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第一章 巫女ってなんなんですか
2.精霊産みについて
しおりを挟む産屋棟の重そうな鉄の扉の横に、腰に剣を佩いてカッコいい制服を着た軍人さんが2人立っていて私たちのために扉を開けてくれた。お礼を言って中に入ると中央に大きなテーブルセットがあり、それをグルリと取り囲んで色とりどりのドアが並ぶ。
「巫女への説明を先にしますので、夫の紹介は昼食時にしましょう」
リーリエ・ルグランが水色の服を着た人たちにそう言うと、それぞれ頷いたり返事をしたりしてからドアの向こうに消えた。
円形の壁際にそって二階に続いている白い石の階段を、神殿長の後ろについて登る。のぼりきった先にあるドアの向こうは、高い天窓から入る光でタイルの床が雲母のようにキラキラしている広い部屋だった。
ドアのすぐ近くに置いてあるソファとテーブルの応接セットに神殿長が座り、その向かいに私、私の隣にリーリエ・ルグランが腰かける。あとから入ってきた人に渡されたティーセットでリーリエ・ルグランがお茶を入れてくれた。ティーカップに注がれた淡い黄色のお茶を飲んで一息つく。ハーブティーかな。
私が落ち着いたのを見計らったじいちゃん神殿長が一つ一つ丁寧に説明してくれた。
精霊王はこの世界の精霊を束ねる王様で、この神殿は精霊王と精霊を信仰しているらしい。精霊は精霊王が決めた巫女と夫から産まれる。ちなみに精霊は夫婦の営みで作る。異世界の巫女がくるという神託が降りて私が現れた。巫女は1人だけど夫は精霊の属性ごとにいる。属性は光・闇・火・水・風・土の6つあり、リーリエ・ルグランは『光』。精霊を産む期間は一年で過去の文献が正しければ一年後には元の世界へ帰れる、らしい。
……異世界、ですか。そうですか。この人たちビスクドールみたいな人間離れした美形だし、オオカミみたいのいたし、実感はわかないけど違う場所にいるなってのは分かる。
ところで私、一年間失踪してんの? 会社クビになるだろうし賃貸アパート追い出されてんじゃない? 着の身着のままでお金もないんだけど戻ったらどうなんのこれ。
しかもなんで知らん男6人と、とっかえひっかえ寝なきゃなんないの。精霊産むってなに? 異世界で妊娠出産すんの?
「……お断りできますか」
「っ、なぜですかっ、私が気に入りませんか?」
リーリエ・ルグランが焦って、ずずずいっとせまるから怖い。美形の迫力よ。
「えっ、いや、夫とか、妊娠出産て」
「ルグラン、落ち着きなさい。巫女、精霊はこの世界の秩序を保つ存在なのです。精霊がいないと干ばつや洪水の被害を抑えることができませんし、火事や山崩れの事故を止める術がなくなります。もちろん無理矢理するような真似はしませんが、この世界を救っていただきたいのです」
神殿長が穏やかに言うと、なんか私がワガママ言ってるみたいに思えてくるから不思議だ。私のせいで被害が大きくなるって断りづらいもいいとこだよ。『はい』か『YES』で答えてくださいって言われてるようなもんでしょ。
「お帰りまでは神殿が責任をもってお世話いたしますが、お断りされた場合もお帰りは一年後になります。また、すでに精霊の卵が宿っていますので精霊産みをしないと体に負担がかかります」
やっぱり、『YES』一択じゃないのよさ!
断っても辛いのはお前だぞってこと? とんでもねぇな。右も左もわかんない人間を一方的に呼んどいて知らないうちに地雷埋めるとか。だいたい精霊を産むってどういうことさ。そんな簡単に妊娠すんの? 人間とメカニズムが違うわけ?
「精霊を産むってどういうことですか?」
「ルグランの光の種を受けると翌朝、光の精霊が体から溶け出すように産まれてあの天窓を通って外へ出て行きます。水の夫であれば水の精霊が産まれます。文献によれば不快なことは何もなく幻想的な光景だそうですよ」
ほほう、人間とは違うわけだ。
「巫女、精霊の親になるとても栄誉のあるお勤めです。精霊を産み出せるのは喜ばしいでしょう?」
「いえ、特には」
「そんなことありません! 世界の秩序を保つ精霊はとても大切な存在ですし、精霊王に招かれた巫女は特別です。皆の役に立てるのは嬉しいことですよね?」
やや瞳孔を開き気味にハイテンションで喋るからビビる。
同意求められても困るし。何この人。あんたは信者だから名誉職かもしれないけど私に関係ないから。
「突然のことでお疲れでしょうし、本日はゆっくりお休みになってください。精霊産みについてはルグランが一切を取り仕切ります。精霊産みのあいだは巫女専用の神官になりますので何かあれば遠慮なくルグランにお申し付けください」
あとはお若い方で的な? やだなー。こんなテンションの人と二人きりになりたくない。
私の願いはむなしく神殿長は退室してしまった。
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