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第二章 精霊産みといろいろ
90.尋問 Side ヴェルナー
しおりを挟むSide ヴェルナー
あの日、私の心は割れて砕けた。
サヤカが消えてしまうという前日のやり取りがあって眠れなかった、そればかり考えていた、なんて言い訳にならない。生き返ったからいいようなものの、本来なら失って取り戻せなかった。
私たちはサヤカ運ぶため神殿に先行したが、護衛についていた部下が犯人を取り押さえていた。馬車の襲撃犯6人のうち2人を生きて捕らえ、全員に闇属性魔法で記憶を覗く尋問をした。
犯人たちは精霊神殿を敵対視する組織の末端で、たいしたことは知らなかった。トカゲの尻尾でしかない奴らから何か出ないかと隅々まで探ったが、胸糞悪い憎しみを味わっただけに終わった。
サヤカは魔力がないから魔法を使えないが、魔力があっても魔法を使えない奴がたまにいる。精霊に嫌われているのだと含み笑いされ、あからさまに差別されることもある。
それが高じて世間に悪感情を抱くこともあるだろう。だが、それを精霊の父母に、サヤカに向けるのは八つ当たりでしかない。
自分たちを差別する世間への憎しみを、組織に上手く煽られて実行犯になった輩。見当違いの怒り矛先がサヤカだなんて。
敵対勢力にも注意を払っていたが、サヤカのそばにいたのに護れなかった。自分の詰めの甘さが呪わしい。
襲撃犯たちはサヤカの顔もあらかじめ教えられていたし、外出する日もわかっていた。その上、回復役がいることを踏まえて潰しにきている。
どこからどう情報が漏れたのか詳しく調査する必要がある。組織と思われる奴らは顔に布を被っていたが、目の色や体格などの情報は報告し警備隊で共有した。
ことのあらましを全員に伝え、あれからずっとどこか辛そうなサヤカに八つ当たりのとばっちりだと何度も言う。サヤカは少しも悪くないのだとわかってほしいのに、頷く顔は悲しそうだ。でも、仕方がないのだろう。気持ちが落ち着くまで待たないと。
サヤカが一人きりで居たがるせいでできた夫たちだけの時間、神官に疑問をぶつけた。
「魔力は貯めておけないのか?」
「聞いたことありません」
「でも、サヤカの『精霊王の石』に魔力を入れるだろう? 精霊王の石はほかにもあるのか?」
「精霊王が代替わりをすると、これまでの精霊王が石になると聞いています。精霊の種を授かる儀式に使用した石もそうで、古くから神殿にあります。巫女の体を作る石は、異世界から召喚するために今回、精霊王から授けられました」
頷いて聞いていたゲルトが口を開く。
「精霊王からじゃないと手に入れられないのですか?」
「はい」
「精霊王に頼むことはできないのでしょうか?」
「神託は受けるだけですし、その神託もめったにありません」
「八方塞がりだな」
ラルフがため息をついた。
サヤカが言わないでと言ったから、向こうで死んでいると教えていない。でももどかしい。話せば、残ることを考えなおせなんて言うはずがないのに。
「サヤカへの魔力供給を神官にも頼みたい」
「もちろんです。私に出来ることならいくらでも協力します」
「よろしく頼む」
「はい」
神官は神殿にいるから頼みやすいな。
そのあとしばらくぶりに承諾を得てサヤカと夜を共にした。
気になっていたが、辛そうだったから聞かなかった話を振ってみる。腕の中のサヤカを脅かさないように静かな声で。
「精霊王から聞いたか? ……サヤカの向こうでの状態を」
「うん。魂が体から離れてたんだって。やっぱり死んでたみたい」
自嘲が混じる声に胸が痛んでギュッと抱きしめた。
「こちらに残れるのだから、残るのだから大丈夫だろう?」
「ふふっ」
ゾッとした。なぜ返事がない? 震えそうな体全体で抱きしめる。
「残ると言ってくれ。言わなくても離さないが、でも言って欲しい。……お願いだ」
「……ごめんね、迷惑かけて」
「何を? 何が迷惑なんだ? そんなことあるわけない。サヤカのためになることなら、すべて喜びだ」
「……えー、ふふ、ありがとう」
「一年ごとの魔力の話か? そんな些細なことを?」
「些細じゃないよ。毎年、魔力を貰いに行くの大変だし、貰いにこられるほうも大変でしょ。……そこまでする価値があるかな」
「なんだそれは!? 価値はあるに決まっている。私の私の生きる糧なのにっ」
なぜだ、誰だ、サヤカにそんな思いをさせたのは!?
「たかが一年に一度の話だ。簡単だろう?」
「ふふ、そうだね。迷惑になるかもしれないけど協力してもらおうか」
「迷惑になるだなんて誰か言ったのか?」
「言ってないよ。大抵の人は思っても言えないでしょ。それに最初はよくてもだんだん面倒になるのはよくある話だから。見返りに何もあげられないし。お金は払わないとね。稼がなきゃ。あ、そういえば、私の体は生物じゃないって。だからたぶん子供もできないんじゃない?」
なんだこれは。なんでこんなことを。なぜこんな胸が痛い話を笑ってするんだ?
なぜそんなに自分を無価値だと思うんだ?
「何も関係ない。サヤカじゃないと意味がない。私のすべてだ。サヤカ」
どう言ったらわかってくれる? サヤカがいないと何もかも意味ないのに。抱きしめる腕の中の体がなんの力もなく、ただじっとしている。
「……ふふっ、精霊王が言ってた。私の魂にこっちの世界の匂いがついてたんだって。だから私を選んだんだって」
「匂いが?」
「ヴェルナーのせいだよ。私を夢で見るから」
「……それなら、それなら私のために選ばれたんだ。私のものだ。私と繋がる唯一の魂なのだから」
「うん、精霊王に保証されちゃった。笑われてたよ」
「……そうなのだから仕方ない」
伝わっていたのだと思うと胸の中に喜びが広がる。だから、必要だとわかるだろう?
「私の、私の気持ちをわかってくれたのか?」
「どんな気持ち?」
「愛している。愛している。何度言っても足りない。私の魂から何もかも全てでサヤカを望んでいる。あなたがいないと私は生きてる意味がない」
覆い被さって見つめると、潤んだ目に私を映して微笑んだ。私の首に腕をまわしたサヤカが耳元で囁く。
「最後まで……、一緒にいるの?」
「もちろん。当たり前だ。嫌だと言っても離す気はない」
「私だけ?」
「当然だ」
「……他の夫がいても?」
「面白くないがサヤカが望むなら。魔力を貰うならそのほうが都合も良い」
「丸くなったね」
「精霊王の保証付きだろう? サヤカは私のためにきたのだから、他の奴に奪われることはない。最後は私のものだ」
「都合の良い解釈してる、ふふっ」
楽しそうに笑うならそれでいい。価値が無いなんて思うよりずっといい。申し訳なさそうに謝るくらいなら少しくらい傲慢なほうがいい。サヤカが生きるために必要なのだから、他に夫がいても構わない。
サヤカと口付けを交わして微笑み合う。私への眼差しに以前よりも親しみが籠っていると感じる。精霊王から私の魂の状態を聞いたお陰かもしれないと思うと、感謝の気持ちが湧いた。
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