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第一章 巫女ってなんなんですか

40.膨らむ焦燥 Side リーリエ

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 Side リーリエ

『異世界にきて疲れた』と巫女が部屋に閉じこもり、私は締め出された。一人にしてほしいとしか答えてくれない冷たい声で、逃げ出した実家を思い出した。
 ヒタヒタと忍び寄る恐怖に冷や汗をかいて何度も夜中に目が覚めた。私が歓迎されていないと知っている。でも髪を結ったら笑顔でお礼を言ってくれるから、少しずつ親しくなれると思っていたのに。私はまた冷たい目で見られるのだろうか。憐れみの目で見られるのだろうか。ほかでもない巫女から。私の精霊の妻から。

 ある朝、巫女の手に血がこびりついていた。治療させてほしいとお願いしても断られる。私にしかできないことなのに、それでも必要とされない。捨てられたくなくて気が動転し、強引に縋ると叫んで拒絶された。

 巫女、そんなこと。巫女、捨てないで、また1人きりになってしまう。できそこないだと知られたらもうここには居られない。巫女、私の巫女、お願いです。

 震える私の唇に巫女の唇が重なった。いきなりのことに頭が白くなる。生暖かいものにヌルリと唇を撫でられて声を上げそうになった私を巫女が突き飛ばした。巫女は洗面所に走り去り私はベッドに横倒しになったまましばし放心した。

 わけがわからない。
 巫女は私を拒絶したのに口付けをした。拒絶と口付けがつながらない。混乱する私の耳にすすり泣きが聞こえる。巫女、なぜ? どうして泣くのですか?

 わけがわからないまま、ボロボロに傷ついたプロレとナイフを持って部屋を出た。

「サヤカはどうだった?」
「体調はまだすぐれないようです。一人にしてほしいとのことでした」

 ラルフが軽く頷いて部屋に戻っていった。私も自分の部屋に戻り、傷ついたプロレを切り分けて口に入れる。ガタガタのプロレを咀嚼して甘ずっばい果肉を飲み込みながら巫女の言葉を思い出す。

『妖精族じゃない醜い女と寝なくてすむでしょ。私を苦痛の道具にしないで』

 醜く思われていると思って泣いた?
 私が巫女を醜いと思うわけがない。醜いのは本当の私。妖精族じゃない巫女で、異世界の巫女で嬉しかった。巫女が巫女だから嬉しかったのに。巫女に苦痛なんて一つもない。苦しいのは自分の欲を我慢することだけ。巫女は誤解している。全部を伝えられたら誤解はとけるだろうか。でも本当の姿も欲望も話すわけにはいかない。醜い本当の私を知られたら今以上に遠ざけられてしまう。

 ―――― どちらにしても拒絶されることに変わりはない。

 やけに喉に引っ掛かるプロレの実を無理矢理のみ込んだ。

 重い足で昼を告げに言った私に巫女が酷く疲れた顔で謝罪の言葉を口にした。これから話をして誤解を解くことができるかもしれないという微かな期待はすぐに消えた。それは拒絶だった。村人が私に向けた柔らかな、けれど決して破れることのない拒絶の膜。
 傷だけはなんとか治療させてもらう。巫女の手を握るのはこれで最後になるかもしれないという考えがふと浮かび、あわてて打ち消した。

 産屋棟の一番上にある巫女の部屋は神殿の敷地内どこからでも見える。毎朝、精霊が天窓から空に溶けていく神秘的な光景を神官たちと眺め、祈りを捧げた。

 私が拒絶された次の日の朝、産屋棟の天窓が光った。空に溶ける精霊を眺めて泣きそうになる。私だけが歓迎されてないのだと突き付けられているようだ。

 でも私は巫女に縋るしかない。

 精霊を産んだからなのか、すっきりした顔になった巫女は以前よりも明るくなった気がする。他の夫たちとも親し気になった。
 私とも元のように接してもらえるかもしれない。夜の訪いを断られなかったことに背を押され、苦痛ではないと巫女が良かったのだと、これからもお世話をしたいと話した。
 誤解が解けた私の安堵は言い表すことができない。その日の夜は欲ではなく喜びではち切れそうだった。

 喜びはすぐ焦りに変わる。ある朝、水の精霊が洪水のように天窓から放たれた。溢れ出るような量の精霊を初めて見た私は酷く動揺した。産まれる精霊はどの夫も同じくらいだったのに。神官ではないヨアヒムのほうが、しっかりお勤めをしている。たまたまなのかもしれないけれど、私とのまぐわいでそんなに産まれたことはない。

 驚きにザワつく神官たちが心配そうに私を見る。容姿が整っていてお勤めのために頑張っている私は、妖精族の一員として認められているから。
 こちらを見ている神官に平静を装って微笑みかけた。

「巫女の体調によって産まれる精霊が変わると聞いています。巫女がこちらの世界に馴染んできたのではないでしょうか。喜ばしいですね」
「ルグラン様はお体大変でしょう?」
「巫女の大変さに比べたら私など、どうということはありません」

 袖に隠した右手を思い切り握り締める。

 たまたまであってほしい私の願いは叶わず、巫女はヨアヒムと溢れるような精霊を産み続け、光も強まっていった。他の夫のまぐわいで増える精霊、お勤め以外の時間に交わされるやり取り、巫女の親し気な笑いは私に向けられない。

 私は精霊の夫のできそこないになってしまった。


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