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第一章 巫女ってなんなんですか

35.お菓子を作る Side ヨアヒム

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 Side ヨアヒム

 また明日って言ったのに会えなかった。

 俺の日だったのに、『疲れたから一人にしてほしい』って言ったって聞いて落ち込んだ。俺に会いたくないからかと思って。でも、しばらく閉じこもったままでヴェルナーも会えてなかったから、本当に調子が悪かったんだと思う。心配だったけど神官が毎日様子を見にいってたから俺は何もしなかった。一人になりたいって言ってるのに訪ねたら、なんか嫌われそうで行けなかった。

 疲れたのって俺のせいもあるのかな。サヤカに気をつかわせてばっかりだから。何したら喜ぶんだろ。サヤカは一人でいたいから会わないのが一番いいのかもしれない。
 ……やだな。嫌だ。
 嫌われるのも嫌だけど会えないのはもっと嫌だ。サヤカの望むこと叶えてあげられない。俺って自分のことしか考えられない奴だったんだな。みんなから嫌われるのもあたり前だ。


 今日、久しぶりにサヤカと一緒にお昼を食べた。4日だけだったのに、ずっと会ってなかった気がする。元気になったって笑う顔を見て安心した。

「ヨアヒムの日からだったよね。お昼食べたら一緒にお菓子作らない?」
「うん」

 俺の日だって覚えててくれた。すごく嬉しくて首がムズムズ痒くなる。

 お昼のあとで神殿の宿舎棟にある台所へ一緒に行く。サヤカに俺のエプロンを貸したら大きすぎて、グルグル巻いた姿は子供みたいで可愛い。
 神殿にある材料で作れるのはビスケットなのでビスケットを作る。サヤカはケーキを作るらしい。
 道具を用意して材料を量って、サクサク混ぜる。サヤカはバターをグルグル混ぜている。

「混ぜるの疲れる。ヨアヒムはさすがの手さばきだね」
「仕事だから。サヤカはなんの仕事?」
「うーん、事務、雑用? 買い物したお金を計算したり、書類を作ったりとか」
「色々できるんだ」
「そうでもないよ。ヨアヒムだって色んなパン作れるでしょ」
「でも俺、字が読めない」
「そうなんだ。神殿にいるあいだに字を習うと良いんじゃない」
「サヤカは?」
「異世界と違うけど読めるんだよね。でも書けない」
「不思議だ」
「うん」

 伸ばしたビスケット生地に切れ目をつける。サヤカのケーキと一緒にカマドに入れた。道具を洗ってから並んで椅子に座り焼けるのを待つ。
 俺の隣に座るサヤカの頭の天辺を眺めた。黒髪がツヤツヤしてる。お菓子が焼けるいい匂いがして、隣にサヤカがいて幸せだ。

「良い匂いだね」
「うん」

 俺を見上げたサヤカが同じことを言うから、嬉しくてくすぐったくなった。
 もうそろそろ焼ける。カマドを開けてビスケットを取り出した。ケーキはもうちょっとかな。

「ビスケット美味しそう」
「冷めてからのほうが美味しい」
「じゃあ、部屋に戻ってから食べる」

 キレイに焼けていて、これならサヤカに食べてもらえるとホッとした。天板から皿に移す。ケーキが焼き上がり産屋棟に持って帰るとサミーが寄ってきた。

「うまそうな匂いがする。ヨアヒムは菓子も作れんだな」
「ケーキはサヤカが作った」
「へー。俺にも食わして」
「うん。晩ご飯のあとみんなで食べようか。それまでここで冷ましておこう。ヨアヒムが作ったビスケットも。いい?」
「うん」

 サヤカのために作ったけど、そう言われたら仕方ない。俺もテーブルの上に置いた。少し残念に思ってたらサヤカがビスケットを何枚か自分の手に取った。

「これは私たちの。部屋で味見しよう」

 俺を見て笑う。サヤカと俺の分を取ってくれたことが嬉しい。俺との2人分。そして2人で食べる。ビスケットを持ってるサヤカに代わって俺が部屋のドアを開けた。2人でソファに座り、俺がお茶を入れる。
 サヤカがビスケットを齧ったらザクっといい音がした。俺も齧る。うん、大丈夫。上手くできた。

「素朴な味でいいね。甘さ控えめ。ザクザクしてて美味しい」

 美味しいって言った。良かった。

「あ、エプロンありがとう。お洗濯に頼んでから返すね」

 サヤカが俺のエプロンを脱いだのを見て少し寂しくなる。また俺のエプロンを着てるサヤカが見たい。

「また作る?」
「邪魔じゃない?」
「じゃない」
「良かった。ヨアヒムの日にまた作ろうか」
「作る」

 約束だ。サヤカと俺の約束。嬉しくて口がぐにぐにする。気持ちが落ち着かなくて手を握ったり開いたりしながら、抱きしめられたらいいのにと思った。

 嬉しい気持ちをくれたサヤカにお返しがしたい。怖いけど約束したからきっと大丈夫。

「あの、サヤカは、一人になりたいって。……俺にできること、ある?」
「あー、うん、えー、ヨアヒムの日だったもんね、ごめん。ヨアヒムせいじゃないから」
「……うん。でも、できることあったら」
「ありがとう。そうだねぇ、一人になりたいときは放っておいてくれると嬉しいかな。お見舞いしないで」
「わかった」
「今回も放っておいてくれてありがとう。心配かけてごめんね」
「……うん」

 行けなかっただけだけど、それでよかったみたいだ。

「今は、一人になりたい?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。ヨアヒムは? 部屋に戻る?」
「あ、まだ、……いても、いい?」

 緊張と恥ずかしさで声が小さくなった。顔が熱くて前を向けない。汗で湿った手をズボンで拭った。

「ふふっ、いいよ。なんの話する? したいことある?」

 嬉しくて言葉が出てこない。頭まで熱くなってグルグルする。なんの話をしたらいい? そばにいたいだけって言ったら気持ち悪いかな。
 迷って何も言えずにいたら、立ち上がったサヤカが俺の隣に座って心臓が跳ねた。

「隣に座ったほうが緊張しないらしいよ」

 すぐ隣にいるのに? こんなに近いとドキドキするし、抱きしめたいのに。

「ヨアヒムは大きいよねー。寄りかかってもいい?」
「うん」

 サヤカの体が俺の右腕にもたれかかった。顔をくっつけて腕の匂いを嗅ぐからくすぐったい。

「お菓子の匂いがする」
「俺?」
「うん。服に匂いがついたみたい」
「サヤカは?」

 そう聞いたら、自分の袖の匂いを嗅いでから俺に腕を差し出した。

「少しするみたい」

 差し出された腕を掴んでドキドキしながら匂いを嗅いだ。ほんのり甘い匂いがする。美味しそうな匂い。美味しそうなサヤカ。
 匂いを嗅ぎながら腕を辿る。手首から肘まで、肘から肩まで。

「くすぐったい。お菓子の匂いした?」

 すぐ近くで聞こえたサヤカの声で我に返った。勝手にこんなことして。でも笑ってるから。もう少しこのままでも許してくれる? 

「……うん。美味しそうな匂い」

 サヤカの背中に手をまわして肩に頬ずりをした。優しい手に頭を撫でられて胸がジンとする。首元に顔を埋めると、お菓子と違うサヤカの匂いがして泣きそうになった。
 会いたかった。嫌われたのかと思って怖かった。会えなくなるかもしれないと思ってずっと不安だった。

 お願い

「嫌わないで」


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