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第一章 巫女ってなんなんですか

10.どうか私と Side リーリエ

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 Side リーリエ

 神官になって何年も経った。いつも自分を押し殺し神経を張り詰めているお陰で大きな失敗はなく、妖精族の一員と認められ上手くやっていけている。
 与えられた『精霊産みの夫』という名誉な役割をしっかり勤め上げて、『本当の』妖精族にならなければ。


 妖精族の先祖は精霊だという言い伝えがあるくらい、魔力操作に長けている。誰に教わらなくても魔力制御を自然に身に付け、簡単な魔法なら子供のうちから具現化することができる。そのなかにあって私だけはなぜか10歳過ぎても魔法を具現化するどころか魔力操作もできずにいた。数が少ない光属性で期待されていたぶんだけ失望もされ、両親は私に興味をなくし、兄弟からは馬鹿にされてすごした。

『自分の魔力を扱うこともできないんじゃどうしようもないな』
『はぁー、なんでこんなできそこないになっちゃったのかしら』
『精霊王に嫌われてるのかもな』
『だからできそこないになったんだ!』

 なんとかしたくて毎日修練したが、体内の魔力を探ってみても、そこにあるものを操ることができなかった。どうにか認めてもらいたかった私は弓矢を練習し、ウサギを狩っては家に持ち帰った。

『弓矢か。魔力が使えないんじゃ仕方ないな』
『こんなとこに傷があるんじゃ、毛皮も売れないわね』
『なにやってもできそこないだな』

 もっと大きな獲物なら認めてもらえるのではないかと思い、徐々に森へ深く分け入るようになった。子供一人では危ないと知っていたけど、危ないからこそ成功したときに認めてもらえるような気がして。
 ある日、深く入り込んだ森で魔獣に襲われた。弓矢で必死に応戦しながら逃げている途中で矢が切れ、動揺したすきに右側に回りこんだ魔獣の吐く炎に巻かれた。驚き、熱さ、痛み、焼ける匂い、混乱して逃げ惑った先で崖から足を踏み外し川へ落ちた。ただただ逃げようともがき気を失った。

 意識を取り戻したのは河原だった。ぼんやりした頭で体を確かめると、右側がボロボロに燃え尽きた服から焼け爛れた体がむき出しになっていた。それなのにあまり痛みがない。不思議に思っていると体内魔力が動いてるのに気が付いた。
 必死のあまり無意識のうちに光属性魔法を使えるようになったらしい。子供の少ない魔力では大きな回復魔法は使えない。それでも、水も飲めない喉を楽にするため、排せつの時の悶絶するような痛みを治すため、休み休み部分回復に魔法を使った。そのたび体内魔力が回復するまでは動けないまま、地獄のような痛みに耐える。
 川の水を飲み自生している草イチゴを食べながら、痛み止め魔法を掛けて歩ける程度に回復するのを待ち村まで戻った。途中で発見された私は村まで運ばれ、半裸で焼け爛れた姿に村は大騒ぎになった。

 村で唯一の回復魔法の使い手は運悪く遠方に出かけており、私は自分でなんとかするしかなかった。
 回復魔法で使う魔力は多いのに治療できる範囲はほんの少し。魔力が回復するまでのあいだは怖ろしい痛みに襲われるし、痛み止めの薬草も私にはあまり効かないので役に立たない。
 私は回復よりも痛み止め魔法を選択して、命に関係なさそうな部分は放っておくことにした。子供の私にはそれしか手がなく、傷には薬草を塗って治療した。
 傷が固まって新しい皮膚に変われば傷痕になり、それは回復魔法で治すこともできない。回復魔法の使い手が帰って来たのはそうなってからだった。

『こんな醜いんじゃ妖精族と言えないな』
『魔力が扱えてもそれじゃあねぇ』
『妖精族のできそこないだな』

 体の傷は癒えても酷い火傷の痕が残った。妖精族は皆、整った外見をしている。劣った外見の相手を対等に見ることはない。期待を裏切ったうえ無謀なことをして醜くなった私は、家族にとって蔑みの対象になったようだった。
 家族以外の村人は私に優しくなったが、それは自分達より劣っている相手に対する憐れみでしかない。魔力を扱えない私をイジメていた村の子供達は優しくなり、そのかわり遊びに誘われず、話しかけられもせず、私は目に入らない、いない者になった。

 それでも私はなんとかしたかった。憐れんでくれる回復士に頼み込み、光属性魔法を習った。光の精霊を身にまとわせる目くらまし魔法を知った時の喜びは例えようもない。
 一日中、魔法を発動させ続けるのはものすごく大変なことだった。意識の一部を常に使わなくてはいけないから。痛み止め魔法を一日中使い続けた記憶はあっても難しかった。あのときは他のことをせずに痛み止めのことだけ考えていればよかったが、目くらましは他のことをしながらも意識しなくてはいけない。服から出ている部分、手と顔の二箇所を意識して目くらましを一日中かけつづけるのに何年もかかり、習得できたのは思春期も過ぎた20の頃だった。

 これで私にも伴侶ができるという浅はかな考えは打ち砕かれる。手と顔に目くらましを掛けながら生活しても村での扱いは変わらない。ぱっと見は整っていても目くらまし魔法だとみんな知っているから。私の必死さは、かえって憐れみを助長したようだった。

 妖精族は一年に一度、一か月ほどの繁殖期を迎える。それ以外でまぐわいをすることはない。そもそもそういった欲が少ないようだった。
 ドアの隙間や、風にのって聞こえてきたのは、他の種族と結婚した妖精族が繁殖期以外に求められて苦労してる話や、それで別れてしまったという話だ。繫殖期でもないのに男性器を硬くしているのはおかしいと、明け透けな文句もあった。

 私はそれを聞いて冷や汗をかいた。
 思春期を迎えたころから、私の陰茎は毎朝硬くなった。それどころか、自分の部屋で女性を思い出しただけで硬くなることもある。薄々おかしいと感じていた自分の体が怖ろしく醜悪に思えた。
 なんとか衝動を抑えて過ごしていたが、ある日我慢できずに硬くなった自分の陰茎を触った。恐る恐る触っているのにジンジンするような快感がある。触るごとに大きくなる快感に飲み込まれそうになったとき、部屋のドアが開けて入ってきた父親と目が合った。

『繁殖期でもないのに。あいつはおかしい』
『魔獣の炎に焼かれたせいかしら』
『できそこないだから仕方がないよ』
『必死で目くらまし魔法をおぼえたのに可哀想だな』

 私はもう耐えられなかった。逃げるように村を出て大きな街を目指した。大きな街は色んな種族がいて、自由で、猥雑で欲望が刺激される。欲望に飲み込まれそうにな自分が妖精族ではなくなるように思えて怖ろしくなった。
 私は精霊神殿に逃げ込んだ。精霊神殿にいるのは伴侶を持たない妖精族ばかりだから。この中にいれば私もいつか、ちゃんとした妖精族になれるかもしれないと思ったから。

 目くらまし魔法が見つからないように誰とも触れないように過ごした。自分が憐れみの対象であることを隠している緊張からか、妖精族には欲も湧かなかった。他の種族と触れ合う医術、祈祷などは避け、神殿の中だけで仕事をする清掃担当神官を自分から志願した。何年も失敗なく勤勉に務めていたら、清掃担当が立て続けに辞めた大神殿へ移動することになった。私の仕事ぶりを認めた小神殿長が推薦してくれた結果だ。ここにいる私はもう、できそこないじゃなかった。

 そして31歳になり、精霊産みの神託が降りる。神殿の食堂で食事をしている最中、私の左手がとつぜん輝き、光が消えたとき『光の夫』の紋が浮かんでいた。大勢いた神官達の驚き騒ぐ声が遠くに聞こえる。それくらい私も混乱した。

 精霊産みの勤めのことは知っていた。神託が降りたときに周知され、自分でも文献を調べたから。紋が浮かんで『光の夫』になったとわかったとき私の頭に浮かんだのは、まぐわえる、だった。欲を抑えて殺して何年も我慢しているのに真っ先に浮かんだのは欲だった。どこまでいっても妖精族のできそこないなのかと自分にどれだけ失望したか。
 でも自分に言い聞かせた。これはお勤めに必要な欲なのだと。だから、少しだけならあったほうがいいのだと、自分を誤魔化した。お勤めでしっかり役割を果たすなら問題ないと。

 巫女が妖精族じゃなくてどれだけホッとしたかしれない。妖精族じゃなければ私ができそこないだとわからないはずだから。整った容姿じゃないのにも安心した。妖精族を想起させるものは怖かったから何もかも違う巫女で嬉しかった。
 私は無意識に手を差し伸べ、その触れ合いに全身が逆立った。握り締めた手を離されると、なぜか喪失感を味わった。私の待ち望んでいた伴侶。

 巫女がお勤めをしたくないと言ったとき私は焦った。しっかりお勤めを果たさないと、できそこないだと思われてしまう。できそこないじゃないと証明できなくなってしまう。まぐわえなくなってしまう。

 巫女、どうか、巫女、私と

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