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第二章 精霊産みといろいろ
89.悪夢 Side ラルフ
しおりを挟むSide ラルフ
なんにもない空っぽな場所に一人取り残される夢を見て、夜中にハッと目が覚めた。息切れしてる。久しぶりに見た嫌な夢で、ジットリ汗に湿った体を起こした。
村が病魔に襲われたのはオレが8才のときだった。
行商をやってる叔父が大きな街の精霊祭に露店を出すって話を聞いて、兄貴と2人で働くから連れて行ってくれと頼んだ。他の商人と一緒に護衛を雇うことになったから大丈夫と了承をもらい、両親と小さな妹にお土産を買ってくると手を振って出かけた。
毎日が楽しかった。野営するときは枝を拾い集めたり、途中で寄った村で商品を運んだり、硬い干し肉を齧るだけでワクワクした。大きな街の精霊祭では見たことない人の数に圧倒され、街中に飾られた花の香りでいつもご機嫌に過ごした。
楽しい2週間はあっという間に過ぎて、帰り道は旅が終わる寂しさと土産話を両親に話せる嬉しさで、なんともいえない気持ちだったことをおぼえてる。
村へ近づくにつれ、木の燃えさしが燻ぶるような嫌な匂いが強くなった。目で見るよりも鼻のほうが早く教えてくれる。送ってくれた叔父もただ事じゃない匂いに警戒して耳が鋭く立っていた。
着いた村は、黒焦げになって崩れた家から立ち昇った、燻ぶる煙の匂いに満たされていた。
無事に残ってる家から出てきた村人の話も聞かずに家へと走る。走る。目に映ったのは焼け崩れた小さな家だった。
呆然としてたオレたちに、追いついた叔父が村人から聞いた話を教えてくれた。
村の精霊祭で出された珍しい狩りの獲物に病持ちが紛れていたのだと。それは帝国騎兵団が討ち漏らした病持ち集団の個体だった。ここいらには発生しない魔獣で珍しかった。それでも普段なら強いから相手にしなかったものを、こっちまで逃げてきたときにはケガだらけで弱っていた。祭りの高揚、普段なら食べられない高級食材、皮や爪なんかの素材も充分に取れるから冬の貯えが期待できる。
すべてが悪いほうに作用した。普段ならもう少し慎重になったかもしれないのに。村のほぼ全員が病にかかって死んだ。助かったのは体調が悪くて寝込んでいた一人暮らしの爺さん、子供の病気で家にいた母親と子供、騎兵団が連れて来た回復役で治った軽症者数人。
騎兵団が個体を追いかけてこの村に着いたとき、病人の数も状態も回復役2人では到底間に合わなかった。感染力が強いため遺体はひとまとめに焼かれて埋められ、家にも火がかけられた。
俺たちには何も残っていなかった。怒りも憎しみも湧かない。ただ体の中が空っぽになっただけだった。
叔父の家へ引き取られたオレたちには何か打ち込むものが必要だった。オレは体を動かして剣を習い、兄貴は叔父の商売を手伝った。
オレが冒険者になって魔獣を狩るようになったら、両親の仇を討ってると思われたけど違う。圧倒的で空っぽな相手に何かできるわけがない。あんな暴風雨みたいな出来事、オレなんか簡単に吹っ飛ばされるだろう。そこそこ剣が上手くなったオレが手軽に稼げる職業、それが冒険者だっただけだ。
魔獣が発生する大きな森の近くにある冒険者組合に登録して活動した。パーティーも組んで順調に強くなった。そこそこ強くて、気の軽いオレは遊び相手に事欠かなかった。恋人ができたら自重するが、ちょっかいはかけられる。そのことで何度もケンカしては別れた。
その日も昨日のケンカを引き摺って恋人と口を聞かないまま、お互いのパーティーと討伐へ出た。
それきり。
運悪く、ランクが大分上の魔獣が子供を連れて普段はいない場所にいた。逃げるために放った魔法がじゃれついた子供に当たり、いきり立った親に一息で消されたと離れた場所で目撃していた別パーティーから聞いた。
恋人のパーティーは全滅、装備も何も残らなかった。また空っぽだ。圧倒的な力の前じゃ、オレにできることなんて何もねぇ。
もう恋人は作らなかった。また空っぽになるのは御免だったから。別にそこまで惚れてたわけじゃねぇ。また別れることになんのかって思ってたくらいだ。ただ、特別な関係の相手がいきなり消える、この空っぽを味わうのが嫌なだけだ。
サヤカだってそうだ。1年で終わり、本拠地に戻れば会うこともねぇし気軽に遊んどきゃいいって思ってた。
なのになんで、消えるって聞いたときに思い出したのは空っぽだ。違う。特別な相手じゃねぇし向こうの世界に帰るだけだ。でも、向こうの世界に帰るその圧倒的な力にオレは何もできねぇ。ああ、ほら、また。
心臓が止まって血塗れのサヤカを見たときは、なんとも言えない気持ちがした。
死んだ体にふれることができる。いきなり空っぽになったわけじゃない。なのになんで体ん中が空っぽなんだ?
サヤカが目を開けて笑ったときは心臓が飛び出るかと思った。魔力を入れたのは気休めだったのに動いたから。空っぽだったオレの中が動きだして不思議な気持ちだった。空っぽのあとで戻って来たヤツはいなかった。サヤカが初めてだ。オレを空っぽにしてまた満たした。
サヤカがいなくなったらまた空っぽになるのかと想像してゾッとする。でもこちらに居続けるための魔力の話を聞けば、すぐに頷けるもんじゃなかった。
オレのせいでサヤカの寿命が縮む。冒険者なんて早死にするヤツばっかりだから余計だ。空っぽとは別の恐怖。
サヤカと神官がいなくなったテーブルは静まり返った。
全員を見渡したヴェルナーが協力してほしいと言った。
「それは、俺たち全員と結婚してくれって、頼むってことか?」
「結婚したくなければ結婚しなくていい。一年に一度、魔力の補充を頼みたい」
「俺はもう結婚してくれって言ってんだ。俺からも魔力の補充を頼む」
サミーとヴェルナーの話を聞き、口の中に苦いものが広がった。
「俺も一緒にいるって言ったから」
「私も大丈夫です」
ヨアヒムとゲルトが頷くと、ヴェルナーがオレに目線を寄越す。
「ラルフは?」
「オレは、……言っただろ。オオカミ族は人族より寿命が短いって。こっちにいたら、元の世界より早く死ぬことになんだぞ?」
「……元の世界だって長生きするとは限らない」
「それに、こっちで生きてくために魔力を補充するから結婚してくれなんて、脅してるようなもんだろ。オレたちと結婚したくなくたって、断れるわけねぇ」
「脅しじゃない、結婚したくなかったらしなくてもいい」
「毎年だぞ? もし他の女と結婚したとして、ずっと協力できんのか? そうなったら他人だろ。そんな相手に毎年会って魔力補充してくれなんて、サヤカが言えるわけねぇだろ」
「サヤカにいてほしくないのか?」
「そういうわけじゃねぇ。一緒にいられんなら早死にさせてもいいなんて、オマエらが自分勝手すぎんだよ」
「……違う」
ヴェルナーは硬い顔で黙った。
オレは、ホントはどう思ってんだ。サヤカがいなくなること。
もう嫌なんだよ、空っぽは。今度も立ち直って、あんま変わんねぇで生きて行くだろうさ。でもそれだけだ。砂を噛む毎日だろう。もう嫌なんだ。
だから、オレのために早死にしてくれっていうのか?
「……サヤカが選んだら協力すると言ったよな?」
「ああ。それならオレも協力するさ」
沈黙が降りた部屋にオレのため息が響いた。
「魔力って固められねぇのか? 精霊石みてぇに」
「聞いたことねぇな」
「固めとけるならサヤカに渡せるし、結婚しなくたって気にしねぇでよくなるだろ?」
サミーの言ったことは、とても良い考えに思えた。たしかにそれなら、サヤカが気にしなくても良くなるし、オレが早死にしたって関係ない。
「そりゃイイな。けどそんなことできんのか?」
「サヤカの体に補充した魔力は一年持ちますよね。そもそも他人の体に魔力を補充するって初めて聞きました」
そうだよな。神殿のことだからオレたちの知らねぇ特別なことしてんだと思ってた。
「サヤカの体は精霊王の石で作られているからか?」
「『精霊王の石』も初耳でした。精霊石と何が違うんでしょう?」
「神官に聞いてみるか。……部屋から出てこないな」
「またサヤカに甘えてんじゃねぇか。お前と一緒で赤ん坊みてぇだし。お前は行くなよ。サヤカを休ませろ」
「……なんで神官ばかり。神官はサヤカと結婚したいか聞いたことあるか?」
「あいつは誰とも結婚しねぇって言ってたぞ。そういうのが嫌な妖精族が神殿に入るんだとかなんとか言ってたな」
「だから神殿は独身ばかりなのか。では魔力補充も頼まなくては」
解散して部屋に戻り、またため息をついた。
オレはどうしてぇんだろうな。
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