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20.初日のこと

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 イーヴォに起こされて目を覚まし、1階のユニットバス形式の浴室で身支度をする。浴室を出ると机の上に朝ごはんが並んでいた。パンとチーズとリンゴと水。先生にお礼を言って3人で食べる。
 イーヴォが笑いながら私に問いかけた。

「ねーミリ、俺と一緒に住みてぇ?」
「うん」
「先生、住みたいって」
「……わかった」
「え、本当に? 一緒に住めるの?」
「うん。ミリが一緒に住みてぇなら俺も住んでいいってさ」
「先生、ありがとうございます!」
「ああ」

 先生はムスッとしてるけど、でも嬉しい。浮かれ気分でイーヴォを見送りに出る。通りを歩くと周りの人が避けているのがわかった。これは、めちゃくちゃ嫌じゃない? まずくない? 私の我儘で嫌な目に遭うんじゃん。

 せめて笑顔で見送って、見えなくなってから急いで店に戻って先生に相談した。

「先生、イーヴォが歩くだけなのに避けられます」
「そうだろうな」
「なんでですか?」
「気味が悪いだろう?」
「あんなに愛嬌あって可愛いのに?」
「…………そう思うのはお前ぐらいだ」
「どうしよう。私が送り迎えするのはどうでしょう?」
「女と歩くと余計に目立つぞ」

 うーん、これはどうにかできるのか? 私には知恵も知識もないのである。あとで本人にも聞いてみよう。

 朝食の片づけをして店の掃除の仕方を教えてもらう。掃除が終わってから買い物に出掛けた。

「着替えがないようだから買いにいく」
「はい」
「他に欲しい物はあるか?」
「えーと、化粧品、でもいいですか?」
「私が作る」
「え、あ、お願いします。あと、調理器具を」
「わかった」

 先生、すごいな。スペック高いね。自分の店を持てるんだもんね。
 古着屋はなかなか繁華な通りにあった。ワンピースとエプロンを2枚ずつ買う。鍋を売ってる店に行って鍋を買うついでに、店番のおばちゃんに簡単なスープの作り方を聞いた。材料は玉ねぎとかニンジンとかで助かった。ケニョルシとかポロレとかわけわかんないものだったらどうしようかと思った。

「先生の好きな食べ物はなんですか?」
「ない」
「だから痩せ細ってるんですね。えーと、材料なんでしたっけ?」
「……それぐらい覚えられないのか?」
「覚えたけど忘れたんです」
「それは覚えたと言わない」
「人間は忘却の生き物なんですよ、先生」
「学習する生き物でもある」
「私が忘れても、私の先生が覚えててくれるから良いんですよ。さあ、思い出して買ってください」
「……仕方がない」

 先生の素晴らしい記憶力により教えてもらった食材を無事買えた。他にも仕事用の薬草やら、素材やら色々と買って店に帰った。荷物を片付けて買ったばかりのエプロンをつけ、1階に降りると不機嫌そうな先生に呼ばれた。
 薬を作ったりするんだろう、色々なものが置いてある台所に立っている。

「注意事項だ。店には出ないように。私が外に出掛けるときは鍵を掛けていくから、誰かが来ても開けるな」
「じゃあ、お店の手伝いって何をするんですか?」
「この部屋で、調合に使う器具の片付けや材料の準備を頼む」
「わかりました」
「化粧品は何が欲しいんだ?」
「化粧水とクリームと白粉にするので、クレイを」
「わかった」

 返事をすると先生は台所の大きな机に戻り、仕事を始める。私は慌てて追加のお願いを口にした。

「先生、他にもお願いがあります。仕事が空いた時間に字を教えてください」
「そうだったな。こっちの字は何も知らないのか」
「はい、母国語以外の読み書きはできません」

 先生はガサゴソと黒板とチョークを出してきて、黒板に何やら記号を書き込み私に渡してくれた。

「数字だ。位が増えるときはこうして書く」
「ありがとうございます。お金の数え方も教えてもらっていいですか?」

 先生は銅貨やら銀貨やらバラバラと出して、数え方と位を紙に書いて教えてくれた。

「これと数字を覚えるように」
「はい、ありがとうございます」

 先生は何かしら薬を作ってるのか作業をして、私は黙々と勉強をした。というか、お金のことは暗記するしかないので頑張った。英語も全然覚えられなかったのに、この分けわからない記号を覚えなきゃいけないのか。マジ、冗談きついっすよ。

 お昼ご飯も先生が用意してくれた。朝とまったく同じものを。

 私の午後は掃除と洗濯と勉強と、先生が調合に使った道具の洗い物、調合に使う前の煮沸消毒に費やされた。
 先生のお店に作り置きの薬はあまりなく、急ぎの薬以外は前日までに依頼されて作っておくらしい。

 お店は忙しいわけでもなく、暇すぎるわけでもなく、時間は淡々と過ぎていった。
 外が薄暗くなって先生がそろそろ閉店だと話し始めたときに、イーヴォとハンスが帰ってきた。

「お帰りなさい」

 2人を出迎える。鍋屋のおばちゃんに教えてもらったスープを作ると言うと、ハンスが手伝ってくれた。田舎の実家で農繁期にはハンスが料理をすることもあったらしい。
 みんなで晩ご飯を食べる。
 イーヴォに今朝のことを聞いてみよう。

「イーヴォ、朝出掛けたとき避けられてたでしょ? いつもなの?」
「うん」
「ここに住んだら毎朝そうなるよ。嫌だったら無理しないで寮に住んでて大丈夫だよ」
「いーや、ここに住んでミリといるほうがずっといい」
「無理してない?」
「嫌なもんは嫌だけど一緒にいるほうが良いかんな」

 口を小さく尖らせてるのが可愛い。なんでこんなに可愛いのになぁ。

「そっか。まあ、3ヵ月くらい毎日見てたら、周りの皆さんも見慣れて風景の一部くらいに思われるよね、きっと」
「……そっかな」
「人間は慣れの生き物だから。いつも見てると、そのうち目に入らなくなったりするんだよ」
「そうなると良いな」
「うん」

 穏やかに笑いながらみんなでご飯を食べた。食後のお茶のあと、ハンスと浴室で体を洗ってから2階へ行く。

 ここからが本当の私のお仕事。私が望まれる理由。


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