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第一章 巫女ってなんなんですか

8.サヤカの過去

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 あまり話したくないことだけど、隠してもしょうがないし正直に話した。

「いない。職場も辞めたとこだったし、恋人もいない。友達はいるけど会わないし、そんな親しいわけじゃないから。心配する人はいないよ」

 部署閉鎖でクビだったなと思い出しながら返事をしたら、ラルフが困ったように笑った。ちょっと重いかな。でもまあ、本当のことだ。

 *****

 仲の良くない両親と甘やかされた弟がいた。父親はあまり家におらず、母親は悲劇のヒロインだった。私はこんなに苦労してるのに分かってくれない、あなたのためにやってるのに、言ってるのに、そんなことをしたら周りの人に何を言われるか、私を苦しめたいの? などを言われて育った私は、いつも母親の機嫌をうかがっていた。泣き落としする母親にほだされて私が力にならないとまで思っていた。
 女の子なんだから、お姉ちゃんなんだから、という理由の下に、母親の理想の娘を目指して決められた進路を進んだ。そんな私も就職活動が始まる頃には気づいた。母親が望むのは『母親奉仕bot』で『私』じゃないと。

 弟はというと、男の子だからという理由で甘やかされ好き放題だった気がする。反抗期が酷かったのは、なんらかの抑圧があったせいかなと今は思うけど、当時は弟のせいで泣きわめく母親を宥めるのに精いっぱいで泣かせる弟を恨んでた。

 父親がほとんど家にいないのは仕事とゴルフと祖母と叔母で忙しいから。叔母にお小遣い上げてるのを見たことがある。それなりに稼ぎがあったようで奨学金を使わなくて良かったことは感謝してる。それだけ。

 母親の望む仕事には就かなかった。応募せずに面接で落ちたと言い訳して家から離れた寮のある会社に就職した。氷河期が過ぎても回復しなかった地方都市だったのが幸い。頻繁に電話が来ても寮だから、夜勤あるから、シフト制だからと言ってあまり出ないようにした。
 何年かして保証会社を使って部屋を借り、転職して携帯の番号も変え住民票もロックして逃げた。なぜなら、帰省しない私に業を煮やした両親が30以上年上の相手との結婚話を勝手に進めて婚姻届けを出したから。役所から確認電話が来たときは時が止まった。異世界に来たときと同じレベルで驚いた。普段は仲が悪いのに私に嫌がらせするときだけ結託する親ってなんなの。弟が家に寄りつかないから私を呼び戻したかったらしいけど知らんがな。

 地元に友達はいない。母親の好みで友達付き合いが制限されたし、小さい頃は反抗もしてたんだけど、いつの間にか母親思想に染まった私は嫌われたから。気付かれない最初のうちはグループに加えてもらえるけど、女なんだから我慢しなきゃとか言いだす奴はそのうち排除される。私だってそんな奴はお断りする。家族とはこのまま絶縁したいから、地元の縁はないほうがいい。そういうわけでリアルはいないけどSNSなら話す人はいる。

 付き合った人は1人と言っていいのかどうか。大学時代のバイト仲間と飲み会をして家に誘われたことで付き合うんだと浮かれて寝たら、それっきりで終わった。次の日から無視されて泣いた。母親の言いつけを破ったから罰が当たったとか思ってた私はアホ。
 就職した会社の教育係についてくれた先輩と付き合って奉仕精神が抜けないまま尽くして貢いだけど、私が浮気相手だったとわかって別れた。そのあとで結婚騒ぎが起きたから、きれいさっぱり転職できた。しばらく続いた荒んでる時期にナンパされて寝た相手と何回か会ってたら、財布をあてにされ始めたので連絡を絶った。

 ご機嫌とって尽くしちゃう長年の癖が抜けないから、そんな相手が寄ってくるのかなと思っても変わるのは難しい。好きなことしても自分を優先しても良いんだと自分に言い聞かせてはいるけどもなかなか。

 不本意な場所に置かれているのに私はここでもご機嫌取りするのかもしれない。一年間ずっと一緒だから友好的でいたいのは当然だけど、それと顔色をうかがうのがどう違うのか私にはよくわからない。

 *****

「寂しいな」
「気楽だよ。だから巫女に選ばれたんじゃない? いなくなっても気付かれないから」
「まぁ、小さいガキなんかいたら目も当てらんねぇしな」
「そうそう」

 私の話は重いのか、テーブルが静まり返ってしまった。居心地が悪いのでラルフに話しを振る。

「ラルフの家族は?」
「オレの親は子供のときに流行り病で死んで、兄貴と2人で従兄の家に引き取られたんだよ。兄貴は従妹と結婚してオレは冒険者しながら遊んでる」
「遊んでるのか。特定の相手がいないから選ばれたのかな?」
「そうなんじゃねぇの」
「そうだよね。いたら大変だし」

 雰囲気を軽くしようと思っても軽くならないようなので話題を変えることにした。当面の目標もあるからね。

「神殿に本ある?」
「はい。神殿の図書室にご案内しますね。巫女は字を読めるんですね」
「異世界の文字が読めるかわからないけど、見るだけ見てみる。他にすることないし」

 そう答えるとリーリエがいいことを思いついたように私に微笑んだ。

「妻と夫になったのですから、色々お話して仲を深めましょう。私たちが信頼で結ばれると産まれる精霊も強くなります」
「違いが出るんだ?」
「はい。私たちの精神状態によって精霊の質が変わります。強い精霊を産むためには巫女と私たちが愛情と信頼で結ばれることが大切なのです」

 キラキラしてるのに漂う、うさんくささは目を見開いてるせいか? 残念な美形だな。

「ックク、ブフッフ。サヤカは顔に全部出るな」
「そうかもしれない」

 リーリエにドン引きしてるのをラルフに指摘されてしまった。丸わかりらしいのに当人だけが気付かないとは、これいかに。


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