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番外編 実家への挨拶回りと結婚式
1.ゲルトの実家 前編
しおりを挟むゲルトの実家に挨拶へ行く日は前日の初夜騒ぎにより、結局昼に起きた。
お風呂に入って身支度をする。服は神殿からもらった一着と結婚が決まってからゲルトが用意してくれた三着しかないので、迷うことなくゲルトに教えてもらった余所行き用の服を着た。
化粧品も一揃え用意してくれてたのでそれを使う。そんなとこまでよく気付くなと思ったら、お母さんが気をまわしてくれたらしい。
出かける前、みんながズラッと並ぶからなにかと思ったら指輪を差し出された。ヴェルナーが私の左手を取って、水色、紫、赤の3つの石がはめ込まれた指輪を薬指にはめる。次にラルフが緑、黄色、白の石がついた指輪を中指にはめてくれた。
「……ありがとう。嬉しい、ふふふ」
すごいサプライズでなんていうかすごく嬉しい。ニヤニヤしちゃう。
「喜んでもらえてよかった」
ヴェルナーが私の手にキスをして笑った。そのまま手を繋いでゲルトの家まで歩く。庶民は歩くしかないから、けっこう歩く。体力付きそう。
ゲルトの実家は店員さんもいる大きめの個人商店みたいな店構えだ。行商人とも付き合いあるって言ってたから店舗売りがメインてわけじゃないのかも。
ゲルトの家族は、わかってたけどみんなヘビだった。全員ヘビだと映画に入り込んだ気になって現実が追いつかない。
お兄さんたちは色味と模様がハッキリしてるからお母さん似で、ゲルトはややお父さん似かな。
サミーとヨアヒムとゲルトは仕事紹介の話をお義父さんとしている。私はお義母さんに化粧品とか色々準備してくれたことのお礼を言った。
「ありがとうございます、色々揃えていただいて。こちらのことまったくわからないので助かりました」
「いいのよ~、あの子と結婚してもらえるだけでありがたいから。式のほうも私たちで準備するからまかせておいて」
「何から何まですいません。ありがとうございます」
「気にしないで! 兄さんの噂を払拭できるいい機会だから、うちの都合も絡んでるの」
妹さんがブンブン手を振って明るく言い、お義母さんとお義姉さんがやっちまったという顔で妹さんを見てる。
「……あの子から聞いてるわよね?」
「はい、一応は」
「迷惑かけなかった?」
「えーと、最初だけ、ちょっと。でも見張りもつけたし、途中からは平気でしたよ」
「……ごめんなさいね。私たちも途方に暮れてたのよ。こればっかりは親がどうにかできる問題じゃないでしょう? だから、本当に感謝してるの。なんだか明るくなったしね」
「兄さんが結婚、しかも人族とでしょ? もう問題ないってはっきりわかるじゃない?」
「人族とだと何か違うんですか?」
「大抵の人族はヘビ族より弱いでしょ? 弱い相手と結婚できるってことは、それだけ力加減できるとか気遣いできるとか、そういうふうに見られるの」
「それなら効果的ですね」
「そうなの!」
妹さんは明るく、お義母さんたちもホッとしたように笑った。
食事は居酒屋方式。出来上がったものが大皿でバンバン運ばれて、テーブルの上で取り分ける。神殿では出なかった海の幸をふんだんに使った料理に盛り上がり、色々レシピを聞いて楽しく食事をした。
***
Side ゲルト
食後にお茶を飲みながら軽く焼き菓子をつまむ。
「異世界からきたんでしょう?」
「はい」
「あちらにはどんなものがあるのかしら? 焼き物のアクセサリーみたいな。きっと他にも色々とあるのでしょうね」
「たぶん違う物があると思いますが、こちらにあるものも知らないので、まだ分からないんです」
「そうなの。分かったら是非、お話してね」
「そうですね」
「そんなに迫らないでください。商売っ気出し過ぎですよ」
押しの強い母がサヤカにまくし立てているのを遮った。
「いいじゃないの。話を聞くだけでもおもしろいと思うわ」
「逆にこちらのことを教えてください」
「そうね、こちらに馴染むのも大切よね」
「お姉さんはこれから何着か仕立てるんでしょ? どんなものが好きなの?」
「あら、じゃあ見本を見たほうがいいわね」
母と妹と義姉がサヤカを連れて食堂を出て行ってしまった。大丈夫だろうか。心配している俺に父が肩をすくめた。
「お前が結婚できるって、あいつは張り切ってたんだ。すまないね、君たちの奥方を連れ回して」
ヴェルナーが外向きの愛想よい顔をして答える。
「いえ。女性同士のほうが話せることもあるでしょうから」
「妻も異世界の巫女に興奮していて。すいません」
女性陣が元気だと明るくて良いと、サミーが笑った。
「どこも一緒だなぁ。俺の母親も兄貴の嫁さんたちも元気で敵わねぇもんな」
「ウチもそうだな。オレなんかやられてばっかり」
ラルフも笑って和やかな雰囲気になる。
あのことがあってからずっとぎこちなかった家族との関係。家族への申し訳なさ、劣等感、どうにもできない怒りでわだかまりを抱えていた。自分一人だともっとギクシャクしたままだっただろう。みんなの存在がありがたくて自然に笑えた。
「息子が迷惑かけるかもしれないがよろしく頼む。その代わり実務で使ってやってくれ」
「今は全然だよなぁ、ゲルト? 俺たちは実務がからきしなんで、すでに頼りっぱなしですよ」
「読み書きも教えてもらってます」
ラルフとヨアヒムに褒められてくすぐったい。父も兄も笑っていて嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。今までにない和やかな談笑をしばらくしてから、あまり遅くならないうちに帰ろうとサヤカを呼びに行く。
母の部屋で衣装を一面に広げて話しているサヤカを見るのは不思議な気分だ。賑やかに見送られ、馬車で送ってもらい家に帰った。
ゆっくりしたいからと一人で風呂に入ったサヤカが上がり、居間に顔を出した。
「上がったよ。今日はゲルトの部屋に泊まってもいい?」
「え、あ、もちろん」
「じゃあ、後でね」
いきなりなので、実家で何かあったのかと不安になる。母と義姉と楽しそうに見えたのは間違いだったのだろうか。俺の気付いていないことがある?
「うちの実家で何かありました?」
「いや、なにもねぇよ。気さくでいい家族じゃねぇか」
「お前んちに初めていったから、なんか話したいことでもあんだろ」
「はい。なので、嫌なことでもあったのかと」
「聞いてみねぇとわかんねぇだろ。女同士のことなんかとくに」
ラルフとサミーは何もないと言ったが体を洗うあいだ、ずっと落ち着かなかった。好きだといってもらったばかりなのに、俺の気遣いが足りないせいで愛想つかされるんじゃないかと不安になる。
就寝の準備をして、サヤカの部屋へ行った。ドアから顔を出したサヤカが笑っているのに、不安は消えない。
「えーと、私の部屋とゲルトの部屋どっちがいい?」
「え、どちらでも」
「やっぱり、私の部屋にしようか。広いし」
ベッドに入ったサヤカの隣へ横になる。
「みんな親切だったね。服の相談、楽しかったよ。仕立てるときに一緒に行く約束したし。お義母さんがゲルトのこと心配してたから、今はもう大丈夫だって言っといた」
「え、あ、そうですか」
「結婚式を実家でするって言ってたけど、夫が6人の結婚式になるの? 変じゃない?」
「そうでもないですよ。ヘビ族は複数組の複数婚がたまにありますから」
「複数組の複数婚?」
「たとえば兄弟がそれぞれ妻を迎えて一緒に結婚式を挙げて、その二組で結婚生活をおくるとかです」
「同居ってこと?」
「いえ、二組で子供も作ります」
「え、えーと、自分の結婚相手じゃないほうとも作るってこと?」
「そうです。なので、ヘビ族は直系同族婚が禁止なんです。めったに会えない遠方であれば大丈夫ですけど」
「それはまた……へー」
異世界には人族しかいないらしいから珍しいのだろう。目を見開いて驚いている顔は幼く見えて可愛らしい。
「うちの兄2人がそうです。下の兄は支店を任されたので家を出ましたが、それまでは一緒に住んでいました」
「へー……、面白いね」
「……他に話はありませんか? 何か、こう、嫌なことなんかは」
「ないよ。気を遣ってもらってありがたかった。ご飯も美味しかったし」
「そうですか」
「なんかあったと思ったの?」
「はい、心配しました」
安心して肩の力を抜いたら、サヤカも笑った。
「ゲルトと2人になりたかったのは、ゲルトの実家に行って結婚の挨拶をしたから。なんか、なんだろう、結婚予定記念かな。気になる? 他の人もいたほうがいい?」
「いえ、2人で」
抱き付くサヤカの、湯上りの優しい匂いに鼻をくすぐられ鼓動が早まる。
結婚するから? サヤカが俺と2人になりたいって……、そんなこと言われるなんて。体温が上がった気がした。
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