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第3章 ヴェルリナの森
悲哀の情
しおりを挟む案内された住処は、岩に隠されて目につきにくい洞窟の中にあった。
「よく子供だけで生き延びているな」
「生き延びてないよ。死者の数なんて100近い数だ。ここで生きてる連中なんてただ運が良かっただけだ」
アベルと名乗った青年がオディロンの代わりに答えてくれる。オディロンと同い年くらいの青年で、あの襲撃現場にはいなかった青年だ。オディロンが急に連れ帰った私達に慌てる事なく冷静に対応しているところを見ると、オディロンとの関係も長いのだろう。
「運が良かったのかねぇ」
ポソリ、呟くオディロンの声。
「食い物も何もない、植物も育たず現れるのは霊鬼か捨て子か死体だけ。死を待つだけの土地で、生き延びてもねぇ」
疲れ切った声。そんな声に被せるように洞窟内に怒声が響き渡る。
「オディロン!お前何考えてんだよ!」
洞窟で留守番をしていた子達だろう。洞窟の奥から2人の少年が顔を出した。
「知らない大人連れて来るなんて、何考えてんだ!」
「面白そうだから」
「面白そう?!」
「そう。大丈夫だよ、敵じゃないって言ってたし」
「そんなもんなんとでも言えるだろ!」
「そうだ!早くこんな奴ら殺し…」
ガンッ!!!
剣の鞘を地面に打ち付けた激しい音に驚いたのか洞窟内が静寂に包まれる。
「……宿を借りたいだけだ。敵意はない」
ほんのり口角を上げた秀麗なロワクレスの顔に見惚れたのか、皆が黙って動かなくなってしまった。
「ほらな。敵意はないってさ。そもそもこっちが襲って負けたんだ。普通なら俺達死んでる。それを拘束もしてないんだから、コイツらは普通じゃないよ」
オディロンの言葉に襲撃グループ達は苦虫を噛み潰したような顔で地面を睨みつけていた。
「じゃ、ペトレとルピル、お前達案内してやれ。アベル、ちょっとこっち」
言いたい事だけ言ってアベルを連れて去っていったオディロン。最年少であろう2人に私達を任せて去っていった。
「案内って…何もないぜ」
「とりあえず、水場に行くか?喉乾いてるだろ」
ブツブツと文句を言いながらも従うペトレとルピルに、可愛いなと思わず微笑んだ。
でも、なんなんだろう。あの人。
良い人なのか悪い人なのか、よくわからない。
◇
「ここが水場だ」
「へぇ~綺麗な小川」
「だろ?ここの水は美味いんだ」
「この水をこうして汲むんだ」「こうやって飲むんだ」「体洗うためのお湯も沸かすんだ」と嬉しそうに語る姿に、年相応の姿が見れて思わず微笑んだ。
小川の水は綺麗だ。でも、それだけ。緑も何もない。向こうは崖になっているようだが、あれは砂漠化が進んだ結果だろうか。恐らく徐々に大地が削られていっている。ここの洞窟はいつまで保つんだろう。
「でも、何もないんだ」
砂漠化が進む大地を寂しそうに見つめる少年。
「霊鬼ばかりで魔物も少ないんだ。食料もほとんど残ってない。水はなんとかあってもさ……」
「仕方ないじゃん、砂漠なんだし。草も木も育たないんだから」
「俺らってさぁ、どうなるのかな」
まだ小学生くらいの少年がする会話がこれか。体も痩せている。飢えが辛いのをここ数ヶ月で嫌というほど身に染みている私としては放っておけない話だ。
私の精霊の愛し子という立場が、この子達の助けになるのだろうか?
「ねぇ、あんたら強いだろ?オディロン殺せないか?」
「は?」
何故いきなりそんな話に?
「殺してくれって……さっきの人を?どうして?」
「だって!あいつがいたら俺達いつ殺されるかわからないし!それに一番年上だから、誰も逆らえないし……」
「それで殺してほしいのか?」
今まで黙って聴いていたキルビスさんが口を開いた。
「報酬は何もないけど…オディロン何か大切そうに箱をしまってるんだ。たぶんあれに宝物が入ってるはずだ!その宝箱でどう?」
「………宝箱ってこれの事か?」
少し高くなった段の上、いつの間にかオディロンがこちらを見下ろすように座っていた。恐らく気づいてないのは私やルピル達だけ。ロワクレス達は気づいてたみたいで動揺が見られない。
「ルピル……てめぇ……」
飛び降りてきたかと思うと、そのままルピルの首根っこを掴み放り投げた。
「いちいち俺を怒らせるなよ。無駄な体力使わせるなよ。面倒クセェな」
「この……面倒くさいばっか言ってんじゃねぇよ!ジジイ!」
「あ?面倒くさいだろうが。って言うかお前、俺を殺してどうするの?何したいんだよ?こんな何もない世界で。周りをよく見ろよ。砂漠しかないこんな世界で俺1人殺してお前の生活良くなるのか?それとも何か変わるのか?……何も変わらねーよ」
寂しい…淡々とかたるオディロンの声には虚しさしかない。
何年だろう。何年、こんな砂漠の世界を見て仲間の死を見送ってきたのだろう。どれほど絶望してきたのだろうか。
「お前、この箱を『宝箱』だって言ってたよな?宝箱なんかじゃねーよ」
オディロンが箱を開けると、そこにはたくさんの種。
「こんな世界でも植物が育たないかと思って種を集めてた時期もあったが……無意味だった。何も育たない。なんの価値もない箱だ」
枯れた世界。この世界であれだけの数の種を集めるのに、どれだけ苦労した事か。
「なぁ、こんな世界でこんなもの、宝だと思うか?なんにも、どうにもならないんだよ」
それでも捨てられなかった。意味がないと思いながらもこれに縋って……
ーーー この人は…
「俺達にはもう何もないんだ。世界は変わらない。いつ死ぬとも知れぬ砂漠の世界でただ生きていくだけだ。ちょこまか生きて何になる?いつかは俺達も死んで朽ちて砂漠の砂になるだけだ。ただそれだけの存在だ。だから楽に生きていこうぜ。俺達みたいなただの人間にもうどうしようもないんだからよ」
あぁ…この人は善人でも悪人でもない。ただ、全部、諦めてしまった人だ。この世界を……
「なんで…なんでそんな事言うんだよ。俺、まだ死にたくないんだよ。皆んなみたいに死にたくないんだよ。何でそんな事言うんだよ……」
いつの間にか洞窟内にいた人が集まってきている。泣きながら死にたくない・生きていたいと訴えるルピルを同情の目や呆れた視線が向けられる。
「本当の事だろ?現実見ろよ。クソガキ」
「だって…だって…じゃあ俺はなんなんだよ。どうすればいいんだよ。俺達には未来はないのか?存在している事も意味がないのか?だから捨てられたのか?俺達はどうしたらいいんだよ!どうやって…何を理由に生きていけばいいんだよ!ここには砂漠しかないのに!」
「だから、諦めろって。こんな物ももういらねぇな…」
『宝箱』と言われた箱を傾ける。
ふわり
風に乗って種が飛んでいく。
せめてあれが芽吹けば…緑が広がれば…この子達の絶望が緩和されるのだろうか。
「お願い…お願い!精霊さん!種を!花を!木の実を!この大地に与えて!」
心からの願い。
こんな悲しい叫び、もう聞きたくない。存在理由を求める子を見たくない。生きたいと叫ぶ悲痛な声を聞きたくない!
お願い!
ブワッ
一瞬の閃光。
あまりの眩しさに閉じた目を開けると、そこには緑が広がっていた。
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