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第2章 葛藤

残念美女の玉の輿計画〜ロワクレス視点〜

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「急げ!」



 エカテリーナに追いかけ回され振り切ったまでは良かった。走り回っている間に繋いでいた手が離れてしまった。
 まさかマリーと逸れるとは……。

 サマンサが咄嗟に追いかけ居場所は判明しているが、ならず者の冒険者達に拉致監禁されているという。
 精霊達に守られているから大丈夫だと思うが、早く救出にいかなくてはな。

 一足先に向かったサマンサを追いかけるように、数名の騎士を連れ路地を入った古びた建物へと向かう。

 地下へと降りる階段。そこから4人の冒険者が走り出てきた。

「なっ…!まずい!騎士だ!」

「なんでバレたんだよ!」

「知らねえよ!」

「とりあえず、こいつら殺してずらかるぞ!」

 拙い剣技。
 襲ってくる冒険者をいなし、腕を切り落とし、足を切り、拘束した所で建物の中へ。


 ーーー なんだここは?


 甘ったるい匂いと鉄錆の匂い。鞭の音とエカテリーナが発する雑音。

 目の前には服を剥かれ顔を傷つけられ、動けないでいるマリーの姿。



(ーーー 精霊がついているから大丈夫だろう)



 呑気に考えていたあの時の自分を殴ってやりたい。

 誘拐され捨てられ傷つけられ……マリーはここで一人どんな思いで……。



「ッ…ロワクレス様、どうしてこちらに…!!あぁ、いやッ、それよりも、この痴れ者をどうぞ成敗くださいませ!私に…貴族令嬢の私に暴力を振るうのです…!!」

 床に転がったエカテリーナが、私を見つめながら喚いている。
 この惨状は、全てが、この上なく厭わしいこの女の所為。

「うごふっ…!?」

「痴れ者はどちらか!!恥を知れ!」

 蹴り上げたエカテリーナが床で呻いている。腹立たしい。

 ーーー 我慢しなければ

 このクソ女、本当に息の根を止めてしまいたい。

 
「…下手人は、捕らえました」

「……そうか」

 騎士の一人が低く唸るような声で告げる。マリーの姿を直視できず、この街の長であったエカテリーナを鋭く睨みつけている。


「……すまない」

 
 ずっと一人耐えていたのだろう。マリーの目から涙が一気に溢れ出した。
 唇に噛み跡があるのは涙を必死に耐えていた跡だろう。私を見て耐えられなくなったのだろうな。無理もない。少女が受ける仕打ちではない。我慢強い子だな。

 だが…様子がおかしい。

 ふと足元を見ると空の瓶。

「これは……媚薬か…?まさかこの瓶全部?!おい、中和剤はないのか?!」

 この小さな体でこの量を?!冗談だろ?!
 過去の自分を思い出し体が硬直する。こんな…こんな事……。

「すまない、マリー、すまない……!」

 マリーからの返事はない。すでに声も出せていないほど体の状態は悪いのだろうか。顔面への酷い怪我と媚薬。

「早く!中和剤を……」

 その時、マリーの手が私に向かって伸びた気がした。

「……マリー」

「…して…ッ」

「………?」

 なんて言った?

「……ごろ…して……」

「ーーー…ッ」

「……じに…だい………」

 血を流し目を腫らし涙ながらに訴える少女。私は何をしているんだ。

『逆境を乗り越えて生きる……それが私の名前の由来なんだ』

 そう言って楽しそうに嬉しそうに淋しそうに自分の名前の由来となった花を教えてくれた少女。

 その子が儚く消える。

 そう感じて咄嗟に抱きしめた。辛そうに身じろぎする。
 芯が強く、辛い思いをさせたにも関わらず泣き言は一度聞いただけだった。
 貴族令嬢とは思考が違い、見た目に反して男らしさが垣間見えるそんなマリーが。

 ーーー 死にたい

 我々の我儘に無理矢理付き合わせて、どうしてそんな思いをさせてしまっているのか。

 私は何をしているんだ?

 治療、治療を早く!精霊はどこだ?!何故この部屋にいない!

 マリーを抱きしめ外へと出ると待ち構えていたようにたくさんの精霊。

 マリーを見て一斉に近づき、回復を、解毒を、浄化を行っていく。


 顔の傷もなくなったが意識は戻らず、涙の跡も消えることはなかった。



 




 あんな街にマリーを長居させるのも嫌だったため、事件の後片付けは騎士団と影の一人に任せ、私達は早々にマグレイブの街を出た。

 出発が遅れたのは馬車の準備と城へと早馬で出ていた影が戻って来るのを待つため。影には帰還早々で申し訳なかったが、予定前倒しでヴェルリナの森へと馬を走らせた。



「なかなか目覚めませんね」

「あぁ。出血もしていたし、薬の量も異常だったからな」

 私の腕の中にいるマリーを心配そうに見つめるサマンサ。
 移動する馬車の中、向かい側にサマンサ、馬車の御者席にシース、馬車を守るようにキルビスとネイの2人が騎馬で同行している。


「………卑怯な事をしてしまったな」

「ロワクレス様、どうされました?」

「連れて来て良かったのだろうか…本当に…」

 馬車の中、サマンサしかいないこの状況で、弱い私が顔を出す。
 これから行く先は精霊がいなくなって一番影響を受けている地だ。荒れた大地。
 いくら本人に一緒に行く許可をとっていたとはいえ、起きたら嫌がるだろうな。あんな砂漠の世界……。しかも、こんな少数の護衛で…。

「よく考えたら、向こうの世界で楽に生きていけたのではないか?」

 武器も持った事がない世界から来たんだ。こんな世界より、安全な世界で生きていけたはずの少女を無理矢理召喚し、安全とはいえない場所へ眠っている間に連れて行くんだ。我ながらなんて鬼畜なのだろう。

「ヴェルリナの森へ行く話をした時に、『本当にいいのか?』と訊こうと思ってやめたんだ。思い直されたら嫌だから」

 自分の都合のため、私は口を噤んだんだ。

「碌にこっちの世界の説明もせず、ヴェルリナの森の説明もせず、さっさと連れて来て……私は……。こんなの詐欺だろう」

 嫌な思考が広がっていく。罪悪感が広がっていく。私はマリーから見たら誘拐犯で詐欺師で。


 ーーー 最低な男だ。


「それなら私も共犯ですよ」

「え?」

 穏やかな表情のサマンサが私の頭をそっと撫でてきた。幼い頃にされていたその行為は成人した今は照れくさいのだが。

「私もマリー様に説明できる機会はあったのにしませんでした。ですから、私も共犯ですよ」

 私の頭を撫でていた手がマリーの頭へとうつる。まるで娘を見るような目で優しくマリーを見つめている。

「でも、守ればいいんですよ」

 ………守れば?

「絶対に傷がつかないよう、守ればいいんです。今回は守りきれませんでしたが、これからは必ず。マリー様が私達について来た事を後悔しないよう、守りきればいいんですよ」

ーーー 後悔する事がないように

「ロワクレス様の専門でしょう?」

「あぁ……そうだな」

 守りきる。絶対にーーー 


 







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