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第二章 精霊産みといろいろ

73.腕の中の安心 Side リーリエ

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 Side リーリエ

 巫女は私の生い立ちというつまらない話を、静かに聞いてくれた。初めて口に出して話すうち、涙が止まらなくなった私を抱きしめて『もう大丈夫』と言った。その言葉を聞いたら不思議なことに、本当にもう大丈夫なのだと思えた。

 巫女と肌を触れ合わせていると、私は受け入れられ許されているのだと感じられる。いつも追い立てられているような焦り、いつ後ろ指差されるかわからない恐怖、そういったものから守られている。ここでなら休んでも大丈夫、私は誰からも害されることはないと一息つけた。

 優しく甘い声で『好きだよ』と囁かれる幸福。私の欲を望まれる喜び。本当の私の姿を見て『可愛い』と微笑み、躊躇なく抱きしめて爛れた肌に口付けされる安心。初めて与えられるそれらに、私が溺れるのはあっという間だった。

 その次には希望がやってきた。

 ゲルトが満足すれば、獣化せずに落ち着くのではという巫女とラルフの考え。
 ゲルトが我を忘れてしまうのは、持って生まれた性質のせいでは? 持って生まれたものでも満足できたら治まるのだろうか? それなら私も? 私も満足すれば欲が治まり普通の妖精族になれる?

 やっと見えた光。体が治らないのなら、せめて中身だけでも普通の妖精族になりたい。それなら『できそこない』の私も消えるはず。
 私だから精霊をたくさん産めるのだと巫女が教えてくれた。きっとこのために、このお勤めのために欲があったのだ。お勤めをきちんと果たし満足したら、お勤めが終わる頃には必要なくなり欲は消えてしまう。
 それなら、なぜ私にだけこんな欲がある説明がつく。

 もし消えなかったら?

 不安を打ち消さなければ。満足が必要なのだから、自分の欲に正直になることにした。けれど、満足するまで種を注げたのはほんの二三回。それ以降は巫女が途中でお休みを言うようになった。
 他の夫とのまぐわいもあるから疲れている。分かっているけれど物足りなさはつのった。しつこくねだる私を宥めるため、眠るとき胸への吸い付きを許してくれるようになった。
 巫女の腕に抱かれて胸に顔を埋める。柔らかな乳房に頬を寄せて暖かい匂いを吸い込むと、安心と切なさで胸がいっぱいになる。乳首に吸い付いて頭を優しく撫でられながら眠ると、包まれているような安心に気持ちが凪いだ。穏やかな眠りと幸せな目覚め。欲を吐き出す以外にも満足できる方法があるのだと知った。
 とても幸せで、少しだけ泣きたくなるけれど。

 そんな2人だけの時間は削られることになる。
 精霊王産みの準備のため他の夫も加わり3人になった。不安ばかりの私へ『生きてて良かった』というサミーの言葉が贈られた。驚くと同時に目頭が熱くなる。誰からも言われなかった。私が生きてて良かったなんて。
 巫女も喜んでくれるしサミーも認めてくれる。光の精霊は私の周りで光ってる。私はここに居てもいい。いいのだ。

 そうして他の夫にも教える決心をした。
 私とゲルトの日、見張りのラルフにも手を見せた。長年の恐怖で言葉が出なくなった私に代わり、巫女が説明してくれる。2人は快く内緒にすると請け負ってくれた。ラルフは職業柄、傷痕を見慣れてるとも。
 それですぐ平気になるわけもないが、蔑みの目ではないと自分に言い聞かせた。

 途中で体調が悪くなったゲルトとラルフが退出し、2人きりになる。
 精霊王を産むために必要だと知っていても、私だけを抱いてくれる巫女になって嬉しい。

 それなのに。

 お勤めが終わっても欲が消えなかったら他の女性と関係を持つといいなんて、そんなことを。
 もしかしたらの話だけれど怖かった。欲が消えないことも他の女性も。傷痕に慣れていると言っていたけれど、本当だろうか。今こうして巫女と抱き合う温かさを同じように感じれるだろうか。想像もできない。私には巫女しかいないから。

 巫女、私を抱いていてください。

 そんな気持ちはあるけれど思うようにはいかない。近頃、疲れて休むようになった巫女は一人で眠ることが増えた。体の不調は治せても精神の不調は治せない。

「私にできることはありますか?」
「大丈夫、休めば治るから」

 微笑みと一緒に差し出された手を握る。私の手を優しく撫でる小さな手は温かく、何もできない自分には釣り合わない気持ちになった。

「……すいません。何もできなくて」
「気にしないで。リーリエのせいじゃないし」

 穏やかに笑う巫女の目に私が映る。自分の部屋へ戻る時間なのに握った手を離せない。
 俯いたまま動かない私の手を、自分の頬に引き寄せた巫女が囁いた。

「一緒に眠る?」
「……いいのですか?」
「リーリエならいいよ」

 私なら? 『私』だから? 

 今まではいつでも私だけが駄目だった。
 でも、巫女は私だから、と。

 唇にふれるのも? 体にふれるのも? 私だけに許してくれますか?

 そっと重ねた唇を優しく食まれる喜びに肌が粟立つ。柔らかな舌を探し当て絡みつけば応えてくれる。
 寝間着へ忍び込ませた手に触れるのは、私に反応して粟立った肌。硬くなった乳首。手の中で柔らかく、私の思うまま形を変える乳房。

 なぜ肌に痕をつけるのか不思議だったが、今はもう知っている。欲しくてたまらない巫女を口に含みたい。咥えて舐めて吸いついて。巫女、あなたを丸ごと食べてしまいたいのです。

 私を待つ潤いへ沈み、私だから許される奥へ進む。巫女の声と私の声が重なり混じる。腕の中でしなる体を抱きしめた。一時も離れたくない。私のすべてで触れ合っていたい。巫女、私の巫女。

 この気持ちは精霊を産むために必要だから。だから巫女。


 精霊祭が近づき、神殿の中は慌ただしい。私も清掃に加わって忙しく働いた。
『精霊映し』を巫女の部屋で練習する。私の願いに応え姿を現わしてくれる精霊。認められているのだと思えて涙が滲んだ。

 精霊祭で必ず成功して認められる。そしてまた一つ、まともな妖精族に近づく。


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