6 / 31
6.変な人 Side リディア
しおりを挟むSide リディア
疲れたせいかぐっすり眠ってしまったらしく、目が覚めたらオオカミに覗き込まれていた。
早起きして働かなきゃいけなかったのに。怖くて言葉が出てこない。動けずに強張っていたらまた舐められたから、これが朝の仕事なんだととりあえず安心できた。
怒られなくて良かった。獣人は性欲旺盛なのかもしれない。
ジッとしてたら、口の中に舌がはいってきて驚く。あちこち舐めて舌を絡めてくるけど、どうしたらいいんだろう。こういうときは私も舌を動かすべきなのか。初めての口付けに混乱してるうちに、オオカミが出して終わりがきた。
テーブルの上の果物を食べろと言ったオオカミは玄関に鍵をかけて出かけ、私はやっと体の力を抜き大きく息を吐いた。
殴られたり怒鳴られたり、嫌味もない。それは今だけ? これからも? そんなことわからない。酷いことはしないと言ったし、私の世話をやいてくれた。眠るときに抱きしめられた腕の温かさを思い出し、信じたい気持ちになる。
獣人にだって色んな人がいるだろうし、見た目が怖いからって酷い人とは限らない。普通の見た目で残酷なことをする人もいる。死んだ夫のように。
でも気を抜くのはダメ。試してるだけかもしれない。静かに大人しくしていよう。そう決めて言いつけ通り洗濯をするために、床に散らばってる服や布を拾い集めた。
石鹸とお湯で洗うと汚れがよく落ちて楽しくなり、オオカミの大きい服に並んだ私の服が子供用みたいに見えて、笑ってしまった。
窓を開けて空気を入れ替えてから、隅に転がってた箒で床を掃き、ゴミはゴミ箱に集める。帰ってきたらゴミ捨て場を教えてもらわないと。ハタキと雑巾のある場所も。どの布が食器拭きかもわからないし。
こうやって自分にできることを考えると気が晴れる。どうにもできない気持ちなんて、消えちゃえばいいのに。
私にできるのは体を動かして働くことだけだし、しっかり働けば気に入ってもらえるかもしれない。
……夫とはそれで失敗したんだった。やっていいか聞いてみて、言われたことだけやることにしよう。私はお節介すぎるみたいだから。
それでも台所ならいいだろうと見たら、ひどいありさまだった。小さな缶の中にカビの生えたお茶、何かを包んでた葉が乾燥して粉になったものが散らばり、ヌルついた水が入ってる小鍋にめまいがした。
これはちょっと酷過ぎる。お節介しないようにとか言ってる場合じゃないわ。
台所の水もシャワー室にあった魔石と同じような仕組みだったからすぐわかった。お皿の中にあったタワシできっちり洗い、見た目が綺麗な布を石鹸で洗ってから拭いた。
一通り綺麗にしたら気分もサッパリした。汗ばんだ体をお湯で流して、乾ききってない唯一の服を着る。
玄関ドアの音がしたので急いで迎えに出たら、オオカミが泣いていた。あっけに取られてたら抱きしめられる。
昨日から驚いてばっかり。この人はよく泣く人なんだろうか。こんな怖くて泣きそうにない見た目なのに。
声を殺して泣くオオカミがなんだか可哀想で、恐る恐る背中を撫でた。抱きしめる力が強くなったから、撫でても大丈夫らしい。
泣き止んだから訳を聞いてみたら、なんでもないと言って押し倒された。
舐められながら、ときどきオオカミを見る。
この人は何か必死に見える。夫とは全然違う。あの人は嫌がらせのために私を抱いてたけど、この人は違う。抱くためだけに抱いてるというか、切羽詰まってるように思えた。
オオカミの舌が口の中に入ってきて私の舌に絡みつく。ヨダレをこぼしながら執拗に口の中を舐めまわされると、背中がゾワリとした。荒い息の必死さに胸が締め付けられる。こんなふうに求められたことなんてなかった。こんなふうに私だけを求めてもらいたいと思ってた。
嬉しいみたい。怖い人なのに。でも泣いてた。昨日も今日も。自分の寂しさがオオカミの涙に重なって、この人を抱きしめたいと思った。
知らない感覚が体に宿る。怖いのに無視できない。出そうになった声をこらえて、息を止めた。ゾクゾクする体を押さえるためにシーツを両手で掴む。
終わった後で起き上がったオオカミが、手で顔を覆った。また泣くのかと思い腕を撫でたら私を見て笑いだした。
いきなり笑うからびっくりしたけど、楽しそうだからいいかと思う。私のことをバカだって笑ってるけど、夫のように私を見下してる感じじゃない。
私の頬を撫でた指先は優しく、こんなふうに触れられてみたいと思ったいつかの願いが叶ったのかもしれない。
食事を買いにいったオオカミが戻ってきてテーブルに料理を並べた。
野菜と小さい肉を挟めた薄焼きパンをかじると、ピリッとした辛さの複雑なタレがかかっていて美味しい。こんなに不思議な味をどうやってだしてるんだろ。私も作れるようになるかな。
食べ終わったオオカミがまたジッと見つめてくるから、緊張する。
「どうだ?」
「美味しいです」
「小せぇ肉だろ」
……もしかして、昨日のお肉が硬いって言ったから?
「はい。食べやすいです。ありがとうございます」
思ってもみなかった親切が嬉しくて笑ってしまった。
「牙がねぇからな」
フイっと顔をそらしてぶっきらぼうにそう付け加えたオオカミが可愛く思える。
そのまま無言で食べ終わり、ほんのり味の付いた水を飲んだ。食べ終わったオオカミは満足そうにしてる。話をするなら今かもしれないと、思い切って話しかけた。
「あの……」
「なんだ?」
「私から話しかけてもいいのでしょうか?」
「なんだそりゃ。話しかけりゃいいじゃねぇか」
「奴隷はどうしたらいいのか、知らないので」
「あー、そうだったな。売られたばっかか。まあ、俺も知らねぇし。普通に話せよ」
「え、あ、はい。あと、家の中の掃除とかしてもいいですか?」
「おぅ、頼むわ。家の中のモン好きにしていいし、好きにやれよ」
「……はい。掃除道具はどれですか? 雑巾とかトイレ用のブラシとか」
「あー? ねぇよ。テキトーにあるもんで拭いてるし。トイレなんて水かけときゃいいだろ」
……ない。それはない。それはないでしょ。シャツが変色してたのはそれのせいだな、きっと。
あまりのことに言葉をなくして、どう言えばいいか考えてたらオオカミが頭をゴリゴリ掻きだした。
「あーもー、俺はいんだよ。俺は何も気にしねぇから、お前がやりたいようにやれよ」
「……はい」
「何か欲しいモンがありゃ買ってくっから」
「はい。じゃあトイレ用のブラシをお願いします」
「わかった。他には?」
「ありがとうございます。他に、あの、呼び方は『ご主人様』でいいのでしょうか?」
「気持ち悪ぃっ! 絶対やめろっ! 『ジェイク』だっ」
驚いたオオカミの体が膨らんだ気がする。ものすごい嫌がりようがちょっと可笑しい。
「ジェイク様」
「『様』もつけんな、気持ち悪ぃから」
「ジェイク、とお呼びしても」
「その話し方も気持ち悪ぃ。普通に話せよ。いちいち面倒くせぇんだよ」
「…………普通に?」
「そう」
「ええと、では。……ゴミ捨て場を教えてほしい、です」
「外はダメだ」
「逃げません」
「人間は弱っちいから危ねぇんだよ。ゴミは俺が捨てに行く」
人間は襲われやすいの? それなら仕方ない。
「人間、……俺の名前は?」
「ジェイク、ですよね?」
「ああ。……お前は?」
ジェイクは腕組みをしてそっぽを向きながらそう言った。けど、チラチラ私を見てる。なんだろう、なんか面白い。
「私は『リディア』です」
「そうか、リディア」
「はい」
「リディア……、面倒だな、『リディ』にする」
「え、あ、はい」
一文字なのに。あまりにも面倒くさがりで笑いそうになった。脱ぎ捨てたシャツで床を拭くぐらいだものね。
変な人。泣き虫で面倒臭がりで、乱暴だけど優しいとこもある。変な人だな。でも嫌いじゃない。
11
お気に入りに追加
324
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる