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17.昔の記憶

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 ヴィムに腕の痣を撫でられて泣きそうになった。怖かった。力づくじゃ敵わないと思い知らされる。オオカミたちの狙い通りだ。触られたところも、近寄られたところも気持ち悪い。
 ヴィムは優しく私の頬を撫でた。抱き付いてフワフワの毛に顔を埋めたら、黙って抱きしめてくれる。

 ヴィムは本当に一日中一緒にいた。
 昼間は家からあまり遠くない場所の駆除と木の実の採取をして、家に帰ったらフニの世話やら家事やらも一緒にする。ヴィムは近寄るとき、姿が見えない場所まで離れるとき、毎回声を掛けてくれた。
 情けない私はそれでも足りず、守ってくれた腕がほしくてやたらと抱き付いてくっついた。ヴィムに抱かれて眠る夜が一番安心した。
 私は何も考えないように、目の前だけ見て体を動かす。そうやって過ごしてたら、ローガーとヴィリが帰ってきた。嬉しそうに飛びついてきたヴィリの頭をグリグリ撫でて、臭い体を洗ってあげる。なぜか仲良くなってる2人に交互に抱かれて、充足する気分を味わった。

 その日は夢中だったけど、目覚めて気づく。この満足感は危ないぞ、と。
 いつの間にか3人いるのが当たり前で、いないと物足りなくなってる。3人いるとすごく安心。
 もしかしなくても、べったり依存してる?

 乱暴された怖さが薄れたら、自分の危うさが見えた。
 この世界の窓口はこの3人だけだから、そうなるのは仕方ないかも、とは思う。でも、独り立ちしなきゃいけないことは決まってる。

 ……やだなぁ、怖い。まったく知らない場所に1人なんて怖い。抱きしめられたままでいたい。

 別の怖さで、なんとなしにくっついてたらローガーに気遣われた。2人きりになって私を抱きしめ、心配そうに囁く。

「まだ怖ぇか?」
「……見たら怖くなるかもしれないけど、今は大丈夫」
「悪ぃな。守ってやれなかった」
「仕方ないよ」
「こんな状況じゃあな」

 笑って見せたら、私の頬を手の甲で撫でて諦めたように笑った。
 親の借金で奴隷なんて悔しいだろうね。今更ながら、3人の境遇を思って切なくなった。

「ローガーだって親のせいでしょ。お互い苦労するね」
「まあなぁ。お互いって、お前ぇの親も借金かなんかあったのか?」
「ううん、ブラジャーを買ってもらえないくらいかな」
「ぶらじぁー?」
「ふふ、こっちにはない? 私が胸につけてる下着」
「シュミーズしか見たことねぇなぁ」
「そっか」

 靴下も。思い出したくない思い出。
 穴があいたら自分で縫って、かかとが擦り切れて大穴開いたらやっと買ってもらえた100円靴下。ゴムがすぐ伸びるから短い丈ばかり選んだ。靴は学校指定シューズだけ。バイトを始めたら全部自分で買うことになった。実家の記憶はそういうことばっかり。

 バイトしてお金を持つようになったら、似たような友達と遊び歩くようになった。夜遊びをすれば、そういう年頃だったのもあって当然のように男女の話になる。何もない私たちは恋愛だけが話題で、男との関係がステータスで、セックスは愛されてる証拠だった。
 私たちはセックスの話をして、どれだけ愛されてるか自慢し合う。元カレとズルズル関係するのも、言い寄られたら流されて浮気するのもよくある話だった。たくさんの愛と関心を向けられてると思えて嬉しかった。別れは誰からも愛されない証拠に思えてすぐに次の相手を探し、慰めてくれる人がいれば自分はまだ求められるんだと安心できた。

 たちの悪い奴もいて怖い思いもしたけど、そこまで酷い目には遭ってない。今回のオオカミも同じようなもん。だから、大丈夫だって言い聞かせてた。
 ローガーたちと違って奴隷にされることもなく、ただ夜遊びしてたバカな子供だ。実家を出たあとは、増えすぎたカードローンをトリプルワークで返すというバカさ加減。いろいろ疲れて友達とも、浮気する彼氏とも会わなくなった。セックスは愛情じゃないただのセックスだって、薄々気づいてたことを受け入れて。

 そういえば、やっとローン返済終わったとこだったんだけど。バイトもバックレになっちゃってるな。アパートの大量の荷物はそのうち強制退去で処分されるんだろうと思うと、ちょっとスッキリしてる部分もある。
 みんなと同じ物が欲しかった。人形とお洋服、ゲーム、可愛いシャープペン、良い匂いのコロン。それが化粧とカバンとアクセになった。全部失くなったら重荷を下ろした気分なのが不思議。惜しくもない。ここの生活に何一つ役立たないし。あ、下着の替えは欲しかった。
 産まれたのがこの場所ならよかったのにと、少しだけ思う。毎日同じヨレヨレの服でも、流行りのモノを持ってなくても、ちょっとくらい臭くても平気そうだから。

 まあ、でも、生きてくのが大変なのは変わりない。覚えることも沢山ある。動物解体したりとか。ふらふら夜遊びなんかしてられないから、一長一短かも。
 今になって毛皮のなめしとか干し肉作りとかを学んでるのは、何もしてこなかったツケかもしれない。スーパーの品出しなら出来るんだけどなー。

 ぼんやりしてる私をローガーが優しい手つきで撫でる。大きな手は気持ち良くて、力が抜けた。

「ありがとう」
「なんの話だ?」
「守ってくれて」
「……俺たちの役目だ」
「うん、ありがとう」

 大きい体に腕を回しても回りきらないので、寄りかかって胸の柔らかい毛に顔を埋めた。撫でてくれる大きな手の気持ちよさに目を瞑る。
 ローガーたちが体を張って守ろうとしてくれた。腕を伸ばして、背中に庇って、矢を射って。私を庇う腕の迷いのない強さが嬉しくて、何か欠けていたものが初めて満たされた気がした。出会ったときに助けられた腕の中で感じた安心は本当だった。
 この人たちが好きだなって思う。私は大事にされてる。でもそれはたぶん、私がこの人達のメスで、力のない私を気遣う優しさがあるから。ここには私しかメスがいないから。
 そう自分に言い聞かせる。そうしないと期待ばっかり膨らんじゃう。

 憧れた恋愛映画みたいに、愛されてみたかったと思う。情熱的に愛し愛されるやつ。こんなふうに取引じゃなくて、こんなふうに優しいだけじゃなく。
 昔だって恋愛してたんだけどさ。でもあの背中に庇われたとき、甘えて縋ったとき、何かが全然違った。私の深いところにスッと入っちゃった感じ。このままここに居たいって言ったら置いてくれるかもしれない。優しいし、抱けるから。でも、奴隷期間が終われば彼らは自由で、そのときに他の人へ去られるのは辛い。想像するだけで悲しい。
 今の状況が、この大事にされてると思える状況でいたいだけなんだ、きっと。付き合ってる相手より、ヤルだけの相手に優しくするなんてよくある話だ。その場だけの優しさは簡単だから。
 そんなふうに自分へ言い聞かせても、庇ってくれたのは本当だ、って考えに戻ってきてしまう。

 ものすごく愛されたかったんだと思う。それが3人から大事にされて量的に叶い、襲われそうになった時に守られて質的に叶い、質量ともに揃ったらそりゃあねぇ。やっぱり1人になって出直さないとダメだな。こんなとこで自分のダメさを知るとは思わなかった。嫌になる。

 大事にされてる夢を壊したくなくて、口を閉じて笑うことにした。何か言ったら壊れてしまう気がしたから。今までと同じように、いつか終わりがくるだけの話だから。

 ローガーたちが帰ってきてから、双子の片方が必ず私と一緒にいる。私とペアは家に近い一帯の駆除、ローガーたちは家から離れた場所の駆除とチームに別れて仕事をしている。ローガーたちは今までよりずっと、疲れて帰ってくるようになった。3人で連携できないから大変なんだと思う。
 チームに別れて仕事をすると決まった時、迷惑をかけると謝った。そのあとは口にしてない。また『そんなことない』と言わせるだけになるだろうから。

 私を拾って後悔してるだろうと思うけど、これ以上できることはない。自分の食い扶持を自分で賄うべく木の実や草の採取を頑張り、今まで通りに家事をするだけ。私とチームになった片割れが一緒に採ってくれるし、早目に家に帰って料理や掃除なんかも一緒にするから、結局おんぶにだっこだけど。好きだと自覚した途端、足を引っ張る存在になってしまったのには笑うしかない。

 何も言わず、自分にできることをこなすために頑張った。


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