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番外編2

9.許しを乞う Side オリヴァ

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Side オリヴァ

 許された翌日から、いつもと同じ日が繰り返された。
 神殿に泊まる日を待ち遠しく思っていると、月経が来たと知らされる。月経になると家にこもって過ごすから神殿には泊まりに来ない。
落胆が胸に広がったが、それでも髪結いに来てくれるからと、小さな喜びで自分を慰めた。

 髪を梳かしながら、ヘルブラオの帰りが遅い日に、森番と2人で入浴ついでに泊まらせてほしいと相談していた。なぜ私はダメなのか聞くと、血を見られるのが嫌だと言われた。森番は狩りで血を見慣れているからいいのだと。面白くないけれど、ユウナギが嫌がるのに無理強いできない。

 その日、部屋に2人を送り就寝の挨拶をした。朝まで来ないように言われて頷いた。

 本を読みながら寝酒を飲んだあと、ベッドに横たわったが眠れない。何度も寝がえりをうちながら、ユウナギの寝顔を思い出す。
部屋へ来ないように言われたが、寝ていたら気付かないだろうし、寝顔だけ見てすぐ戻ればいい。そう思い、ヘルブラオの部屋へ飛んだ。

 ベッドは空で浴室から声が聞こえた。
 なぜ? 月経の時は嫌がるのに。
 気になって覗くと血まみれになったユウナギの足が見えて、毛が逆立った。なんでこんなに血が!?

 驚いて飛び出していくと、ユウナギの固く冷たい声が私を拒絶した。
 森番の大丈夫という言葉に頷き、仕方なく部屋で待つ。
 体の調子は大丈夫なのか? なぜ、私はダメで森番には許す?

 浴室から戻って来たユウナギに駆け寄ったら、近寄るなと体を引かれた。何を言っても聞いてもらえない。家に帰るしか言わず、その態度に何も言えなくなり、送るために手を握った。

 緊張した指先は最後まで握り返してくれず、私の方を見もしないで家に駆け込んでしまった。

 足下から血が引くような気分だ。なぜ、いつも私じゃないのだろう。

 炭焼きから森番を送るように頼まれ部屋に戻った。実際、外にいたところで意味はない。
部屋に戻ると森番が浴室から出てきた。

「ユウは?」
「……家に帰った。お前も送る」
「すまない」
「……ユウナギは月経のとき、触れられることを嫌がらないのか?」
「嫌がる。けど、一日だけ。これはユウと俺の約束なんだ」
「どんな約束なんだ?」
「……言えない。すまない」

 口の重そうな森番が閉じてしまえば聞くすべもない。そのまま家まで送った。

 自分の部屋のベッドに寝転がる。
 拒絶された。手を握り返してもらえない虚しさが胸に広がる。
 今日は話したくないと言っていた。明日になれば話してくれるだろうか。どんな約束? 私とも何か約束してくれるのか?

 話ができる日はやってこなかった。
 月経の間は会いたくないと言われ、しばらく待ってから行ったのにまた、会えなかった。
炭焼きに呼ぶまで来ないように言われた。ユウナギが怖がっているからと。しばらく待てと言われた。いつまで待てばいい? なぜ? 私は何もしていない。何もできない。何もさせてもらえない。必要とされていない。
 穴が開いたような胸に焦燥を抱えて毎日を過ごした。

 痺れを切らしたヘルブラオにせっつかれて森番の家まで送った。
炭焼きはヘルブラオを招き入れ、私には帰るように言う。私だけ関係ないみたいだ。婚姻する前を思い出した。私だけが部外者だった、あのときを。

 また、あのときに逆戻りするのか? 私は捨てられる? ユウナギとの約束を破ったから? あの小さな約束はそんなに大事だったのか?
なぜ、急にダメなんだ? 今までだってあったのに。今まで許してくれてたのに、もうダメなのか? もう会えない?

 血の気が引いて、ベッドに倒れ込んだ。
 もう、会えない? 本当に? 触れられない? 私のただ一人、唯一の人なのに。私が約束を破ったから? 許してもらえない?

 体が震えて止まらなかった。頭が痛んで吐き気がする。
 嫌だ、それだけは嫌だ。お願いだ、ユウナギ。なんで、なんで私だけいつも部外者なんだ? なぜ、いつも必要とされないんだ? なぜ、いつも何もできないまま終わる?

 握り返してくれなかった手を思い出す。私を見もしなかったユウナギを。

 嫌われた?

 喉が掠れて息が止まる。胸が刺されたよう。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
 私の、私の全て。

 悪寒がするのに嫌な汗が流れて、体がじっとりした。
 涙が溢れた。ただ流れていく。

 以前は、まだ進めるかもしれない道があった。
 今は何もない。真っ暗だ。私が、自分で、潰したのか?

 許しを乞いたい。
 でも、ユウナギは私に会いたくない。……会いたくないんだ、私に。
 今さら、その事実に思い当たり、目の前が暗くなった。

 無理に会いに行ってこれ以上嫌われたら?
ずっとこのまま待つのか? 待っていたら会いに来てくれるのだろうか? ……来なかったら?
耐えられない。

 ヘルブラオに頼もう。炭焼きでもいい。

 翌朝、ヘルブラオを迎えに行き部屋へ送ると話があると言われた。
 ユウナギのことで? 許しを? それとも……会わない? 心臓が煩く騒ぎ、息がうまくできない。

「お前はユウナギが怒った訳を理解しているのか?」
「……ユウナギとの約束を破ったからだ」
「約束を破るごとに信頼は失われる。お前は何度破った?」
「……わからない。今まではそんなに気にせず許してくれていた」
「そこが間違いだ。次は守ってくれると、信じて期待して許すんだ。その度に裏切られれば失望するし、信頼も消え失せる。守れもしない約束をする奴をお前は信頼できるのか?」
「……できない」
「大体、なぜ破るんだ? ユウナギの意思を軽んじているんだろう。馬鹿にしていると言ってるようなものだ」
「馬鹿になどしていない」
「どう思っていようと、お前の態度はユウナギを馬鹿にしたものだし、ユウナギとの約束は守るに値しないものだと言ってるようなものだ。何度も信じたユウナギの気持ちを踏みにじっている。守れないのなら、最初から約束しなければいいものを」

 馬鹿になんてするわけがない。でも言い返せない。約束を守らなかったのは事実だ。約束よりも自分のやりたいことを優先した。……大したことないと思って。
これが馬鹿にしてるということなのだろうか。私はずっとユウナギを馬鹿にして踏みにじってきたのか?
……会いたくないのも当然だな。

 もう、二度と会えない? このまま?

 ぐらりと眩暈がした。

「……頼む。もう一度だけ機会を与えて欲しいと伝えてくれ」
「自分で言わないのか?」
「……私に会いたくないのだろう? ……押しかけてこれ以上嫌われたくない」
「嫌ってはいない」
「では」
「時間の問題だがな。何が最後の一押しになるか本人でもわからない」
「……?」
「何度も同じことが続けば嫌になるのは当然だろう? だが、同じことをしないように気を付けていたのに、思ってもみない所で最後の一押しがあったりするんだ。不思議なもので、愛情がどれだけあってもそれで一気に冷める。それが来たらお終いだ。まあ、ユウナギは優しいから表面上の付き合いはしてくれるだろう」
「…………やり直す機会を与えて欲しいと、伝えてくれ」

 締まったような喉から声を絞り出し、握り締めた手が震えた。ヘルブラオの言葉が頭の中に響き渡る。

 片眉を上げたヘルブラオがため息をついてから、静かな声で私に告げた。

「怒った理由がわかっているなら、詫びの品で許すそうだ」

 ……許してもらえる?
 頭に血がのぼった。本当に? 心臓が早鐘を打つ。
 なんでも、なんでもする。

「何を用意したらいいんだ?」
「化粧水が欲しいらしい。今は私が買ったものを渡しているが、冬はもう少し保湿のあるほうが良いそうだ。香りにも気を遣えよ」

 作ったことはないが、肌に良い薬草を使うか。

「今使っているものを教えてくれ。調べる」

 ため息をつくヘルブラオに教えてもらい、購入した化粧水の使用感や匂いを調べる。美容関係に詳しい同僚にも頭を下げて、嫌味を言われながら教えてもらった。
アルコールに漬けて薬効成分を抽出する時間が待ち遠しい。
 2週間後、出来上がったものをヘルブラオに渡して届けてもらう。期待に胸を膨らませて迎えに行き、作り直しを言い渡されて愕然とした。

「肌に合わず、痒くなったそうだ」

 ……作り直すより仕方がない。
 使っていた化粧水に入っていない、今回新しく加えた成分を炭焼きに渡し、どれが合わないか確認してもらって調整し、作り直す。
 次に渡したものは、香りがアルコール臭いと言われた。……また作り直しだ。

 本当は、一本目ですぐに許してもらえると思っていた。
作り直しを言われ、愕然として気付いた。私はまだ、甘えた考えだったと。なんだかんだ言いながらユウナギなら簡単に許してくれると思っていた。
2本目の作り直しで、もう後がないと告げられた気がした。甘えた考えは消し飛んで、3本目は本気だった。

 渡した翌日ヘルブラオを迎えに行き、緊張して結果を聞く。

「作り直しだ?」
「な、ぜだ?」
「もう少しだけ保湿が欲しいそうだ。他は良いと言っていた」
「……すぐ、すぐ作る」

 作り直し、2日後の朝、結果を聞きに行った。
 戸を叩いて訪うとドアが開き、ユウナギが顔を見せた。

 私を見た。泣きそうな顔で。
 なんで、……ダメなのか? 私は許してもらえない?

「オリヴァ、ありがとう」

 泣きそうなのに笑って、そう言った。
 お礼の言葉だ。拒絶ではない、お礼だ。

「…………許しを?」
「……私とやり直してくれる?」
「ユウ、ナギ、……私と、やり直しを、してほしい。お願いだ。馬鹿な私を許してほしい。甘えてどうしようもない私にもう一度やり直す機会を与えてほしい」

 ユウナギの前でひざまずき、顔を見上げて願った。
 ユウナギが私に手を差し出し、私は甲へ口付ける。私の女神、あなたに忠誠を誓います。
 そうして、見上げたユウナギの目には涙が湛えられていて、初めて口付けたときを思い出させた。

「オリヴァ」

 微かに震えた声で私の名を呼ぶ。私を呼んでくれる。胸が痺れて、鼻の付け根がツンとした。

 私の手を離したユウナギが地面に膝をつき首にしがみついた。
 ユウナギの香りが、私の作った化粧水の香りがした。

「夜に来て。部屋に泊めてくれる?」
「……ああ。ああ、ユウナギ。必ず」

 そう約束すると、ユウナギは体を離して立ち上がった。涙を湛えたユウナギが家に入るのを見届けて、自分の部屋に帰る。

 今夜、ユウナギと一緒に過ごせる。
 夢見心地で一日を過ごした。


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