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26.ガキだな Side ローガー

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 Side ローガー

 3日間の討伐で魔獣はだいぶ数を減らし、囲みも狭まったという連絡があった。順調にいけばあと1、2日で討伐が終了する。そのあとは街へ戻る兵団の後ろについて一緒に街へ行くつもりだった。

 昼メシを食いながら伝えると、ヴィリとヴィムが緊張を走らせた。

「俺はシュロを抱えてでも連れ戻す。止めても無駄だから」
「……オレは、……」

 言い切るヴィムを見たヴィリは、悔しそうに俯いた。
 シュロは返事をしていない。『考える』と言っただけだ。ケガするなって泣くぐらいだ、俺たちのことは嫌いじゃねぇんだろう。でも、先のわからない奴隷の俺たちとツガうかどうかは別の話だ。

「兄貴は?」
「送るって言ってんだろ」
「……腰抜け」
「うるせぇ」

 掻っ攫おうか。腕力じゃ抵抗できない。あの小さな体を抱き上げて連れて行く。甘く苦い妄想を打ち消すために聞いた話を口にする。

「……兵団の医者に、働きに来いって誘われたらしいぞ」
「シュロが!? クソっ、あのジジィ」
「シュロはなんて?」
「本気なら嬉しい、だとよ。聞いてた兵士が教えてくれた」

 胸糞悪ぃ。良い話だから余計に。
 シュロは自分で道を探せる強さがある。どうするかなんて、俺たちが口出しできることじゃない。好きだから、ただそれだけで先を決められる頭のイカレたヴィムを少し羨ましく思い、もし本当にそのときがきたら自分はどうするのか、また情けないことをしそうだとため息が出る。

 メシを腹に詰め込んで討伐に戻った。ムカつきを魔獣に向けた咆哮で吐き出す。クソだクソだクソだっ! 奴隷も親父も魔獣も俺も、こんな生活全部クソだっ。
 返り血でぐちゃぐちゃになるほど剣を振るったところで、どうしようもない。むなしさを抱えて小屋へ帰る。

 小屋に戻ったらヴィリがシュロを問い詰めた。

「ああ、うん、言われた。評価されるって嬉しいね」
「っ、シュロっ、シュロシュロ」

 ヴィリが声を荒げてシュロに抱き付き、シュロは柔らかい手つきで宥めるようにヴィリの毛を撫でる。

「行くなっ」
「そうだねぇ」

 静かにそう言ってシュロは微笑んだ。
『行くな』の返事なんだから、『行かない』って意味のはずだ。なのに、それは別れの言葉だと思った。ただ、ヴィリを落ち着かせるための返事。俺たちとのあいだに線を引いたような。
 何も言えなかった。ただ息が切れて喉が干からびる。

 お休みと、また笑って横になったシュロへ弟たちがしがみつく。耳を伏せて尻尾を巻き付かせる姿は、怯えだった。
 シュロは気づかずにヴィリの頭を撫でる。優しく動く手が、最後だからと告げてるように思えた。

 聞こえてきた寝息に気が抜けて息を吐く。あれは自分の勘違いだったのかもしれない。呆けた耳がヴィリの啜り泣きを拾い、ああ本当のことなんだと頭の中が空になった。力の抜けた体を横たえる。心臓がバクついて手足が冷えていく。

 捨てられるんだな。俺たちは捨てられる。腕の中にあった柔らかい体を失う。

「……俺は逃がさないよ。攫って戻る」

 ヴィムの昏い声が静かな小屋に響いた。

 浅い眠りを繰り返して起きる時間になった。
 シュロはいつも通りに見えて、夢だったのかもしれないとまた思った。何か言いたいのに、静かな声を思い出すと頭が真っ白になる。

 今日で最後になりそうだと、出発前に話があった。魔獣のほうも自分たちの命運がわかったのか、死に物狂いで猛攻してくる。
 思うように意識が集中できず、酷くしんどかった。やっときた交代の兵士に魔獣の塊が飛び掛かる。援護に入り、しまった、と思ったときには遅かった。疲れた体がぶれて切っ先をはずし、腕に食いつかれて剣を落とした。すかさず他の個体が飛び掛かってきて、喉を庇ったもう片腕にも食いつかれる。
 どうにか蹴り飛ばそうとしたとき、魔獣が悲鳴を上げた。血が飛び散って腕が軽くなる。

「兄貴っ、大丈夫か?」

 ヴィリの声で、助けられたことがわかった。俺たちの前に交代の兵士が出て猛攻を防いでる。ヴィリの後ろに矢が刺さってる魔獣が倒れてた。
 腕に噛み付いたままの魔獣の残骸を外し、剣を拾おうとしたら痛みが走る。

「早く医療幕に行ってこいよ」
「ああ。……助かった」
「ったりめーだろ」

 交代の兵士と2人、血だらけの両手に布を巻きつけながら歩いた。

「ありがとな、助かった」
「ああ、俺も弟たちに助けられたんだけどな。……ガキだと思ってたのにいつの間にか抜かれたなぁ」
「年よりくさいこと言ってんなよ。お前だって若造だろうが。突進してくだけが闘いじゃねぇだろ。体の使い方を変えるんだよ。俺だってまだ負けねぇぜ」

 年上の虎が牙を見せて笑う。

「ハハッ、ヘタこいたくせに」
「まあ、年々無理は利かなくなるけどな、はは」

 虎の笑い声につられて笑う。若造か。
 たった一言のガキ扱いで力が抜けた。

 ……まあ、そうか。弟に負けたくねぇってくだらない意地張ってる時点でガキだよなぁ。この怪我だって、援護頼めばしなくて済んだ。相手の実力を認められねぇのも、俺一人でどうにかできるって肩いからせてんのも、ガキのすることだ。10年前の怪我と同じ。
 脈打つような腕の痛みに顔が歪み、年だけ取って成長していない自分に苦笑いがもれる。

「なんだよ、これからだろ。親の借金は運が悪かったけどな、まだまだどうにでもできる。俺だってまだ現役だからな」
「……そうだな」

 励ましが真っ直ぐ胸に届いて、頷けた。親父もこんなんだったらなぁ、もっと違ってたんだろうな。今更だけど。あー痛ぇ、ちくしょう。

 医療幕に入ってシュロを探す。見回したら、随分硬い顔で包帯を巻いていた。巻かれてるオオカミのニヤつき顔でシュロに嫌がらせをした奴隷だと気づき、急いで駆け寄って声を掛けた。

「よぉ、久しぶりじゃねぇか」
「ローガー! 怪我がっ」
「おう、こいつなんか途中でいいだろ。俺をみてくれ」

 驚くシュロに笑って頭を一舐めする。オオカミがシュロに手を伸ばしたから、その手を払いのけた。

「おいおい、口説いてるとこだぜ」
「てめぇには興味ねぇんだとよ」
「そうです。興味ありません」

 シュロが硬い声でそう言って、巻ききった包帯の端を結んだ。

「そんな豹野郎のどこがいんだか」
「毛皮。色も模様も可愛い」
「……ブハッ、なんだぁそりゃ。ガキの言い草かよ」

 立ち上がったシュロが冷たい目でオオカミを見下ろす。

「あと、チンポ。デカくて強い」

 一瞬の沈黙のあと、俺も周りの兵隊も噴き出した。ゲラゲラ笑って野次を飛ばしてる。

「ぶははっ、たいしたモンもってんだな」
「あてられんなぁ、ぐはは」

 シュロは仏頂面してるが照れてるのが丸わかりだ。とんでもないこと言い出すくせに、そういうとこが可愛くてたまらない。
 痛む腕を我慢して抱き上げて、頬を舐めた。

「悪ぃな。見た目もチンポも俺じゃなきゃダメなんだとよ」
「けっ、すきものじゃねぇか」
「クククッ、羨ましいだろ? それくらいじゃねぇと俺の相手はつとまんねぇからな」

 顔を歪めるオオカミを背中にして、離れた場所でシュロを降ろした。

「もー、腕に怪我してんのに」
「可愛いメスに庇われたんだから、それぐらいカッコつけさせろよ」

 ほんのり頬を赤くして、照れ隠しに怒った顔をしてる。手際よく傷を洗って、医者の指示で傷の処置をする。包帯を巻き終わるまでの手際の良さに、ずっと手伝いしてたんだな、と恐れず新しい所に入っていくシュロを眩しく思った。

 深い傷で討伐に戻れず、そのまま幕の中でシュロを眺めてた。シュロはときどき俺のほうを見て、また仕事に戻る。
 チラリと俺を見る目。心配そうに、探すように。笑いかけたら、視線を外したあと口元を緩めた。
 なんだよ、それ。俺なんかに。なんでこんな、嬉しいんだ? 
 胸の内側がくすぐったく、甘い痺れが体中を駆け巡る。たまらなく嬉しくて幸せで、どうしようもない。いちいち俺を確かめるその目に、いつまでも映っていたかった。

 離れたら、俺以外をそんなふうに見つめるのか? 誰かの腕の中で?

 途端、唸りが漏れるほどの怒りが湧き起こる。
 許せるわけねぇだろ、そんなこと。絶対ぇ許せねぇ。シュロは俺のメスだ。俺の腕の中で笑う、俺のメスだ。手放せるわけねぇじゃねぇか。そんなことできるわけねぇだろっ、くそっ。
 強烈な自覚に毛が逆立つ。
 ダメだ、ダメだダメだ。無理だ。どこにもいかせらんねぇ。今すぐに腕を引いて、連れて帰りたい。
 あ゛ーーーーバカかよ。俺はどんだけ縮こまってたんだ? クソだな。いじけて拗ねて、弟に腰抜け呼ばわりされてよ。
 腹の中が煮えたぎる。ぐらぐらと血が沸き立つ。飛び掛かりそうな体の疼きを押さえつけるために、静かに息を吐いた。
 くそっ、シュロ、掻っ攫うぞ。欲しいモンを手に入れるのに手段は選ばねぇって言ったよな?

 また俺を見たシュロにさっきとは違う笑いを向ける。何も気づいてないシュロも微笑んだ。

 陣幕で出される晩メシを食ってから小屋に戻る。シュロと一緒に水汲みにいったら、ヴィリとヴィムが戻ってきた。シュロを洗っておくから、メシを食ってくるように言う。

 小屋に戻ってシュロが服を脱いだ。頭をゆすぎ、丁寧に毛のない体を拭いている。
 水に濡れる肌に触れたい。柔らかい、すぐに傷ついてしまう肌。愛しい俺のメス。

「ローガーも洗ってあげる」

 シュロの隣に座り、小さな手に身を任せた。

「痛む?」
「力を入れるとちょっとな」
「明日で終わるだろうって。ローガーはもうお休みでしょ?」
「ああ。明日は2人でしけこむか?」
「……最後までちゃんと手伝いする」
「ククッ、そうだなぁ。明日も兵隊の野郎どもにこのケツ見せてやんのか」

 丸く柔らかいケツをスリスリ撫でると、頬の皮を引っ張られた。

「バカローガー」
「なんだよ」

 シュロは押し黙って俺の体を洗う。

「明日、ヴィムに森の小屋を見にいかせる。魔獣に荒されてたら管理官に報告が必要だから。んで、俺たちは兵団と一緒に街へ行く。ヴィムとは街の手前で落ち合う」
「……うん」
「管理官にシュロの報告して、俺たちの支給品をもらう。んで、また森に戻る。わかったか?」
「あ、うん。……今までありがとう」

 シュロの手が止まり、小さな声で呟いた。
 掻っ攫うと決めたのに、こんな少ない別れの言葉を聞いただけで心臓が嫌な音を立てた。消えてしまいそうな小さい体を急いで抱きしめ、潰れそうな喉から無理矢理声を絞り出す。

「違う。お前ぇも一緒に戻んだよ」
「なんで? メスを我慢するのもあと2年だけだよ」

 強張った体は何も反応しない。心臓がきしむ。
 あんなふうに見てたくせに詐欺だろっ。くそっ。

「違うっ、ちがうちがうちがうっ! シュロっ、頼む、いてくれ、一緒にいてくれ」

 あっという間にボロが出た。惚れたモン負けだ。あんな言い方で誤魔化せるわけねぇ。

「嫌だろ、俺なんか。あと2年も奴隷で金もねぇ。何もないボロイ家で、1人で出歩けもしねぇのにいたくないだろ。でも、頼む、頼むから、……捨てないでくれ」

 最初に出てくるのが言い訳なんて情けない。みっともなくて情けない腰抜けが俺なんだ。カッコなんかつけらんねぇ。縋るしかできない。

「頼む、奴隷が明けたら稼ぐから、俺にできることはなんでもするから、シュロ」
「……なんで」
「愛してる」
「なんで」
「一緒にいたくて、可愛がりたくて、孕ませてぇのは『愛してる』だって言ったじゃねぇか」
「邪魔じゃなかったの?」
「なんでだよ。いつ誰が言った?」

 ぶん殴ってやろうと思ったら、シュロが消えそうな声で話す。

「言ってないけど、……1人で家にいれないし、逃げるときも抱えてもらうし、1人で何もできない」
「お前ぇなぁ、そんなの役得じゃねぇか。ヴィムなんか始終くっついて上機嫌だろ。あんな何もねぇとこに住むのなんかごめんだって、俺たちが断られるほうだぜ」
「……いて欲しくないんじゃないの?」
「誰がだよ」
「……ローガーが」

 腕の中の強張った体で、ヴィリに怒鳴られたことを思い出した。腰抜けの俺が何もできない自分に腹を立ててシュロに八つ当たりしたと。
 ずっとそんな思いをさせてたのに、すっかり忘れてた自分をぶん殴りたくなった。

「すまねぇ、シュロ。誤解だ。シュロ。欲しいんだ。欲しくてたまんなくて、だから怖かった。手に入らねぇと思って怖かったんだ」

 冷えた体を温めたくて抱きしめて撫でまわす。頬ずりして舐めて、どうしようもない愛しさに胸を焦がした。

「シュロ、愛してる。シュロ。なぁ、頼む、頷いてくれ。頷かなくても連れて帰るけど、頷いてくれ」
「……誘拐だよ」
「俺たちが攫ったって、シュロは知り合いいねぇんだから、誰も探さねぇだろ。だから誘拐にはならない」
「ズルい」
「どうしても欲しいモンを手に入れんなら、それぐらいするって言ったろ」
「どうしても?」
「どうしても」

 シュロが顔を上げて俺を見る。焦げ茶色の目を潤ませて。なぁ、そんな顔して、俺が我慢できると思ってんのか?


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