33 / 51
第2章 葛藤
残念美女の玉の輿計画〜ロワクレス視点〜
しおりを挟む「急げ!」
エカテリーナに追いかけ回され振り切ったまでは良かった。走り回っている間に繋いでいた手が離れてしまった。
まさかマリーと逸れるとは……。
サマンサが咄嗟に追いかけ居場所は判明しているが、ならず者の冒険者達に拉致監禁されているという。
精霊達に守られているから大丈夫だと思うが、早く救出にいかなくてはな。
一足先に向かったサマンサを追いかけるように、数名の騎士を連れ路地を入った古びた建物へと向かう。
地下へと降りる階段。そこから4人の冒険者が走り出てきた。
「なっ…!まずい!騎士だ!」
「なんでバレたんだよ!」
「知らねえよ!」
「とりあえず、こいつら殺してずらかるぞ!」
拙い剣技。
襲ってくる冒険者をいなし、腕を切り落とし、足を切り、拘束した所で建物の中へ。
ーーー なんだここは?
甘ったるい匂いと鉄錆の匂い。鞭の音とエカテリーナが発する雑音。
目の前には服を剥かれ顔を傷つけられ、動けないでいるマリーの姿。
(ーーー 精霊がついているから大丈夫だろう)
呑気に考えていたあの時の自分を殴ってやりたい。
誘拐され捨てられ傷つけられ……マリーはここで一人どんな思いで……。
「ッ…ロワクレス様、どうしてこちらに…!!あぁ、いやッ、それよりも、この痴れ者をどうぞ成敗くださいませ!私に…貴族令嬢の私に暴力を振るうのです…!!」
床に転がったエカテリーナが、私を見つめながら喚いている。
この惨状は、全てが、この上なく厭わしいこの女の所為。
「うごふっ…!?」
「痴れ者はどちらか!!恥を知れ!」
蹴り上げたエカテリーナが床で呻いている。腹立たしい。
ーーー 我慢しなければ
このクソ女、本当に息の根を止めてしまいたい。
「…下手人は、捕らえました」
「……そうか」
騎士の一人が低く唸るような声で告げる。マリーの姿を直視できず、この街の長であったエカテリーナを鋭く睨みつけている。
「……すまない」
ずっと一人耐えていたのだろう。マリーの目から涙が一気に溢れ出した。
唇に噛み跡があるのは涙を必死に耐えていた跡だろう。私を見て耐えられなくなったのだろうな。無理もない。少女が受ける仕打ちではない。我慢強い子だな。
だが…様子がおかしい。
ふと足元を見ると空の瓶。
「これは……媚薬か…?まさかこの瓶全部?!おい、中和剤はないのか?!」
この小さな体でこの量を?!冗談だろ?!
過去の自分を思い出し体が硬直する。こんな…こんな事……。
「すまない、マリー、すまない……!」
マリーからの返事はない。すでに声も出せていないほど体の状態は悪いのだろうか。顔面への酷い怪我と媚薬。
「早く!中和剤を……」
その時、マリーの手が私に向かって伸びた気がした。
「……マリー」
「…して…ッ」
「………?」
なんて言った?
「……ごろ…して……」
「ーーー…ッ」
「……じに…だい………」
血を流し目を腫らし涙ながらに訴える少女。私は何をしているんだ。
『逆境を乗り越えて生きる……それが私の名前の由来なんだ』
そう言って楽しそうに嬉しそうに淋しそうに自分の名前の由来となった花を教えてくれた少女。
その子が儚く消える。
そう感じて咄嗟に抱きしめた。辛そうに身じろぎする。
芯が強く、辛い思いをさせたにも関わらず泣き言は一度聞いただけだった。
貴族令嬢とは思考が違い、見た目に反して男らしさが垣間見えるそんなマリーが。
ーーー 死にたい
我々の我儘に無理矢理付き合わせて、どうしてそんな思いをさせてしまっているのか。
私は何をしているんだ?
治療、治療を早く!精霊はどこだ?!何故この部屋にいない!
マリーを抱きしめ外へと出ると待ち構えていたようにたくさんの精霊。
マリーを見て一斉に近づき、回復を、解毒を、浄化を行っていく。
顔の傷もなくなったが意識は戻らず、涙の跡も消えることはなかった。
◇
あんな街にマリーを長居させるのも嫌だったため、事件の後片付けは騎士団と影の一人に任せ、私達は早々にマグレイブの街を出た。
出発が遅れたのは馬車の準備と城へと早馬で出ていた影が戻って来るのを待つため。影には帰還早々で申し訳なかったが、予定前倒しでヴェルリナの森へと馬を走らせた。
「なかなか目覚めませんね」
「あぁ。出血もしていたし、薬の量も異常だったからな」
私の腕の中にいるマリーを心配そうに見つめるサマンサ。
移動する馬車の中、向かい側にサマンサ、馬車の御者席にシース、馬車を守るようにキルビスとネイの2人が騎馬で同行している。
「………卑怯な事をしてしまったな」
「ロワクレス様、どうされました?」
「連れて来て良かったのだろうか…本当に…」
馬車の中、サマンサしかいないこの状況で、弱い私が顔を出す。
これから行く先は精霊がいなくなって一番影響を受けている地だ。荒れた大地。
いくら本人に一緒に行く許可をとっていたとはいえ、起きたら嫌がるだろうな。あんな砂漠の世界……。しかも、こんな少数の護衛で…。
「よく考えたら、向こうの世界で楽に生きていけたのではないか?」
武器も持った事がない世界から来たんだ。こんな世界より、安全な世界で生きていけたはずの少女を無理矢理召喚し、安全とはいえない場所へ眠っている間に連れて行くんだ。我ながらなんて鬼畜なのだろう。
「ヴェルリナの森へ行く話をした時に、『本当にいいのか?』と訊こうと思ってやめたんだ。思い直されたら嫌だから」
自分の都合のため、私は口を噤んだんだ。
「碌にこっちの世界の説明もせず、ヴェルリナの森の説明もせず、さっさと連れて来て……私は……。こんなの詐欺だろう」
嫌な思考が広がっていく。罪悪感が広がっていく。私はマリーから見たら誘拐犯で詐欺師で。
ーーー 最低な男だ。
「それなら私も共犯ですよ」
「え?」
穏やかな表情のサマンサが私の頭をそっと撫でてきた。幼い頃にされていたその行為は成人した今は照れくさいのだが。
「私もマリー様に説明できる機会はあったのにしませんでした。ですから、私も共犯ですよ」
私の頭を撫でていた手がマリーの頭へとうつる。まるで娘を見るような目で優しくマリーを見つめている。
「でも、守ればいいんですよ」
………守れば?
「絶対に傷がつかないよう、守ればいいんです。今回は守りきれませんでしたが、これからは必ず。マリー様が私達について来た事を後悔しないよう、守りきればいいんですよ」
ーーー 後悔する事がないように
「ロワクレス様の専門でしょう?」
「あぁ……そうだな」
守りきる。絶対にーーー
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……
こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる