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番外編2

10.特別になりたい Side オリヴァ

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Side オリヴァ

 ユウナギを迎えに行き、炭焼きにくれぐれもと念を押されてから、私の部屋に戻った。
夕食が並ぶテーブルに一緒に座る。ヘルブラオが手配してくれた、ユウナギの好きなワインもある。

 ユウナギが座った足下にひざまずいて、手を握った。

「ユウナギ、すまなかった。甘えすぎていた。……どうか許してほしい」

 ロウソクの灯りが揺らめく美しい瞳が私を見る。

「オリヴァ……許せるか分からない。でも、そばにいて」
「……ユウナギ、そばにいても?」
「もう、罰を与えなきゃいけないことしないで。オリヴァとダメになるかと……ダメになりそうで怖かった」

 ……ダメに? 私とやり直しができそうにないと思っていた? 思われていた? 何度も同じ間違いをするから?
面と向かってユウナギから関係の終わりを口にされ、ゾッとして冷や汗が流れた。

「私の言うこと、私との約束は大したことないものだって流してたでしょ。そういうことされると、私は、価値がないと、どうでもいいと、思われてるみたいで、すごく…………惨めになる」

 俯いた目蓋から雫が零れた。
 価値がないなんて、そんなこと思ってないと言いたいのに、小さな約束を大したことないと流したのは事実で、何も言えなかった。
 私の手を軽く握り返してくれるユウナギの手を握り締める。
 そう思わせたのは私で、惨めにさせたのは私で、苦しめたのは私だった。胸が酷く痛み重苦しかった。
自分だけが苦しかったときより、ずっと酷い。

「親とも、前に付き合った恋人とも、そういうことがあったから過敏なのかもしれないけど、そう思っちゃうの。ごめんね、面倒で。だから、こういうことが続くと、一緒にいるのが苦しくなる。最初から言えば良かったんだけど、私も気付かなくて。ごめんね」
「……謝らないで。ユウナギは悪くない。約束を守れない私が悪い。すまない、ユウナギ、すまない」

 手を握り合って、でも、それ以上近づけなかった。ユウナギの涙も拭えず、眺めることしかできない。私が触れてもいいのか分からなかった。私には触れる資格がないように思えて。

 涙を拭いて、食事にしようと、ユウナギが無理に明るく言った。
席について食事をする。何を言っていいかわからない。これ以上謝るのも違うような気がした。

 気まずい沈黙に食事する音だけが流れる中、小さく息を吐いたユウナギが私を見て優しく微笑んだ。

「オリヴァ、化粧水ありがとう。作り方知ってたの?」
「知らないが、外用薬に使うチンキはあるし、詳しい同僚にも聞いた」
「お礼を言った?」
「……教えてもらったときに言った」
「もう一回言ったら?」
「散々、嫌味を言われたのに?」
「ぶっ、くっ、……随分仲悪いのに教えてくれたんだ」
「謝罪の品を探し回るときは大抵、皆が同情して助けるんだ。何回も繰り返すと呆れられるが」
「自分のときに助けてもらえるように?」
「そうだ」

 ユウナギの気遣いで他愛のない話ができ、緊張がほぐれる。

 ゆっくり食事を終え、浴室の支度ができるとユウナギが入り、夜着を着て出てきたユウナギを布団にくるんでから、自分も浴室に入る。
浴室から上がってベッドへ行くと、緊張が滲む黒い瞳で私を見て貼り付けた微笑みを浮かべた。

 不安を隠して笑う顔に頭が冷え、悲しいまま納得する。信頼を失ったのだから当然だ。謝ったからといってすぐ信じられるわけがない。今までだって謝ってから、また何度も裏切ったのだから。

 そう、裏切りだった。
 自分のどうしようも無さにうんざりする。

 触れる資格などないけれど、抱きしめるだけは許してほしい。後ろに横たわり、縋る気持ちで背中から抱きしめたら、ユウナギは緊張に身を硬くした。
そのことが悲しくて泣きたくて、胸が焼け爛れるように苦しい。許しを乞いたくて、そっと後頭部に口付けた。

「抱きしめるだけ。抱きしめることだけ許してほしい」
「うん」

 静かな返事のあとで、腹部に回した私の腕にユウナギの手が重なった。

「なくなったら、また作ってくれる? 化粧水」
「いくらでも作る」
「ありがとう」

 静かな部屋に微かな息遣いだけが聞こえる。
 ユウナギの身体は温かいのに、緊張の抜けない固さが切なかった。触れ合っているのに気持ちが遠くて遠すぎて、迷子のようにユウナギの名を心の中で呼び続ける。

 少し細くなった肩が痛みを訴えているように思え、謝りたくて頬ずりをした。

「……痩せたな」
「オリヴァのほうが酷いよ。ちゃんと食べて。私は怒られるから食べてるよ」
「炭焼きが怒るのか?」
「口にチーズとパンを詰め込まれる」
「ハハッ、想像できる」

 私の手を軽くつねって抗議をするから、手を握った。指を絡ませて撫でる。
 ユウナギの手は私より小さくて柔らかかった。

「機会を与えてくれて、ありがとう、ユウナギ」
「……うん、私も嫌だったから。このままダメになるのが」
「私は求婚のときから、自分勝手だった」
「ふふっ、びっくりしたけど、嬉しかったよ」
「どうしても、ユウナギを手に入れたくて焦っていた」
「うん」
「今も、ずっと焦っている気がする」
「なんで?」
「私だけ必要ないみたいで。ユウナギが私を好いてくれているのはわかってるのに、何もできずにいるのが歯がゆい」
「私も何もできてないよ。誰にも何にもしてない」
「ユウナギはいてくれるだけでいい。こうして寄り添ってくれるだけでいい」
「オリヴァもそれだけでいいのに、足りないの?」
「不安になる。私は炭焼きみたいに甘えられる相手ではない。ヘルブラオのように相談にものれないし、森番のように最初から一緒にいるわけでもない」
「自信がないの?」
「ない」
「私の一目ぼれの相手なのに?」
「……でも、夫全員を愛してるのだろう? 皆、同じだ」

 ユウナギの手があやすように優しく私の手を撫でた。

「皆を同じように愛してたら、オリヴァも愛してるってことだよ」
「……特別になりたい」

 思わず漏れた言葉が自分の中で腑に落ちる。私はユウナギの特別になりたかったのだ。特別な相手に。
あんなふうに甘えるのでも、頼られるのでも、約束をもらえるのでも良い。私だけ特別扱いしてほしかった。
子供じみてて馬鹿馬鹿しい。夫が5人もいるのに自分だけ特別扱いしろと言うなんて。でも本音だった。ずっと望んでいたことだと、自分でも今気が付いた。

「特別だよ。最初からずっと特別」

 意味がわからずに手を握ると、小さく笑った。

「片思いのオリヴァと両想いになれて、オリヴァだけ恋人みたいな気分」
「他の夫は?」
「家族と保護者って感じかな」
「私だけ恋人?」
「うん。内緒にして」
「する」

 本当に? 私を恋しいと思ってくれる? 私だけに恋をした? 本当に?
 喜びが少しずつ全身に染み込んで、体中が粟立った。

「ねえオリヴァ、秘密の恋人に化粧水とクリームを作って」
「作る」
「良い匂いにして。そしたらいつでもオリヴァの香りを身に付けられるでしょ?」
「私の香り?」
「オリヴァが作った香りが私の香りになるのはどう?」
「良い」
「成分が良ければ綺麗にもなるし。オリヴァが私を綺麗にしてくれる」
「する」

 嬉しくて嬉しくて、ユウナギに体中で縋り付いた。
私は特別な秘密の恋人で、私の香りを身にまとう妻を私の手で綺麗にすることができる。
私がユウナギを形作って磨く。私の愛しい人。

 ユウナギがクルリと後ろを向き、私を見つめた。さっきまでの不安は消えて、楽しそうに笑っている。
それが嬉しくてたまらなかったのに、私の頬を指で撫でてから、また困った顔になり目を伏せてしまった。
何かしてしまったかと、ドキリとする。楽しそうに笑っていたのに。ユウナギの手を握り指先で撫でて様子を伺うと、頭を摺り寄せて呟いた。

「抱きしめるだけ?」


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