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第2章 葛藤

不信の思考

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「ご令嬢と一夜を共にして確実に面倒な事態になるなら、どうして私とここにいるの?」

 私の質問に無言でじっと見つめてくるロワクレスは、とても格好良いし綺麗だ。身体も筋肉がしっかり付いていて男らしい。
 私だってそう感じるのだから、この世界の女性からしたら完璧に見えるかもしれない。今まできちんと考えたことは無かったけど、きっと昔からモテていただろう。貴族の女性達から言い寄られていたはず。

「……ロワは王族なんだから、私に命令して強制的に王城に連れて行って、軟禁して利用すれば良いだけなのに、どうして自身を生贄に差し出すようにここにいるの?」

「どうしてって……」

「カッコいいんだから常に綺麗な女の人達に囲まれていたのでしょう?ならば普通は、私を適当に部屋に押し込んで、綺麗な女性と一夜を共にするべきじゃないの?」

「は?綺麗な女って何だ?私は自分の意思で考えて行動している。生贄になったつもりなんてない。なのに何故、他の女を差し出すような事を言う?あぁ、もしかして、本当に気になる男でもいるのか?」

「いるわけないでしょ!」

 少し小馬鹿にしたような顔で言ってくるロワクレスを、思いっきり睨み付けて怒鳴った。とんでもない方へ思考を巡らせようとするロワクレスの胸を、ドンッと叩く。

「そんな余裕なかった…。何もわからない世界で死なないように必死だった…。初恋だってまだだし……っ」

 言った瞬間、胸が苦しくなって泣きたくなった。ああそうだ、私は不安なんだ。この世界で、精霊はいたけど…それでもやっぱり孤独だったから。そうだ。怖いんだ、私。

「わけもわからないまま、突然知らない世界に連れてこられて、精霊はいてくれたけど……それでも独りだった。異世界からの召喚なんて、何者が来るかわからない不確実な事しておいて、自分達の望む見目の者を優遇して……望まぬ見目の者は廃棄して……。もう独りで良かったんだ。私は誰にも頼らず生きていくって決断したから。それなのに、今更現れて……。今、このぬるま湯のような生活に慣れたら、私はもう元の生活に戻れない。耐えれない。生きていけない。なのにあなたが……私を甘やかすからっ……精霊が目覚めた後、もう一度捨てられたら、もう……っ」

 昨夜、一緒に夕飯を食べながらたぶんホッとした。おしゃべりしながら食事して、お風呂にも入って、暖かい布団で寝て。朝は抱きしめられて人肌の温もりに包まれて。嬉しかった。日本では当たり前の生活が、こんなに安心するんだって知らなかった。

 あの日……ずっと独りで生きていくって覚悟を決めたのに。
 ロワクレスの存在が、自分の中でどんどん大きくなっていく。得難いものになっている。離れたくない。でも…

 ……わからない。もしかして恋してる?それとも吊り橋効果ってやつ?どういうものが恋心なんだ?大切に想うというのなら、両親だって兄だって大切だ。ロワクレスの事も、その、もう憎くない。好きだとは想っている。だけど、これは友愛かもしれない。
 私はただ利用されて捨てられるだけの存在じゃないのかな?それなら、こんな気持ち抱いてはダメだ。

 ズキリと心臓が痛む。涙が零れ落ちそうになる。たかが、こんなことで。

 耐えろ。耐えて、喉から声を絞り出せ。

 いつの間にか、そうなってしまった心が……弱くなっていた自分があまりにも格好悪くて、情けなくて、また悪態が漏れた。

「だから私は、…………甘やかさないで。これで捨てられたらもう生きていけなくなる」

 怖い。そう、怖いんだ。この人を好きになってしまうのも怖い。捨てられるのも怖い。
 割り切って仕事として王城へ着いて行こうか。それがいいかもしれない。事が終わったら捨てられるんだと理解した上で。
 大丈夫だ。今ならまだ、大丈夫だ。


「ーーートラウマにさせてしまったのか。すまなかった 」


 は、と変なふうに声が漏れた。
 え……え? 何故このタイミングで、抱きしめてくる。離れろ。
 驚いてロワクレスを見上げると、そっと頬を撫でられた。あたたかな掌。

「マリー、慌てなくて良いんだ。マリーのペースで、少しずつ、考えて判断してくれ。何も知らない世界に一人放り出したのは私達で、その間ずっと独りだったマリーが……独りでも生きてしまえるようにしてしまった私達をいきなり信用するなんて、難しくて当然なんだから」

 ゆっくり、ロワクレスが言葉を紡ぐ。私を優しく包み込むように。
 縋るように見つめていたのかもしれない。柔らかな微笑のあと、額に口付けをくれた。触れるだけの、優しい慈愛に満ちたキス。だからこそ心に沁みる。信用してもいいのかな?この温もりに甘えて縋って良いのかな?優しく抱き締められて頭に頬を擦り寄せられた。

「私が放り出したのに、今度はこんなにも付き纏うから悩ませてしまったな。すまない。最初は確かに優しく甘い台詞を囁いたらすんなり着いてくるだろうなと思って接触した。マリーも他の貴族女性と一緒だろうと。でも、全然違って…。マリーの気持ちも考えず、すまなかった」

 腕の中に閉じ込められて、ロワクレスの胸板に頬を押し付ける状態になった。とく、とく、と聞こえてくる心音。幼い頃に他者の心臓の音が落ち着けるのだと教えてくれたのは、兄だった。触れ合う素肌の、あたたかさや心地良さを教えてくれたのも。
 それを思い出してしまった。

「焦らなくて良い。私もマリーに信じてもらえるよう頑張るから。だから、マリーが私を信じれるようになって、一緒に行ってもいいと思えたら王城に一緒に行こう。大丈夫、マリーが私を信じれるようになるまで、ずっと待っているよ」

 ああ、鼻の奥が痛い。喉が詰まる。肩が、震える。

 涙が……零れ落ちる。

 背中を撫でられ、優しくあやされるから、余計に涙が零れてしまう。

「ゔゔぅぅぅ~っ」

「ごめん、すまない、許してくれ」

 優しく抱きしめられ、その胸元でしばらく泣き続けた。膝の上に座らされ、そっと抱き締められた。ふんわりした優しい抱擁に、ほぅと吐息が漏れる。
 頬や眦にちゅっちゅっとキスされて、涙を掬われた。時折唇にも、ちゅっとされる。

 そんなふうに優しくあやしてくれるから、余計に涙が出てしまい、ロワクレスに引っ付いてぐずぐず泣いた。
 はぁと息を吐き出し、ぐずりと鼻を啜る。すると眦に唇を押し付けられ、顔を覗かれた。

「目、赤くなってしまったな」

「……ロワは、青いね」

「ふっ、そうだな」

 優しく微笑むロワクレスを見返していたら、頭にキスされた。額に頬に、僅かに触れている状態から、ちゅっ、ちゅっと音を立てて何度か摘ままれる。そうしているうちに、涙が止まった。
 無表情がベースの顔で綺麗だからこそ、無表情が余計に怖いなと思っていた男が、この数日でずいぶん柔らかい印象になったな。まあ、僅かに口角と目尻が動くだけだが。


「マリー、今日は雨だからギルドの依頼は行けないな。だから、今日はたくさん話をしないか」

「はなし?」

「そう。お互いの事を。マリーの育った世界の事やこの世界の事」

 確かに、私はこの世界の事もよくわかってない。精霊が眠っているって事もよくわかってないし。

「……うん。私も知りたい」

「ではお互いのことを話し合おう」

「うん…あの…ごめんなさい。取り乱して酷い事言った」

「最初に酷い事したのはこっちだから。こっちこそ悪かった」




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