誰がための香り【R18】

象の居る

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18.奴隷解放の調べもの

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 俺はバカだ。毎日ようすをみてたのに、人間の回復速度をわかってなかった。甘く見てた俺のせいだ。
 このまま目覚めなかったらと思うと体の芯が冷えた。匂いを失ったとき、周りがぜんぶ紛い物に思えて取り戻したいと思った。でもそれはリディと引き換えじゃない。リディを失くしてまですることじゃないんだ。

 白い顔をしたリディを抱きしめてときおり水を飲ませる。
 朝になる頃には少し顔色を取り戻し、ホッとした。朝陽が差して薄っすらと目を開ける。

 二回目の血液採取でリディがぶっ倒れてから、カーターのせっつきにずっと断りを入れてる。まだ調子が戻らねぇって。
 実際、起き上がれるようになってもぼんやりすることが増えたし、話しかけても反応が鈍くなった。だんだん調子が戻ってきたところで、カーターがまた兵団にやってきた。

「奴隷なんでしょう? 強制することもできるんですけど」
「……まだだ。動けるようになったばっかなんだぞ?」
「では10日後に」

 すましたツラしたカーターが帰ったあとで、腹立ちまぎれにゴミ箱を蹴飛ばした。

「クソっ」

 まだ本調子じゃねぇのに。リディは俺たちよっかずっと小さくて脆いのに。なんでっ、なんで俺は何もできねぇんだよ。
 頭を掻き毟ってたら、ヘイリーが声をかけてきた。

「荒れてんな。どうしたんだよ」

 コイツには知られてんだっけか。なら、話してもいいかもしれねぇな。
 そう思ってリディのコトを話した。

「そんなことになってたのか。あのさぁ、アイツ、屋台通りで会った人間好きな俺の同郷覚えてるか?」
「ああ」
「アイツも魔術師で疫病調査委員会にいるんだよ。どうにかなんないか話してみるか?」
「いいのか? 頼むっ」
「アイツなら人間にそんなことしないからさ」

 ヘイリーは笑って気軽に請け負ってくれた。なんだかんだいつも助けてくれる気のいいヘイリーに感謝する。

「助かる。ありがとな」
「いいって。できることしていこうぜ」
「他にできること……あー、団長に横やり入れてもらうとか? できっかな?」
「うーん、団長から向こうの上司に口きいてもらえるんじゃないか? あと、奴隷解放するとか」
「奴隷解放? 人間なのに?」
「犯罪奴隷じゃないんだろ? 金払えば人間でも市民権買えるようになったんだよ」
「そんな金ねぇよ」
「んじゃ結婚制度使えば? 安くなるらしいぞ」
「……結婚……、いくらだ?」
「第三に聞きにいけよ」
「刑罰担当は第三だったか。わかった。助かる」

 すぐに団長の部屋に行って報告した。

「どうした?」
「うちの奴隷の体調がすぐれません。疫病調査に従いますが体調に合わせてもらわないと、健康にかかわります。許可したのは俺ですが倒れるまでは看過できません。担当者に考慮してもらえないので、団長から口添え願います」
「そうか。わかった。私から一言添えておこう」
「お願いします」

 団長の承諾は心強い。カーターも自分の上司から言われたら少しは大人しくなるだろう。
 そのままの勢いで第三兵団の部屋に行き、受付に問い合わせた。人間との結婚を聞くなんてどういう目で見られるか、緊張で背中がゾワゾワする。

「すんません、奴隷解放のコトを聞きたいんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「あー、人間の奴隷を解放して市民権を買うのに、結婚したら安くなるって聞いたんですけど」
「犯罪奴隷じゃないんですよね? それならできます。その場合、連座責任を負うことになりますけど。連座責任って相手が犯罪おかしたら配偶者も同じ刑罰受けるってことです」
「はい。それだといくらになりますか?」
「えーとですね、少々お待ちください」

 受け付けは分厚い本を取り出してパラパラとページをめくった。探し物をみつけたら金額と、申請手続きの方法まで教えてくれた。人間がどうのこうのなんて一言も言わず、淡々とした事務的な態度に拍子抜けする。
『人間』てことにこだわるカーターみたいなヤツもいるけど、そうでもないヤツも結構いるのかもしれない。ヘイリーだってそうだし。いつまでも人目を気にしてウジウジしてる自分が情けない。

「書類作りますか?」
「え、あ、……はい。一応、念のため、とりあえず作っておきます」
「では、明日取りにきてください」
「はい。お願いします」

 改めて書類を作りに出向くのも気まずいので頼んだ。使っても使わなくてもいいんだし。念のためだ。

 家に帰ってリディを抱きしめる。
 なぁ、俺が結婚してくれって言ったら頷いてくれる?
 そんなことは聞けなくて、黙ったまま頬ずりをして匂いを嗅いだ。

 リディの腕は前と同じく抱き返してくれる。俺を見て微笑んでくれる。口付けしたら応えてくれる。
 でも変わっちまった。笑い返してくれるのに目の奥の光がなくなった。
 最初は俺が傷付けたからとか、体の調子が悪いからだと思ったけど、謝っても動けるようになっても光は戻らなかった。安心したように体を預ける柔らかさがなくなった。最初のころみてぇに強張ってから力を抜く。

 俺のせいで酷い目に遭ってるから? 奴隷にしてるくせに守れないから? 俺がまだ『人間なんか』って考えにとらわれてるから嫌になっちまった?
 大丈夫か聞いても、大丈夫だって笑うだけ。そうだよな、大丈夫じゃないって言ったところで、俺は何もできねぇって知ってるんだから。
 怖い。奴隷じゃなくなったらどっかいっちまいそうで。捨てられそうで怖いんだ。


 弱ったリディが心配で世話をやいてたら、元気になってから口うるさく喋るようになった。看病で慣れたせいか?
 着てるシャツを臭いって言うから脱いだら、洗濯物入れに入れろと注意される。こうやってうるさく言うのがホントのリディなのかと思うと、無性に嬉しくて笑いたくなった。
 こうやって慣れてもっと距離が縮まれば、また蕩けるように笑う顔を見れるかもしれない。また目の奥に灯る灯りを見れるようになるかもしれない。
 失くしたものを思い出し、そうなってほしいと願った。


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