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第一章 巫女ってなんなんですか

5.夢で見ていた Side ヴェルナー

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 Side ヴェルナー

 あなたのことを夢で見ていたと言ったら驚くだろうか。
 サヤカ、初めて聞くあなたの声で告げられたあなたの名前。

 怒っている大人の前に黒髪の小さな女の子が一人で立ち俯いている。無音の中で涙をこらえているその子の悲しそうな顔がやけに印象に残った。
 初めてその子の夢をみたのはいくつの頃だったか、たぶん6,7歳くらい。見たことのない景色の中、見なれない顔立ちと服装がお伽話のようだと思ったことを覚えている。目に涙をいっぱいためた顔が可哀想で慰めようと声をかけたのに気付いてもらえず、悲しい気持ちで目覚めた。それからたびたび見るようになったその子の夢はいつも無音で、ごくたまに笑ったけれど大抵は怒られて俯いていた。私は傍観者に過ぎなかったが悲しそうなときは届かない手を伸ばして頭を撫で、笑っているときはホッとした。
 彼女は私と同じように成長し、そばにいて笑わせたいと思う私の気持ちは叶わず、15歳くらいには笑いも泣きもしない諦めた顔になっていた。

 いつのまにか夢を心待ちにするようになった25歳のころ、頬を染めてはにかんだ彼女を初めて見た。驚きとともに寂しさをおぼえた。彼女の目に映る相手は、そんな顔をしてほしいと望んでいた私ではないから。胸の痛みとともに目覚め、いつも俯いていた彼女が幸せになるようにと願った。

 ある日、彼女が相手の男と口付けている夢を見た。それを皮切りに彼女と男の睦みをたびたび見るようになる。私はいつも心臓を跳ねさせ、じっとりした汗をかいて飛び起きた。
 なぜか彼女に裏切られたと思った。彼女が私のことを知れるわけないとわかっているのに、幸せにと願ったのに、ずっと見守っていた私の気持ちを踏みにじられたようで怒りが湧き、自分を制御できなくなっていった。
 帝国の警備隊は給金が良い。小さな子爵家の4男である私は爵位に関係ない気楽な立場で容姿も整っているため、言い寄ってくる女性が多い。初めて寝たのは彼女と男が絡む夢を見てヤケ酒をした日。記憶をなくすほど酔っ払って目覚めたら知らない女のベッドにいた。それからは言い寄ってきた女性と片っ端から寝た。彼女が睦む夢を忘れたくて。

 荒んだ生活にウンザリして無気力になった頃、彼女が泣いている夢を見た。いつまでも泣き止まない彼女と一緒に私も泣いた。会えないことが触れられないことがただただ悲しく、自分がどれだけ彼女に恋焦がれてるかを知った。
 それ以降、夢に出てくる彼女はいつも一人になり、あの男とは別れたんだと安堵した自分に自己嫌悪がこみ上げた。
 抱きしめたいと手を伸ばしても触れることは叶わず、ただ見つめ、もやのように実体のない輪郭を指先でなぞった。
 大人になった彼女は疲れた顔で笑い、諦めた顔で笑い、たまに泣いた。

 その日、階段を登る彼女の髪が濡れていた。雨でも降ったのだろうか。俯いた彼女が肩にカバンを掛け直したときにぐらりと揺れ、体が後ろに倒れる。咄嗟に伸ばした手で彼女の腕を引き寄せたのに、長い長い灰色の階段を落ちていき、頭を打ち付けて体がはねた。床に広がった髪の毛よりも広がる血だまり。曲がり過ぎた首。うつろな目。引き寄せたと思った腕は手の中から消えて、床に横たわる彼女の姿だけが目に焼き付いた。
 跳び起きた私の心臓は痛いほど脈打っている。拳をつくった手は冷えているのに汗で濡れていた。

 非番の日、自室で本を読んでいると左手に精霊紋が現れた。神殿からの通達で精霊産みの儀式があると知っていたが、自分が選ばれるとは思いもしなかった。気乗りはしないが義務は果たさなければ。上司に連絡し精霊産みの期間は神殿の警備に配置換えしてもらって神殿で生活する準備を整えた。
 各地から他属性の者たちがポツポツ到着し、全員集まったところで神殿から説明があった。
 精霊産みの期間は1年、そのあいだは神殿で暮らす。不穏分子がいるため外出時には護衛がつく。精霊の種は体内魔力を攪乱するので巫女以外とは接触禁止。そして、今回の精霊産みの巫女は異世界からくると。

 それを聞いたとき、なぜか夢の彼女を思い出した。

 神託で知らされた巫女が召喚される日、朝早くから儀式の間に集まった。台座の中央に小さな石が置いてあり、それを囲むように並んでいる、台座に埋め込まれた精霊王の石の上に立つ。神殿長が祈りの言葉を捧げると中央の小さな石を中心に人の体の形に光が放たれた。続けて足の下の石が光り、そこから何かが私の体に入ってきた。やがて光が消え、私の目の前に女性が現れる。

 彼女だ。

 心臓が音を立てる。驚きに目を見張る私に神殿長が魔力を注入するように言った。彼女のへそ下に埋め込まれた小さな石に触れて魔力を放出すると、石に吸い込まれていった。属性の夫、全員が魔力を注入し終わるとゆっくりと彼女が目を開く。神官が裸の彼女にローブを掛けてもぼんやりしたまま周りを見渡している。
 その目に私を映してほしい。今すぐ抱きしめたい。初めて聞く彼女の声に心が震えた。


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