証はほら、アレだよ、アレ……記念に取っとけよ。な?」
一瞬の沈黙の後、トムスとのんのんは見つめ合って笑った。
「それもそうだな」
「そうね。私たちを出会わせてくれた会員証だもの」
(ちっくしょう、初めの50コインすら使い切ってないんじゃ、利益にならねえじゃねえか!)
心の中でそう毒づきながら、二人と握手を交わすリヒト。
その後ろでは配達員のウリルが「おめでとッス~!」と叫びながら紙吹雪を撒き散らしている。
リヒトは別に、カップルを成立させたくてラヴクエを始めたわけではない。
ラヴクエが事業である以上、第一の目的はもちろん収益を上げる事。
さっさと成就されてしまっては、収益に繋がらない。
(しかしまあ、こういう実績は宣伝になるからな……。前向きに考えるんだ、何としても元は取る!)
リヒトは思考を巡らせた。
ラヴクエがスタートして数か月。
半ば無理矢理に誘って入会させた酒場の常連たちを始め、会員たちはラヴクエのサービスにそれなりに満足しているようだった。
しかしそのほとんどは真面目な恋愛など求めていない、いわゆる”遊び目的”の男女ばかり。
どうせならこれからは、真剣交際の相手を探している人間もマーケティングの視野に入れていきたいと、リヒトは最近思い始めていたところだった。
「そうだ! じゃあお二人さん、めでたいついでに一筆お願いしても良いかい?」
「一筆?」
リヒトは一枚の紙を取り出して目の前に置いた。
それはクエストの詳細を書いておくための用紙だった。
「交際スタートの記念にさ、ここにお互いへの想いとか、これからどんなカップルになりたい、みたいなのを書いてくれると嬉しいなーなんて」
「書きます書きます!」
付き合い始めのカップルは、キャッキャウフフしながら文章を書き始めた。
「おめでとッス~! おめでとッス~!」
「ウリル、その辺にしておけ。紙がもったいない。あと掃除が面倒だ」
「はいッス! 掃除開始~!」
床じゅうに散らばった紙吹雪をウリルが掃除し終えた頃、トムスたちカップルは用紙を書き終えてリヒトに手渡した。
ニックネームの欄には『トースト&のんのん』。
タイトルは『私たち、付き合います!』という安直なものだった。
「ふーん……上出来だ」
ざっと目を通したリヒトは満足げに笑うと、その用紙を掲示板最上部の目立つところに貼りつけた。
「それじゃあ僕たちはこれで。リヒトさん、本当にありがとう。あなたが声をかけてくれなかったら、僕は──」
トムスの嬉しそうな顔を横目で見ながら、リヒトは考えた。
(利益にはならなかったが……幸せカップルの誕生を見届けて感謝されるってのも、案外悪くねぇかもな)
自分の作ったサービスのおかげで正規カップルが誕生した事に対し、リヒトは不思議な達成感のようなものを感じていた。
「……良かったな、二人とも。幸せになれよ」
「「はい!」」
それから数年後、二人は再びこの用紙に一筆したためることとなる。
その際のタイトルが『私たち、結婚します!』である事を、今はまだ誰も知らない。
(第一章 完)
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