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第3章 ヴェルリナの森
破壊ノ森
しおりを挟む「うぅぅ……」
ーーー 怖い
ーーー 来ないで
ーーー どうして私がこんな目に
ーーー 何故?何故なの?
「……リー」
「………マリー!」
「マリー!!」
ハッと目を覚ます。目の前にロワクレスの顔が……。
「大丈夫か?ずいぶんうなされていたが」
「………あ……ロワクレス……?」
どこだ?ここ?ガタガタ揺れてる…?しかもロワクレスの膝で横抱きにされて……。
ん?横抱き?
「んなぁっ!!」
「うぉ?!どうした?!」
「ち、近い」
何故この体勢?もがいてみるも脱出できず「危ないから大人しくしろ」の一言でさらにがっちりホールドされてしまう。もっと恥じらいをもってほしい。
対面にはニコニコ顔のサマンサさんが座っていた。
見られていたのかと羞恥に顔を染めながらも、ロワクレスに離せと言っても無駄だろうから諦めて力を抜く。
そんな私に精霊が額へとキスをしてくる。
…………精霊?
………あ、そうか。思い出した。
「……みんな、無事だったの?」
監禁された時、いなくなっていた精霊達が申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。
可愛い。
今は私の周りをフヨフヨ飛んでいる精霊達。あの時はいなかったけど、やっぱり精霊達が近づけないなにかが…。
「マリー、必ず守ると言ったのに、怖い思いをさせてすまなかった」
精霊達について考えていると、ふいに頭上から謝罪の声。誤っているのは、誘拐された事だろう。
思い出すと体が震えてくる。そんな私の体を包み込むように抱きしめてくる。
…………やたら距離、近くね?
ロワクレスとの距離感は疑問を覚えつつも今更かと諦めた。それよりもエカテリーナによる監禁の恐怖がロワクレスの温もりで薄れる気がすると思い、少し甘えたままでいる事にした。
そういえば顔を殴られたが、痛みがない。体を蝕む気色悪い感じも。そっと殴られた箇所に触れるが大丈夫そうだ。
「傷は精霊が治してくれた。媚薬も……」
「そっか。みんな、ありがとうね」
飛び交う精霊達に感謝を。そして、ロワクレスには…。
「あ~その……醜態を見せてごめんなさい。あと、助けてくれてありがとう」
泣いたなぁ。号泣したなぁ。でも、本当に辛かったんだよ。本当にあの時人生終わっても良いと思えるくらい辛かったんだ。死にたいと言ったのは本心だ。
「マリー…マリー、すまない、ありがとう。次こそは……大丈夫、任せてくれ」
再びぎゅっと抱きしめてくるロワクレスに「うん?」と返事する。何を任せる?
「怖い思いをさせた。次こそは守るから」
その一言で思い出し思わず身震いしてしまう。その震えが伝わったのか、さらに包み込むように抱きしめられた。
「怖かった。痛かった。初めて人に殴られた。人の悪意がこんなにも醜くて哀しくて恐ろしいなんて知らなかった。……強くなりたい、強くなりたい。自分でも悪意を跳ね除けられるように」
「あぁ、そうだな。でも、大丈夫だ。今度こそ私が守ってみせる。絶対にマリーから離れない」
日本では体験しないであろう事ばかり。文無し、家無し、飯無し生活。嫉妬による誘拐に殴られるなんてありえない。
でも、これが現実。
何もかもひっくるめて受け入れて、これもこの世界では日常なんだと受け入れて。
でも、悲しいことは悲しもう。
腹が立つことは素直に怒ろう。
そうしたところでどうにもならなくても、自分の心は捨てずに諦めずに生きて行こう。
そうする事で、私の世界は広がるだろうから。
「……うん。よろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ。もう離れない」
「…いや、ほどほどに離れて」
「離れたらマリーは何に巻き込まれるかわからない。危険だ。風呂もトイレも…」
「怖いわ!」
真剣な顔で言われると怖い!変態にしか見えない!サマンサさん、ニコニコしてないでこの変態を止めてください!
◇
私が気を失っている間にマグレイブの街を発ったらしい。まぁ、あの騒動があった街からは早く離れるのが良いとは思うけど、メイサさんやペールさんに挨拶できなかったな。
休憩を取るという事で、馬車が少しひらけた場所で停止した。外に出てみると王子様が乗るにはいささかシンプルすぎる見た目の馬車が留まっていた。しかし、引いている馬は威厳に満ちている。あの筋肉質な馬二頭は絶対に戦用の馬に違いない。
話を聞けば、これに乗って安全にヴェルリナの森へと向かうらしい。その間、あまり人に見られるのは不味いというので、こういった仕様になったのだと。
旅の同行者はサマンサさんと、40代くらいの口髭のあるキルビスさん、外の御者席にいた30代くらいのシースさんとネイさん。計6人での旅のようだ。
休憩を終え、膝上は頑なに拒否してシートへと座る。馬車が再び走り始めたが驚くほどに速い馬車のクセに揺れが少ない。初めての馬車だが、もっと揺れるかと思ってた。王子様特別仕様なのか馬車はこういう物なのかわからないまま、体感的に1時間程走らせたところで馬車が止まった。どうやらヴェルリナの森の入り口に着いたらしい。
ヴェルリナの森は滅多に人が入らない場所なので馬車が走る道はなく、ここからは徒歩に変わる。
曇空のせいもあるかもしれないが、森と言っても草木はなく、一面が岩肌と砂、そして枯れ木が残るだけの寂しい場所だった。
「これが………ヴェルリナの森?」
「あぁ、昔は緑生い茂る雄大な森だったんだ」
なるほど。ロワクレスが早くなんとかしたいと考えた気持ちがわかった。
「………すまない」
「ん?」
「守るとか…都合の良い事ばかり言って、結局こんな場所に連れて来てしまった」
ロワクレスは時々、こんな目をする。
少し聞いただけだが、ロワクレスが過去にした経験は彼にとって酷なものであり、苦痛・恐怖といった負の感情を抱いた事は用意に想定できる。それでも、王族としての立場か単に彼が優しいだけかわからないが、この国の惨状を語る時、彼はとても辛く悲しい目をする。
感情をほとんど出さず冷たいほどに冷静ではあるのだが、時折瞳に浮かぶ悲しみの色が、私の胸を掻き毟る。年上に対して失礼かもしれないが、これは母性本能というものだろうか。
そんな表情をさせたくない。
幸せそうに微笑ませてやりたい。
「気にしないで。ここに来る事を同意したのは私だし」
「マリー…」
「それに、『ロワに生活費貰おう』という下心もあるし、ロワは守ってくれるって言ったから一人でボロ宿いるより安全かなって。ま、このままヒモになっちゃえって考えたんだ~。だからよろしく!ゴメン!」
あ~でも、私にできる事あったら言ってね。と言った瞬間、ロワクレスに優しく抱きしめられた。ふふっと笑い声が聞こえた気がするが、分厚い胸筋で全く見えない!
「マリーは…いいな。本当に」
何がいいのかわからないが、いつも悲しそうに謝ってばかりのロワクレスの声音が楽しそうだからまぁいいか。
そう思いつつ緩められた腕から見上げた空には優しく微笑む絶世の美人がいた。
空は暗くて
緑もなくて
砂と岩ばかりの景色
それでも、この笑顔が見れたのは、なんだか、心に花が咲いてる感じがした。
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