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24.私にできること
しおりを挟む近くの村に避難すると言われ、ヴィリとヴィム交互に抱えられて移動した。私を抱えてないときに交代で仮眠を取って追いつくという方法で休まずに進んだ。私は運ばれながら眠る。ひたすら申し訳ないので、水分補給は最低限にしてトイレ回数を減らすよう努めた。
2日目の朝に一番近くの村へ着き、村長さんのところへ行って魔獣の説明をする。この村がそういう被害に合うのは初めてらしく、急いで柵の補強をしたり堀を掘ったり、石を集めたりを始めた。ヴィリとヴィムも村人に混じって作業をしてる。私は村の女たちと、魔獣に荒される前に食料になる野原の野草摘みをした。
虎姿の村人たちがたくさんいる光景は圧巻で、あんまり顔の区別がつかない。人間種は珍しいらしく、初めて見たという人もいて、好奇心旺盛な子供は私の顔やら手やらを触りまくって面白がっていた。明るい触れ合いは緊張と不安をほぐしてもらえて有難い。
村外れの小屋の住人が死んでそのままになってるので、そこに泊めてもらえることになった。ベッドもあるけど全員で寝れないから、床に野宿用の敷布を敷いて眠る。避難のあいだの食料は塩に突っ込んで持ってきた魔獣肉とフニの干し肉、干し肉と物々交換してもらった野菜やなんかのスープ。
2日もすると魔獣がやってきた。初日は様子見なのか少数だったから追い返せたと聞いた。明日の夜はもっとやってくるだろうということも。
戦える村人は柵の前に集まった。戦えない人は邪魔になるから、家に籠って戸締りをする。私はこっち。離れた場所から聞こえる、魔獣の吠える声が耳障りで、不安だけが膨らんだ。
眠れずに過ごして迎えた夜明け前、小屋のドアが叩かれてヴィリの声が聞こえた。無事だったと急いでドアを開けたらローガーもいた。視界いっぱいに大きな体が映る。驚いていたら抱きしめられて、汗とケモノの臭いに包まれた。臭いのに、湧き上がる安心で心臓が忙しく脈打つ。
「あ゛ーーー、疲れた」
そう言ったローガーはベッドに倒れ込んですぐ、大きなイビキをかき出した。
「ほとんど寝ないで走ったんだ。シュロを見て安心したんだね」
ヴィムが笑い、ヴィリも笑った。私もホッとして笑う。この大きな人がいるだけで安心感がぜんぜん違った。ヴィムもヴィリも雰囲気が和らいでる。
「2人とも怪我はない? 疲れたでしょ?」
「大丈夫。兵団がきてくれて助かったよ」
「ホントだよなぁ」
みんなでご飯を食べて、くっついて眠った。目が覚めたのは昼頃で、眠ってるみんなを起こさないように家を出て、村に着いた兵団を見に行った。
柵の外側に幕屋がいくつも張られてる。村の中にも一つ。広場にいた村人が治療用の幕屋だと教えてくれた。村の井戸を使うから近くに張ったらしい。
じっとしてるのは落ち着かないから手伝いにいこうかと考える。包帯の洗濯とかできることがあるかもしれない。活動前の今は誰もいないので、夜にまたこようと決めて小屋へ帰った。
日が落ちるころから開始だって言ってたから夕方に起こすことにして、スープを作る。途中でヴィリとヴィムが起き、スープができてからローガーを起こした。みんなで穏やかに食事をする。避難してからフニの干し肉が大活躍してる、たくさん作っておいてよかったとか普通の話をした。
食事が終わってしばらくしたら3人が立ち上がり、雰囲気が一変した。キリっとした顔に緊張感をみなぎらせてる。
その変わりように心臓がうるさく跳ねた。
「気をつけてね」
「大丈夫だ、そんな顔すんなよ」
「うん」
ヴィリとヴィムが私を抱きしめて頬を舐め、ローガーが頭を舐めた。
3人が村の柵から出て兵団の幕屋へ行くのを見送る。怖い。返り血が付いてたのは、それだけ近い距離にいるってことだ。それだけ危ない。そして、戦えない私が今3人にできることはない。
歯噛みをして深呼吸する。仕方ない。自分にできることをやろうと、気持ちを無理矢理切り替えた。
医療用の幕屋へ近づいたら、入り口付近に患者と先生らしき人がいたので恐る恐る声を掛けた。
「すいません、何かお手伝いす」
「おーーー、いいとこ来た。こっちきて手伝え」
言い終わる前に、年取ってるっぽい虎に手招かれた。松明の灯りの中、うつ伏せに寝てるオオカミ兵士の足元に座ってる。
「人間種は器用だって言うからな。こいつの足に刺さった棘を抜いてくれ。細かくて手が震えるわ、目が霞むわで」
返事をする前にトゲ抜きを渡されて、トゲだらけの足の前に座らされる。
「この阿呆がションベンついでに棘の草むらに足を突っ込んだらしい。戦闘前にこんな怪我して」
「それはまた大変ですねぇ」
「……スンマセン」
虎のだみ声に返事をしながら細くて硬いトゲを抜く。抜くのはいいけど松明の灯りだと揺れてムラができるから見づらい。全部抜いてから、オオカミの足を上に伸ばしてもらい、見逃しがないか確認した。
「ほー夜目が効かないのか。人間種も一長一短だな」
「そうですね。残ってませんか? 痛いところは?」
オオカミは自分の足の裏を揉んで確かめ、大丈夫だと言って外の幕屋へ走って行った。私は虎のお爺ちゃん先生に向き直る。
「何かお手伝いをさせてもらいたいんですが」
「ああ、頼む。村人にも頼んでるが、器用なのがいると助かるな。怪我人が出ないのが一番なんだが、さっきみたいな阿呆もいるから」
話してるうちに2人村人がやってきて、みんなで色々と説明を聞いた。
「そういや、名前聞いてないな」
「失礼しました。大背黒棕梠<おおせぐろしゅろ>です」
「え? シュロちゃん家族名あるの?」
「え? ありますよ?」
「なんで、奴隷と、まさか、……無理矢理?」
「え!? シュロちゃん、大丈夫?」
なぜか、おおごとみたいな空気になってアワアワする。
「いやいやいや、えーと」
「大丈夫だ、奴隷紋があるから無理矢理はできん。しかし、あんた、いい家の娘か」
「え、いえ、ぜんぜん」
「あー没落か。まあ、家族名じゃ呼びにくいからシュロでいいだろ」
「はい、大丈夫です」
手伝いでも仕事だからちゃんと名乗ろうとしたら、意外と大変なことになってしまった。こっちは家族名のない文化か、そっか。
でも、それより引っ掛かることが。
「奴隷は、無理矢理はできないんですか」
「そりゃそうだろう。まあ、その手前まではできるけどな。なんだ? 脅されてるのか?」
「いえ、他の奴隷に嫌がらせされたことがあって」
「ああ、からかう程度なら奴隷紋も効かないしなぁ。弱い人間種なら痛めつけられると思ったのかもなぁ。まあ、本気で嫌がれば紋が発動するから大丈夫だ」
「……結構ギリギリじゃないですか」
返事をしつつも、先生の話が頭でグルグルする。無理矢理はできない? ローガーが最初に無理矢理でもって言ったのは脅しだった?
胸の中がモヤついた。でも取引に応じたのは私だし。うーん。無理矢理やらなくたって、ご飯と交換って言われれば自分から寝てただろうし、別に同じことかと思う。なのに、なんだろう。うーん、騙したから? 嘘ついたから? うん、そこかもしれない。ちょっと裏切られた気持ち。でも、あのときは会ったばっかりで信頼関係ないし。今は? あるのか?
そこまで考えると、自分が一方的に信じてるだけなのかもと思い至る。私の身体的に危ないことから守ってくれるけど、それ以外はそうでもないのかもしれない。結構ショック。
そのあとも雑談して、物々交換したフニの干し肉が美味しいという話になり、食べてみたいという先生に明日持ってくると約束した。
和やかにお茶をすすってたら、遠くで爆発するような音がした。立て続けに花火が上がるようなそんな感じの。先生の顔が引き締まる。
「なんかやらかしたみたいだな。忙しくなるかもしれんから、準備して外にいるか」
水を入れた桶や道具を置いたお盆いくつも用意して、布を敷いて待機する。緊張していたら、人を抱えて走ってくる兵士がいた。
「先生っ、次々運ぶんでよろしくお願いしますっ」
「おう」
次々運ばれてくる患者を先生が診て、私たちにどうするか指示を出す。
「強めに押さえて血を止めろ」
「患部を水で洗え」
「この薬を塗って包帯巻いておけ」
「おい、シュロ。この傷口の周りの毛を剃っておけ」
有無を言わさぬ先生から剃刀を受け取って言われた通り手を動かす。
血塗れの人たちの中に3人はいない。でも、一歩違えばこうなってしまう。心臓がうるさいから、何度も深呼吸して集中した。目の前のやるべきことだけを見る。
しばらくして落ち着き、空の向こうが薄っすら白み始めたころ、腕を押さえてヴィリが来た。
「……ヴィリ! 怪我したの? 血を、止めなきゃ」
「血は止まった。シュロは?」
「手伝いだよ。みせて」
ヴィリの腕の血を洗い流して先生に診てもらい、傷口の毛を剃ってから薬を縫った。そこまで酷くない。ホッとして包帯を巻いた。
「今日はもう引き上げだ。兄貴たちも戻ってる。シュロも帰るぞ」
「片付けするから先に帰ってて」
「待ってる」
動きそうにないヴィリを見て、先生が帰れと言ってくれた。治療に使った道具を片付けてから幕を出る。
ヴィリは私の手を握って早足で歩いた。無言でちょっと不機嫌だ。
「ヴィリ、お疲れ様。どうしたの?」
「早く戻ろう、シュロ。すぐ抱きたい」
「え、あ、そう」
戦いのあとは血が騒ぐんだっけ? ヤクザ映画かなんかで見た気がする。
小屋に戻るとローガーが低い声だすし、ヴィムも気が立ってるみたいだし、戦いというのはそういうものなのかも。あんな怪我する人もいる。ちょっとの違えばすぐに命の危険があるから。
血と呻き声を思い出してまた心臓がドキドキする。
できるだけ気の済むようにしてあげたい。それは、守ってもらうだけの私にもできることだと思った。
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