俺にヒロインは訪れない

流風

文字の大きさ
上 下
6 / 26

自由への欲望

しおりを挟む



 動物園へは、夜行く事にした。

 この地域の山には熊はいない。いるとすれば、猿、猪、鹿がメインだ。どの動物も、夜は寝てますように…そう願い、山へ侵入した。

 縦縞ズを見て、顔は守ろうとフルフェイスのヘルメットを購入し、角材片手に夜道を歩く。ぱっと見はただの犯罪者だが、身を守るためには仕方ない。

 静かに山道を歩く。動物園の外周を歩くだけだから、普段仕事で山を歩いている希星すばるには、なんて事ない道のりだ。しかし、真っ暗な闇の中、ようやく慣れてきた目で歩き始めるが、パキッ…パキッと、希星すばるが踏みつけ枝が折れる音だけが不気味に響く。上空の星空や月明かりなど木の枝に遮られ、僅かな灯りと微かな物音は、嫌でも希星すばるに夜の怖さを思い知らせる。
 それ程長い道のりではないはずだが、恐怖心と戦いながらの道のりは随分と長く感じた。

 基本動物は昼行性だ。夜、警戒すべきはハクビシンか…?
 何やらキーキーと鳴き声が聞こえ始めたが、俺は大丈夫なのだろうか…?

 いくつもの視線を感じながらもようやく動物園へと着いた。ここは動物だらけだが、基本的に柵の中に入っているはずなのできっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら、希星すばるは胸元の石を取り出した。石は淡い光を放ちながら、爬虫類館がある方角を示している。

 意を決して一歩を踏み出すと、遠くからザッザッという音が聞こえてきた。目を凝らして見ると、猿の集団が、月明かりの中、瞳を不気味に光らせ、まるで集団行動のように規律の取れた動きで希星に向かってきているのが見えた。
 その集団が20m程まで近づいてきた瞬間、『ニタァ…』と音が聞こえてきそうな気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、全員が一斉にバラバラの動きで駆け寄ってきた。
 いや、あそこにハスラー踊ってる集団がいるぞ?!あっちは完全に星空デート中の奴もいる。なんなんだよ!

 これはヤバい気がする!希星すばるは慌てて逃げ出した。

 足腰は鍛えている。歩くスタミナには自信はある。短距離もそこそこ早い自信はあるが、長距離を走り続けるスタミナには自信がない希星は、隠れられそうな所を必死に探す。
 頭上とか案外死角だったりするから、木の上とか、いやいや猿を相手に木はまずい。じゃあ、建物の外壁に張り付くとかか…?
 そう考えながら、猿達のいない方へいない方へ、全速力で走った。

 そうすると館内と土産物屋を繋ぐ渡り廊下が見えた。
 渡り廊下の屋根と土産物屋入り口の庇の間が、ちょうど良い隠れ場所になりそうだった。
 まずは土産物屋横に設置されたトイレに入り、個室の小窓から外に出て窓枠に足をかけ、屋根によじ登る。
 トイレの屋根の上を四つん這いで横切って、ようやく希星すばるは張り出したコンクリートの上に身を横たえた。

(嘘だろ…。あんな不規則な動き、猿の動きじゃない…。目は焦点が合わないというか、黒目が白く濁ってたし、口からはだらりと涎が滴っていた…。それになんか黒い靄みたいなものが見えたけど)

 とりあえず、呼吸が整うまでしばらく隠れていよう。時折聞こえてくる猿の鳴き声にビクビクしながらも、希星すばるは身を隠した。
 動物園だから、きっと猿以外にもいるはずだ。檻に入っててくれたらいいけど。
 猿だけでこのザマか…。

 それからどれくらい経っただろうか。おそらく数分しか経っていないのだろうが、希星すばるには何十分と経っているように思えた。
 希星は隠れていた場所からそっと周囲を確認した。気配はない。
 よし、猿は巻いたな。なんとか逃げ切れそうだ。
 そう思ったとき、遠くから『カポッ…カポッ…』と音が聞こえる。
 よく目を凝らして見てみると、一頭の馬が近づいて来ているのが見えた。

 いや、馬じゃなくてロバか?ロバと犬と猫と…雄鶏?
 あれ?これって、ブレーメンの音楽隊??どんな話だったっけ?たしか森を歩いてて、泥棒達がご馳走を食べながら金貨を数えていた小屋を見つけて…。

 とっとと逃げればいいのに、希星すばるはどうでもいい事を考え込んでしまった。それが最悪の事態を巻き起こすと知らずに。
 考え事をしてる間にロバ達はすばるが隠れている場所の近くまで来てしまった。
 すると、ロバの上にイヌが乗り、イヌの上にネコが乗り、ネコの上にニワトリが乗り、一つのタワーを作り上げた。そして、建物上部を確認するように視線をめぐらせた雄鶏と希星すばるの目があってしまった。あ、と思った瞬間、一斉に大声で鳴いたのだ。

「ヒヒーン!」
「ワンワン!」
「ニャーニャー!」
「コケコッコー!」

 まずい!

 その鳴き声を聞き、動物達が再び奇怪な動きで集まり始めた。さながらゾンビ映画のゾンビに追われている気分だ。

「ギャァァァァッ!!!なんなんだよ!くそぉぉぉぉ!」

 なんだなんだ!身を隠す意味もなくなった。隠れていた場所から飛び降り、なりふり構わず走り出した。
 ジグザグに走りながら、死にものぐるいで逃げた。
 いつのまにか爬虫類館の近くまで来ていた。正門の前を走り抜ければ辿り着ける。ふと見ると動物園の正門の脇に身を隠した動物達が見える。出入り口は封鎖されているのだろう。
 腰をくねらせながら待ち構えているゴリラの姿も見えて、方向転換しようとしたら滑って転んでしまった。顔を上げると視界の端に何かの影が見えて咄嗟に最後の力を振り絞って体勢を立て直してびょんっと横っ飛びに跳ねた。
 それから駆け出そうとした足を捕まれ、引きずり戻される。なんだと思って見てみると、猿が足を押さえつけていた。希星すばるは恐怖のあまり猿の手を蹴って手を外させ脱兎の如く逃げ出した。

 目の前の爬虫類館へ逃げ込み、再び身を隠した。息を整えていると、胸元が光っているのに気づいた。何だろうとシューから貰った石『ラブストーン』を取り出すと、爬虫類館の一画を光の筋が指し示した。それは蛙の展示場で、よく見るとピンクの石のかけらが落ちていた。その石を手にした瞬間、石のかけらはシューから貰ったラブストーンに吸い込まれるように消えていった。
 その瞬間、希星すばるを中心に凄まじい光が広がっていき、一瞬にして元の暗闇に戻っていった。

(なんだったんだ??今の光は…)

 外の気配が変わった。さっきまで動物の声が聞こえなかったのに、甘えるような戸惑っているような鳴き声が聞こえる。そっと外を覗くと動物達の奇行がなくなっていた。目の澱みもなく、変な靄も消えている。

(元に戻った…?)

 その時、外が騒がしくなった。

「おい!何だったんだ?!今の光は?!」

 ざわざわと人の気配が近づいてくる。まずい!と思い、希星すばるは再び裏山へ向かい動物園から去っていった。

 希星すばるは、欲念珠の一つめを手に入れた。

 初めてシューと約束した欲念珠を手にいれた。
 本当にあったんだな…。欲念珠…。正直、シューの話など信じていなかった。ただ、ヒロインに会ってみたいな~って邪な考えで旅に出たのだが…。

(あれ?本当に俺に未来の命運が託されてるのかな?)

 今回の事件を思い返す。動物園で動物が大暴れ。自分達の意思ではなく、操られている様子だった。今回は動物だったけど、もし次は人間だったら…。

 あれ?シューからの依頼、重い。重いぞ。まずいな。よし。

 希星すばるは かんがえるのを あきらめた

「よ~し!次の欲念珠の所に行くぞ!待ってて!俺のヒロインちゃん!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...