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第一章 巫女ってなんなんですか
30.頼もしい
しおりを挟む昨日から浴槽に張ったままの冷たい水に体を沈めた。
こんなの八つ当たりだ。私を呼んだのは妖精王でこっちでの扱いは神殿長が決めたんだろう。リーリエはその人たちに逆らえないし、言う通りに動くだけ。私は妖精王にも神殿長にも怒鳴らないし暴力も振るわないだろう。私に気を遣ってくれる八つ当たりしやすい相手を選んで暴力を振るった。最低だ。本当に最低だ。
やりたくもないのにやるのは仕事だから。誰かを代わりにすることができない仕事をやってるだけで、これもしかたがない。リーリエが自分でどうにかできることは何もない。
私と同じだ。
自分への嫌悪感と酷い罪悪感がのしかかった。謝ろう。あとで謝ろう。もう近づかないようにしよう。
冷えた体が震えだしたところで水から上がる。下着だけつけて髪を拭いてるとノックと一緒にヴェルナーの声がした。
「サヤカ、大丈夫か?」
「大丈夫」
「入っても?」
「ごめん、一人にしてほしい」
「わかった」
足音が遠ざかる。今の自分を誰にも見られたくなかった。
お昼になってリーリエが呼びに来てくれた。ドアを開けるとホッとしたように微笑む。
「リーリエ、さっきはごめんなさい。本当に、ごめん」
「気にしないでください。私は大丈夫です。あの、」
「昼も夜もご飯はいらないから一人にしてくれる?」
リーリエが悲しそうに私を見つめる。
「でも巫女」
「食欲ないだけだから大丈夫。お水だけ出してもらってもいい?」
「……わかりました。でも傷だけは治してもいいですか?」
「……うん」
差し出した私の手をそっと握る。傷口に添えた指の下から白い光が漏れてむず痒くなった。それもすぐ終わり、光が消えてリーリエから解放された指は傷痕が消えていた。
「ありがとう」
「私の仕事ですから」
そう言って微笑み水差しに水を補充してから出ていった。夕食時もやってきたリーリエと同じやり取りをして閉じこもる。
夜もふけて水風呂に出たり入ったりするのも疲れたし、少し動いたらムラムラも発散できるかもしれないと思い出掛けることにした。誰もいない静かな一階のロビーを通り抜けて玄関ドアを開ける。
吹きつける夜の涼しい風が火照った体に気持ち良い。玄関ドアの側にいる警備の2人がの声を掛けてきた。
「こんばんは。どうしました?」
「散歩しようと思いまして」
「では、護衛を呼びますのでお待ちいただけますか?」
「え、敷地内の散歩なのでいりませんよ」
「夜ですから。我々からあまり離れない場所を歩かれるんでしたら、護衛はいりませんけど」
「……わかりました。離れないようにします」
仕方がないので、近くに植わってるオレンジの花が咲いている庭木の周りをプラプラしてたら、警備の人が話しかけてきた。
「お疲れ様です。精霊産みってすごく疲れるらしいですね」
柔らかそうな癖毛でショートカットのお姉さんが人懐っこい笑顔を浮かべている。
「あ、ヴェルナーに聞きました?」
「はい。毎日出産するって考えたら、すごーく大変ですよね。私はまだ産んだことないですけど姉のときは、ものすごく大変で3日くらい寝込んでました」
「そこまで酷くないですけど、なんていうか長距離を走って疲れる感じというか、一日中仕事が忙しくて休憩取れなかったみたいな」
「やっぱ大変じゃないですか。男と好き勝手に寝れてそれが仕事になるっていいなーと思ったんですけど、そんな甘くないですね」
「え」
結構な衝撃を受けて固まった。
そんな認識か。ショック。いや、仕事内容聞いたらそう思われても仕方ないかもしれないけど。でもショック。
お姉さんと一緒に警備している、同じ年くらいのお兄さんが慌ててフォローをしてくれた。
「お前、失礼だろ。スミマセン、こいつアホで」
「だって男と寝るの楽しいでしょ。全員と寝なきゃいけないけど、その日の気分で相手を選べるって良くないですか?」
「え、あの、順番が決まってるので選んだりは」
「ええー、なんですかそれ! 6人も相手するんだから好きなの選ばせろって話じゃないですか!」
いきなり熱のこもった憤りをみせられて頭が追いつかない。
「大人しく言うこと聞く必要ないですよ。主導権握らないと! 気に入らない奴はオアズケして足舐めさせとけばいいんだし。言うこと聞かないならケツ蹴っ飛ばしてやったらいいじゃないですか」
落とされて上げられて、わけのわからない気持ちになる。言い分に面食らって彼女を見たら、ケロッとした顔をしていて私のほうが呆けてしまった。
「巫女はお前と違うんだって。なに無茶苦茶なこと言ってんだよ」
「私が言ってるのは当たり前の話ですよ。6人の言うこと黙って聞くなんて疲れるだけじゃないですか。6人分ですよ? それにわざわざ異世界から来てもらってるんだから、かしずいてお世話するくらいじゃないと。巫女が気を遣うんじゃなくて男どもに気を遣ってもらわないとダメでしょー。巫女は好き勝手していいんですよ」
あっけらかんと当然のように話す内容に頭を殴られた気がした。ドゴーン。
言われてみればそれもそうかも。おとなしく言うこと聞くから良くないんだよね。だから一方的な関係になっちゃう。細かいことは言えてもおおもとは変わらない。いつも気を付けようと思ってるのに、また同じことしちゃった。主導権を握る、か。それいいな。
力強い彼女の主張が頼もしくて、あまりにもあっけなく放り投げられた悩みに笑いが込み上げる。
「ふふっふ、ふふ。いいですね、それ」
「そうですよー、お姫様扱いしてもらわないと割に合わないですよ」
快活に笑う彼女はとても生き生きして眩しかった。
私も死んでるからって投げやりにならないで、主張できることはしていこうかな。どっちにしろ一年間はここですごさなきゃいけないんだし。なんだか気が軽くなった。
警備の2人にお休みを言って産屋棟に入る。一人になると体の疼きがぶり返した。なんにせよ精霊を産まないと疼きは解決できない。スッキリしないと頭も動かないし、誰かと寝ないとな。
ため息をついて階段のほうへ向かうとドアの開く音がした。
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