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105.消えたあと Side トビアス
しおりを挟むSide トビアス
賑やかな音楽に合わせてステップを踏む。
目の前で軽やかに体を揺らす淡い栗毛の可愛らしい女の子は、頬を上気させ楽しそうに笑った。
軽快な手拍子と弾んだ掛け声に、戻って来た日常を噛み締める。
右足、左足、とステップを踏み、肩を軽くぶつけて挑発すると、面白そうに笑って腰を当てる。互いを伺いながら挑発し合うやり取りが好きだ。
腕を組んで回るステップを変えて、片手だけ取って上に上げ、くるりと体を回転してみせると、女の子も回転する。回り終わったときに、よろけた体を支えたら甘い果実酒の匂いがした。ふわりと軽い体を持ち上げて床に降ろす。
「うふふ、少し酔ってるの。ありがとう」
「酔ってても、上手い」
「ふふ、嬉しい」
艶っぽい目を細めて笑い、また踊り始める。
ミリと踊ったときもよろけたっけ。ミリの体はこんなに軽やかじゃなくて、肉の重みがあった。なんかそれも、やらしい感じがして良かったんだよな。
ステップ間違えて足がもつれるし、可笑しくて笑ったら、ムスッとしたあと自分でも笑ってた。
目の前の女の子とミリは全然重ならない。なのに、なんで思い出したんだろう。
どんどん溢れる記憶に混乱しつつ、必死に踊った。
最後のリュートがかき鳴らされて音楽が終わり、混乱したまま席に向かう。
「ねえ、もう踊らないの?」
「酔いを醒ます」
「そう・・またね」
「うん」
席に戻ると一緒にきた奴らに冷やかされた。それに構わず、酔いを醒ますと言って外に出る。
夜空が高く、星がよく見えた。次の曲が始まって、後ろから賑やかな音楽が聞こえる。その明るさから遠ざかりたくなり、夜道を急いで歩いた。喧騒も灯りからも離れたくて足の運びが早くなる。いつの間にか走り出し、息を切らしていた。
走って走って、気付いたら先生の店の前に立ちすくんでいた。2階の窓にぼんやりと灯りが見える。先生が何かしてるんだろう。寝ないでフラフラしてるってイーヴォがぼやいてたっけ。
どこにもいないミリを思い出す。あの日、目の前で掻き消えた。
もうどこにもいない。この世界のどこにも。
瞬いた目から水が零れた。息切れがして胸が苦しい。これは走ったせいだ。それだけ。
毎朝、鏡を見て確認する。俺の顔だと。
解呪されて1年も過ぎれば、もうすっかり元通り。時たま鏡を眺めて、呪い付きだった頃を思い出すくらい。
棚の隅に転がっていた木片を手に取る。建国祭で贈ったブローチをミリが喜んでくれたから嬉しくて、来年用の木片をすぐに買っておいた。
もう捨てよう。使うことはないから。
記憶が溢れて以来、ほとんど踊らなくなった俺を先輩が拳闘に誘った。拳闘の足さばきはダンスのステップより難しくて楽しい。
今はもう踊らない。思い出さなくなったら踊るかもしれないけど。
最近、上司が結婚相手を探してくれてるけど、断られてばかりだ。
マルクには『じいさんみたいだからだ』と言われる。自分はさっさと結婚できたからって偉そうに言うな。
奥さんがどれだけ可愛いか自慢してくるからムカつく。
ヘルマンもハンスもいなくなったし、ダニエルも結婚した。
俺は、乗り気になれないだけだ。せめて興味を持ちたくて、俺の汗を舐めれるか聞いてるのに言葉を濁されて終わりになるし、それ以上どうしろって言うんだ。
イーヴォはずっと首輪をしている。主の失踪届を出さないのか聞いたら、出そうかと思ってるって言っていた。首輪外したら、俺にくれないかな。
・・・なんとなく欲しいだけ。
今回の遠征はイーヴォと同じ班になった。大きな群れに当たって応援を呼んだあと、イーヴォが持ち場を離れて走り出したのが見えた。何やってんだ?
視界が悪くてよく見えないけど、誰かを誘導してる。民間人!?
イーヴォの死角から魔獣が飛び上がると同時に魔獣の背中で魔法弾が炸裂した。
魔獣が膨れ上がって破裂する前に、ゾロゾロした黒い霧がイーヴォと民間人に飛んで行くのが見えた。
破裂の衝撃が収まってから倒れ伏したイーヴォに駆け寄る。イーヴォの腕に隠れるように転がる民間人を見たとき、心臓が止まった。
・・・ミリ!?
動かない体から汗だけが流れた。
見る間に変わっていく2人の姿で我に返る。呪いを受けたんだ。ミリをイーヴォの上にのせ、二人いっぺんに引き摺って後方まで運んだ。
2人を医療班に引き渡して、俺は持ち場に戻る。
・・・無事に帰るんだ。無事に帰ってミリに・・、ミリに会えるんだ。俺はミリに会える。
無我夢中で討伐して、イーヴォが抜けた穴をふさぐ。
探索魔法で撃ちもらしを探すのをジリジリと待ち、片付いたあとで医療班に走りこんだ。イーヴォとミリが寝かされてる。
イーヴォは今度もスネーク系に変形してる。ミリは白い毛に覆われて毛むくじゃらだ。本当にミリだったのか自信無くなって来た。呪い付きになったら面影ないし。
でも、指輪はしてる。それに、黒髪を見た。俺の下で何度も乱れた黒髪と同じ黒髪。
呪い付きになったら抑制薬が必要だから、討伐終了を待たず馬車に乗せて兵団に送る。送り届けの担当者に、民間人はイーヴォの主だから先生に連絡するように言っておいた。
2人を乗せた馬車を見送った2日後に、俺達も兵団に向けて出発した。明日には兵団に着く。そのときにミリはもう目を覚ましてるはずだ。
ミリと会って話せる。
これは本当のことなんだろうか。都合の良い思い込みじゃなくて?もしかして見間違いかも。見間違い?俺がミリを見間違えるのか?・・・わからない。
兵団に帰って、仕事が終わってすぐ医療棟に急いだ。歩いていたのに、いつの間にか走ってる。なんでか止まれない。だって、早く行かないと、早く行かないと、消えないで、消えないでミリ。俺を置いて行かないでミリ。
呪い付き用の特別室に駆け込むと、部屋にいる全員が振り向いた。白い毛むくじゃらで皮膚が黒い、赤い目の生き物がベッドの上から驚いた顔で俺を見る。
そして笑った。
「トビアス、元気だった?」
ミリの声で俺を呼んだ。声を間違えるわけない。毛むくじゃらの生き物はミリなんだ。ミリがいるんだ。ミリが俺の名前を呼んだんだ。
ミリに飛びついた途端、バチバチッと衝撃が走って床に吹っ飛ばされた。
・・・なんなんだ?
「!! 大丈夫!? トビアス!?」
「・・・なにこれ」
「接触禁止の魔術だ。私の妻に勝手にさわるな」
先生がいたのか。今気付いた。
・・接触禁止の魔術? 妻? 白い毛の中から飛び出てる黒い耳に、耳輪が嵌まってる。2つも。・・・2人と結婚した? 俺とは?
「俺とも結婚して」
「・・・いい? 先生、イーヴォ」
「・・・ああ」
「・・・うん」
「ありがとう、先生、イーヴォ。・・トビアス、結婚しようか」
「・・する」
「耳輪は先生が用意してくれるから、待ってて。取り敢えず今はトビアスを例外登録しようか」
先生とイーヴォがはミリの耳輪に俺を例外登録してくれた。
毛むくじゃらの生き物が笑って俺を見る。俺は毛むくじゃらの生き物を抱きしめた。
「何か言って」
「毛だらけのミリですよ」
俺の腕の中から楽しそうなミリの声がする。この生き物は本当にミリなんだ。俺の腕の中にミリがいるんだ。
目が滲んで何も見えないから目をつぶった。俺から零れた水がミリの白い毛を濡らした。
大丈夫、ミリはこの中に隠れてるだけで、そのうち出てくる。出てきたら、夜の水みたいな黒い目で俺を見るんだ。
俺はもう、思い出していいんだ。忘れなくていいんだ。
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